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エピソード7

―騒がしい村、静かな変化―



 朝の光が差し込む頃、村はこれまでになく賑わいを見せていた。



 商人たちが仮設の店を並べ、村の中央広場には新しい看板や装飾が施され、どこか誇らしげな雰囲気が漂っている。



 どうやら、昨日のギルドマスターの訪問を受け、今日から正式にこの村にギルド支部が設立されるというらしい。



 正直なところ、僕は相変わらず面倒くさいだけだと思っている。



 だが、目の前に広がる活気ある風景を見ると、これまで静かだった村が、一転して未来への一歩を踏み出していることが実感できた。



 窓からその様子を眺めながら、僕はため息をついた。





「……本当に、僕が関わる意味あるのか?」





 そのとき、重厚な足音が近づいてきた。再び、あの頑固なギルドマスターが、険しい表情で村の中央に姿を現した。



 彼は、今日の設立式典のために、多くの冒険者やギルド関係者を引き連れていた。



 突然、広場に響いた太い声に、人々の視線が一斉に向く。





「おい、大魔法使い!」





 ギルドマスターが手を振りながら、こちらへとまっすぐに歩いてきていた。



 またか、という声が喉元まで出かかった。



(あいつ……いつも人混みを引き連れてくる……)



 ギルドマスターは、僕に向かって声を張り上げた。





「勘弁してくれ……」



 僕は腕を組み、軽く肩をすくめた。



「お前の力があってこそ、この村は守られる!

 この支部が確立されれば、周辺の魔獣討伐や危険な任務も、より多くの仲間が集まるはずだ!」



 彼は声高に宣言し、集まった人々に向けても堂々と話し始めた。



「この村が希望となり、周りの灯火になることを、私は信じている!」



 拍手が起こる中、僕はただ、壇の陰で腕を組んでいた。



 希望、ね。そんなものを感じられるほど、器用じゃない。



 集まった若い冒険者の一人が、意気揚々と挨拶をする。





「これで、僕たちも本格的な任務に挑めるんですね!」



 その言葉に、村人たちも興奮し、拍手が起こった。



「……面倒くさいだけだろ」





 僕は心の中で呟いたが、どうやらこの村の成長には、僕の存在が欠かせないらしい。



 ギルドマスターは、僕に鋭い視線を向けながら、「お前も、しっかり手伝え」と命じた。



 僕は軽く肩をすくめながら、小さく呟いた。「仕方ないな……」



 式典は広場に設けられた簡素な壇の前で始まった。ギルドマスターは、皆の前で、支部設立の趣旨を熱弁する。





「これからこの村は、我々ギルドの新たな拠点だ。

 冒険者たちの安全と、国の発展のために、ここでしっかりと拠点を固めるのだ!」





 ……よくそんなに熱くなれるな、と思いながら僕は壇の陰に身を寄せた。



 その言葉に、集まった人々は力強く頷き、歓声を上げた。僕はそんな中で、無表情ながらも、ふと内心で考えていた。



(どうせ、また僕の研究に支障が出るだけの面倒事が増えるだけだ……)



 しかし、同時に、村がどんどん発展していく様子には、どこか期待すら感じ始めている自分がいた。



 式典の後、ギルド支部設立のための準備が本格的に動き出した。



 新たな冒険者たちが村の各所で任務の打ち合わせをし、建材を運ぶ職人たちが忙しそうに動き回る。



 リリィも、控えめながら村人たちと会話を交わしている。



 笑顔こそなかったが、その目には柔らかさと、迷いながらも前に進もうとする意志が宿っていた。



 あの無表情だった瞳に、わずかに“他者”の色が宿っていた。



 それだけで、空気が少し変わった気がした。



 ルナは、足元で愛らしく丸くなりながらも、どこか誇らしげな瞳を輝かせていた。



(僕にとって価値があるのは、ただ知識だけだったはずなのに……

 それ以外のものに、少しだけ心が揺れるのは、なぜだろう)



 それでも、誰かの言葉が、手が、風景が、心をざわつかせていた。



 僕は、そんな騒がしい村の中で、再び一人、魔法の研究室に戻った。



 机に向かい、魔法書を広げると、ふと窓の外に目を向けた。



 そこには、かつてないほど活気に溢れる村の光景が広がっていた。



 無関心を装っている僕ですら、この村の未来に自分が関わってしまっていることを、どこかで感じていた。



(もしかして……

 この支部設立が、僕自身の生き方にも変化をもたらすのかもしれないな)



 だが、人と関わって得られるものより、一人で築いた知識の塔に価値を感じる自分も、まだここにいる。



 僕はそう思いながら、また魔法の研究に没頭するようにした。



 今日という日が、村の始まりであり、もしかしたら僕という存在の「再定義」の始まりなのかもしれない。



 ――そう思えるほどには、もうこの場所に馴染んでしまっていた。

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