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エピソード6

―ギルドの記憶と月の猫―



「最近、村がやたらと騒がしいな……」





 僕はルナを膝の上に乗せたまま、窓の外をぼんやり眺めていた。



 ここはもともと人が少ない静かな場所だったのに、最近は見知らぬ商人や旅人が増えている。



 ルナを拾ったあたりから、どうも様子がおかしい。



 村人たちが「大魔法使い様の住む村!」と騒ぎ出したり、「珍しい魔獣を見たい」と言って訪れる人が出たり。



 僕はただ静かに研究したいだけなのに、余計なことになってきた気がする。





「マスター、今日もお昼にお魚を用意しますね」





 リリィが声をかけてくる。最近、リリィの料理の腕が上がってきた気がする。





「うん、よろしく」





 僕は適当に返事をしながら、ルナの頭を撫でる。ルナは満足そうに目を細めて喉を鳴らしていた。



 そんな穏やかな日常のはずだったのに――




ドンッ!



 家の扉が吹き飛ぶように開いた。



 土ぼこりの中に現れたのは、かつて森で出会った、あの少年――



 いや、今や立派なギルドマスターの姿だった。



 土ぼこりが舞う中、大柄な男が鋭い視線で僕を睨んでいた。





「おい、お前……! こんなところに隠れていたのか!」





 その声に、僕はめんどくさそうに視線を向ける。



 そこに立っていたのは、大柄な男――ギルドマスターだった。





「……うるさい」



「うるさいじゃねえ!  ずっとお前を探してたんだぞ!」





 ギルドマスターは腕を組み、僕を睨みつける。



 この男は、昔森で魔物に襲われていた時に助けた奴だ。確か――



 ……あれは、まだ彼が小さかった頃のことだ。





『ひっ……』





 黒い毛皮と赤い目の魔物が少年に迫る。尻もちをつき、腕で頭をかばう少年の前で、雷のような魔力が森を裂いた。



 花々だけが揺れ、魔物は消えていた。



 そして、神々しい男が立っていた。





『……えっ?』



『そんなところで何をしている』





 不意に声をかけられた少年は、顔を上げた。そこには神々しいとも言えるほどの美しい男がいる。



 少年は驚きの声を上げた。なぜ魔物はいなくなったのか、この男は誰なのか。自分は助かったのだろうか。



 疑問を口にするとその男は、森から帰るように言葉を口にする。





『帰ったほうが良い、森は安全ではないからな』



『あの……あの! ありがとうございます! 俺、なにかお礼したいです!』





 男はその言葉に顔をしかめた。少年は間違ったことを言ったのか不安を感じた。





『礼なんていい、帰れ』



『……俺、いつか偉い人になったらあなたに恩を返したいです…………ありがとうございました』





 少年は目的の薬草を手に、森から帰ることになる。男はその背中を見つめていた。



 あの光景は、少年の中で“神の背中”として刻まれた。



 ……そんな過去を思い出していた。



 あの頃の僕は、誰かを助けることに何の意味も見出していなかった。



 でも今、助けた人間に、こうして再び向き合っている。そんな未来を想像したことはなかった。



 しかしその少年が僕の目の前で腕を組んでいるとは、人生も妙なものだ。





「お前がいるからこうなってんだな……まったく、予想外すぎる」



「僕は何もしてない」



「どう見ても関わってるだろが!」





 僕は肩をすくめる。まあ、確かに結果的に村が発展しているように見えるけど、僕自身は何もしていない。





「僕はただ魔法研究をして、魚を食べて、適当に暮らしてるだけ」



「……それで村が発展するのが意味わかんねぇんだよ!」





 ギルドマスターは頭を抱えながら、周囲を見渡す。すると、ちょうど村の中心に商人たちが店を開き始めているのが目に入った。





「くそっ……マジで発展してやがる……」



 ギルドマスターはため息をついた。目線を落とし言葉を続けた。



「懐かしいな……俺は恩人の顔、忘れてないさ。あの時は助かった、ありがとうな……

 あのとき、ただ怖くて、逃げたくて……でも、あの風が、あの背中が、俺にとっての憧れになったんだ」




 一瞬、空気が和らぐ。ふふっ、とギルドマスターは笑い、感謝の念が伝わってくる。



 すると村の代表らしき男がギルドマスターに話しかけた。





「ギルドマスター様、実は最近、森の魔獣が増えてきておりまして……」



「魔獣?」



「森の奥深くにいた魔獣が、人の活動に刺激され村の近くまで来るようになったのです」



「最近は特に妙に強い魔物が出没するようになっていて……」



 ギルドマスターは僕の方を向き、当然のように言った。



「お前なら簡単に片付くだろ」



「めんどくさい」





 即答すると、ギルドマスターは額を押さえて深くため息をついた。





「お前な……少しは村のために働く気はないのか?」



「ない」



「……知ってた」



 ギルドマスターはうんざりしたように肩を落としたが、村人は諦めなかった。



「せめて森の近くに結界でも張っていただけませんか?」



「……結界?」





 僕は少し考えた。



 簡易の結界魔法なら、特に手間もかからないし、研究の延長でやるのはアリかもしれない。





「仕方ないな……」





 適当に魔法陣を描き、森の入り口付近に結界を張る。



 これでしばらくは魔獣が村に近づくことはなくなるだろう。



 村人たちは大喜びし、ギルドマスターも納得したように頷いた。





「これで少しは安全になったな。」



「これで終わり?」



「いや、むしろこれからだな。」



 ギルドマスターは村を見渡し、何かを確信したかのように頷く。



「この村は、今後も発展していくだろう」



「……知らない」



 その直後、ルナが「ニャー」と鳴いて僕の肩に乗ってきた。



「……って、お前まで茶々入れるな」



「商人も来る、旅人も増える。魔法使いがいて、魔獣まで懐いてる。」



 ギルドマスターの目が鋭く光る。



「この村は、今が始まりだ。だったら俺が、土台を築いてやる。

 恩人が暮らしてる村だ。放っておけるわけねぇだろ?」



ギルドマスターはニヤリと笑った。



「この村にギルド支部を作るぞ」



 ギルドマスターは自信満々に胸を張る。



「……は?」





(……ギルドができれば、周囲の監視も強まる。あの教団が動き出すなら、そういう備えも悪くない)



 まためんどくさいことになった気がする……これ以上騒がしくなるなよ。



 家に帰ると、リリィが苦笑しながら迎えてくれた。





「主様、また面倒ごとが増えました?」



「……そうだな」



「でも、これで村がもっと便利になりますよ」



 そう言うリリィの目には、ほっとしたような色が浮かんでいた。



「……主様も案外、こういうの、楽しいって思ってますよね?」





 その言葉に、僕は答えず、ただルナの背を撫でた。



 リリィの声には、どこか知ってるような優しさがにじんでいた。




 昔なら、こういうことを言う顔に、微笑みなんて浮かべなかったはずだ。



 ふと膝の上を見ると、ルナが満足そうに丸くなっていた。



「……まあ、どうでもいいか。」



 そう言いながら撫でたルナの背に、温もりが残っていた。



 ――その温もりが、いつか彼の心を変えていくのかもしれない。

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