エピソード26
―闇の印章―
村の広場には、戦いの爪痕が生々しく残っていた。
黒焦げに焼けた大地、砕けた石畳、異形の魔物たちの亡骸――
その中心に、不気味な黒い魔法陣が浮かび上がっていた。
「……やっぱり、普通の魔物じゃなかったな」
僕は魔法陣を見つめ、そう呟いた。
それは“魔法陣”というよりも、闇に沈んだ刻印だった。微かに脈動するような光を放っている。
「これは……魔族のものか?」
ギルドマスターが慎重に歩み寄り、眉をひそめる。
「違う。魔族が使う術式とは、構造がまったく異なる」
僕は首を振った。
「いや……これはもっと古い。感触が違う……“何か大きなもの”が、ここに触れてた」
僕は手をかざし、解析の術式を展開する。
「……解析」
術式が作動し、魔法陣が淡く光った瞬間――
脳内に、意味のないはずの概念が流れ込んできた。
「……っ!」
まるで誰かが僕の思考に、音にならない言葉をねじ込もうとしてくる。
「……これは、邪神信仰の痕跡だ」
その言葉に、ギルドマスターの表情が硬くなる。
「邪神……まさか、教団と関係があるのか?」
「ああ。恐らく、間違いなく……ひとつ気になるのは、この術式……どこかで、似た構造を見た気がする。だが、思い出せない……いや、違う。これは“僕”じゃない。“あの時の誰か”が見た構造だ……」
「……もし関係があるというなら、これは戦争だ」
ギルドマスターの喉が、ごくりと鳴った。
僕は肩をすくめる。
この紋章に刻まれていた魔力は、明らかにエル=ネヴラの系統――深淵に繋がるものだった。
「これは、儀式の痕跡だ」
「儀式?」
「ああ。誰かが、魔物に変異を強制するために施した……覚醒の刻印だ」
僕は膝をつき、地面に指を這わせる。紋章の中心――そこには、小さな目のような模様が刻まれていた。
「これは、力を開放させるための鍵でもある。
この腐食獣は、作られた存在だったんだ。自然発生ではない」
「だとすれば……誰が、何のために?」
「それを探るためには、ここを見ればいい」
僕は、紋章の中心に魔力を注ぐ。
すると、空間が歪み、耳障りなノイズのような声が頭の中に響いた。
「……■■■■■■■■■」
(……ア……)
一瞬、“ア”の音だけが、胸の奥に焼き付いた。
意味を持たないはずの“音”が、意味になりかけて崩れていく――その瞬間、僕は即座に手を引いた。
「何だ、今のは……?」
ギルドマスターが訝しげに尋ねた。
「魔力に染みついた呪詛だ。意思を持つ魔法陣だな。誰かが、ここを通して何かを“見ている”」
僕はゆっくりと立ち上がる。
「つまり、これは……“終わった跡”じゃない。始まりの兆しだ
見られてる……いや、“視られてる”。こちらが覗いたと思ったのに、逆だったのか……」
その“目”が、ゆっくりと――瞬いた。
僕は、心の奥で確信する。
(……ここから、本当に始まるのか)
風が吹き、魔法陣の中心の目が、一瞬だけ――こちらを見たように感じた。
そして僕は、直感する。これは、ただの魔物の死ではない。
扉が、開かれようとしている。




