エピソード19
イオは村の病院に来ていた。浄化の手助けのためだ。
浄化。それは、神が世界を浄化するその日まで、自らが浄化を進んで手伝う。人々を助け共に神の復活を待ち望んでいるのだ。
―家―
「主様、最近は村が賑やかですね」
「あぁ、そうだな。……うるさいのは好きじゃないんだが」
僕は村の様子を探るために、黎恩の翼のリーダーのもとへ向かうことにした。黎恩教団、それは最近村にやってきた人々だ。
その人達が村を壊してしまわぬかを確かめるため、僕はリリィと話を聞くことにしたのだ。
「……おや? あなた達は?」
イオは、村の病院の一角でしゃがみ込みながらも、穏やかな声で僕たちに気づいた。
その手は、年老いた女性の腕に軽く添えられていた。女性の顔は苦しげだったが、イオの手が触れているところだけが、ほんのりと温かく光を帯びていた。
「僕は……この村の者です。彼女はリリィ。今日は、おまえの活動を見に来た」
「そうでしたか。お会いできて嬉しいです」
イオはゆっくりと立ち上がり、こちらに小さく頭を下げた。
「ここでは、体の弱い方々や、森の瘴気で体調を崩された方の手当てをしています。
浄化というと大げさに聞こえるかもしれませんが……信仰とは、本来こうした小さな行動の積み重ねでもあります」
そう語るイオの姿は、誰かを癒すことにためらいのない、本物の信者のように見えた。
「見てください」
彼はさっきの老婆の手をそっと取ると、また微かに光を灯した。
すると――老婆の顔に、少しだけ安堵の表情が戻った。
「……あの、痛みが、軽く……なったような……」
「よかった。それだけで十分です」
リリィがぽつりと呟く。
「本当に……助けてるんですね」
僕も言葉を失った。
昨日の広場での説教や、黒衣の教団との争いばかりが頭にあったが、今ここにいるイオは、ただ目の前の人を救おうとする人にしか見えなかった。
「この村には、まだ静けさがあります。だからこそ、争いではなく、助け合いの形で関わりたいのです」
イオの目はまっすぐだった。信仰の押し付けではない。理想の布教でもない。
ただ、「人を救いたい」という一点で、彼は動いていた。
「……それでも、あんたの信じる神は、世界を浄化すると?」
僕の問いに、イオはふと視線を落とし、静かに微笑んだ。
「世界が浄化されるその日が来たとしても……それは破壊ではありません。
だから私は今、こうして手を差し出します。希望を繋げるために
……もちろん、すべてを救えるとは思っていません。
でも、たとえこの手が届かなくても、誰かの希望に繋がるなら、私は今日も祈ります」
リリィが僕の袖を軽く引いた。
「主様……この人、嘘は言ってないと思います」
「……あぁ、僕もそう思う」
でも、だからこそ怖かった。この人は、きっと“本気”でこの神を信じている……その未来に、破壊があるとしても。
(この人は、自分が見ている光の先に断崖があっても、迷わず歩いていくだろう。
だからこそ、誰かが見送らなきゃいけないのかもしれない)
けれど、その穏やかな信仰の裏で、世界を覆う力が動き始めていることを、イオはどこまで知っているのだろう。




