表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/58

エピソード16

―語り―



 午前の陽光が村の広場を照らし、どこか清らかな風が通り抜けていく。昨日の不穏な空気を引きずりつつも、村人たちは自然と集まってきていた。



 深淵派の啓示に胸をざわつかせた者も、そうでない者も、皆何かを求めるようにしていた。



 そして、広場の中央。白いローブを身にまとった男――イオは、ひとり立っていた。



 彼は特別な道具も使わず、声を張るでもなく、ただ静かに、村人たちを見渡した。





「皆さん」





 その声は不思議と耳に届いた。風が止まり、世界がイオの言葉を待っているようにさえ思えた。





「私の名は、イオ。冥恩教団の中でも、“黎恩の翼”と呼ばれる穏健派に属しています」





 何人かの村人が顔を見合わせる。冥恩教団という言葉に反応した者もいたが、イオの落ち着いた口調に、誰も声を上げなかった。




「私は、昨日この村に現れた、ザイルという男と、かつて志を共にしていた者です。けれど、私たちは今、異なる信仰の道を歩んでいます」



 イオは一歩、踏み出す。



 その動きすら、何かを壊さぬよう配慮された、慎重で丁寧なものだった。





「彼は言いました。腐敗は闇の前触れだ、救いのために従えと。……ですが、私はこう考えます」



 イオの瞳が、村人一人ひとりを見据えるように、緩やかに動く。



「腐敗とは、再生の始まりです。恩寵とは、従属ではなく、赦しです」



 ざわりと、空気が揺れる。

 


「恐れを煽り、強さを誇り、異端を糾弾する――それが信仰でしょうか?

 違います。信仰とは、わからないことをわかろうとする力です。

 痛みを抱える人に、隣で共に立つ勇気です」



 言葉のひとつひとつが、心に染み込むように響いていく。



 それは魔術でも呪文でもなく、ただ、彼の信念から紡がれた“祈りのかたち”だった。



「闇が近づくなら、それを拒むのではなく、照らす灯火になりましょう……。

 私もかつて、救いを信じるあまり、大切なものを見失いかけたことがありました……

 けれど、だからこそ今、皆さんと共に歩みたいのです

 誰かが絶望の中で迷うなら、私は手を差し出せる者でありましょう。

 そのために――私はここに来ました」



 沈黙。



 沈黙のなか、村人たちが互いの顔を見合い、視線だけで何かを確かめ合っていた。



 だが、それは拒絶の沈黙ではなかった。



 ……その静けさは、受け入れの始まりだった。



 やがて、年老いた農夫が帽子を取り、頭を下げた。





「……話を、聞かせてくれて、ありがとう」



 少女、ラナがそっと母の手を握りしめながら言う。



「この人は、こわくないね……」



 イオは、静かに微笑んだ。



 村人の中には、なお疑いの眼差しを向ける者もいた。だが、それでも確かに、希望のようなものが、広場に芽吹いていた。



 その光景を、遠くから見つめていた僕は思った。



(これが、信仰のもう一つの形か……)



 すぐ傍でそれを聞いていたギルドマスターは、目を伏せたまま小さく息をついた。





「……穏やかだが、あれもまた、力のある言葉だな」





(ザイルの語る救いとは違う、もう一つの道)



 イオの説教は、争いを呼ばなかった。ただ、心に小さな火を灯していった。



 それは、闇に向き合うための静かな刃だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ