エピソード14
ー啓示ー
夜が更け、森の腐敗が確かな現実となった頃、村の外れにひっそりと佇む古びた祠の前に、一団の影が集まっていた。
黒いローブに身を包んだ男女が、ひそひそと語り合いながら、奥に祀られた“主”へと祈りを捧げていた。
その中心には、厳かな風格を漂わせる一人の男がいた。彼は、ザイル=ネグル。ザイルは低い声で語り始める。
「エル=ネヴラの鼓動がこの腐敗を導いた。我らはそれを祝福として受け入れよう。
大いなる闇の力が、再び目覚めんとしている……森の腐敗は、その兆しに他ならぬ。我らが主、エル=ネヴラ復活の前触れだ」
その言葉に、集まった信者たちは互いに頷き、目を輝かせながら、神の啓示を受けたかのように耳を傾けた。ザイルはさらに続ける。
「この村に流れる古の力は、我らに新たな時代の到来を告げるもの。主の御業に預かるため、我らは今こそ立ち上がらねばならぬ」
ザイルは低く呟き始めた。古文書の言葉はまるで生きているかのように響き、風に紛れて森の奥へと吸い込まれていった。
翌朝、村の広場では、昨日の宴の余韻がまだ漂っている中、突然、不意に黒のローブ姿の男女が現れた。彼らは、静かだが力強い足取りで村へと入ってきた。
その中に、あの祠で語っていた男――ザイルの姿もあった。その佇まいは、ただそこに立つだけで群衆を支配するほどの威圧を放っていた。
村人たちは驚き、戸惑いながらも、遠巻きにその姿を見守る。
レオンやエリス、そして若い冒険者たちも、疑問と警戒の入り混じった表情で、彼らの動向を注視していた。
男は、村の中心にある広場へと進むと、静かに声を増幅する魔道具を手に取り、低い声で語り始めた。
「私たちは冥恩教団! 我らが主の啓示を信じよ。森に広がる腐敗は、世界が闇に侵される前触れ。今こそ、新たな真実に目覚め、救済の道を歩む時!」
ザイルは、群衆の反応を静かに見渡した。その瞳には、感情ではなく確信だけが宿っていた。
いや、ほんの一瞬、冷ややかな笑みが口元を掠めたようにも見えた。
「苦しみも、病も、腐敗も……全ては主が我々に与えし祝福。我らはその中でこそ、真に生きる」
一人、また一人と、村人が足を踏み出した。顔をこわばらせながらも、その目にはわずかな光――縋るような希望が宿っていた。
その中には、病気の子を抱えた若い母親の姿もあった。彼女は、希望にすがるようにザイルの言葉に耳を傾けていた。
村人たちは、恐怖と期待のあいだで、ザイルの言葉に耳を傾け続けていた。
ギルドマスターや仲間たちも、その異様な集団に気づき、互いに顔を見合わせる。
ギルドマスターは眉をひそめながらも、「何者だ……?」と低くつぶやいたが、明確な行動には出ず、ただ静観する姿勢を貫いていた。
静かに様子を見つめながらも、ギルドマスターの目は鋭く光っていた。ひとつひとつの言葉、動きを見逃すまいとしていた。
信者たちは、ザイルの呼びかけに応じるかのように、ひとりまたひとりと、熱心に言葉を繰り返し始める。
「主の啓示を受け入れよ」「新たなる時代のために立ち上がれ」と、彼らの声は次第に高まり、村全体に不穏な空気が漂い始めた。
その中で、僕は窓越しにこの光景を見つめ、心の奥に一抹の不安を感じた。
(これが……邪神復活の恐怖を煽る、カルト宗教の始まりか。村が、この闇の影に染まっていくのだろうか……)
僕は深く息をつき、魔法書に目を戻す。
(この空気……どこかで、体験したことがある……)
脳裏に一瞬、赤黒い霧と、誰かの叫びがよぎった。
(あれは……違う、まだ……思い出せない)
けれど、確かに何かが……この腐敗の奥に、見え隠れしている。
だが、今やこの村には、ただの発展ではなく、未知なる脅威が静かに忍び寄っている。
そのことをはっきりと感じさせられたのだった。