エピソード12
―腐敗―
夜明け前、僕はふと、いつもの森へと足を運んだ。村の発展とともに、あの森にも何かが起こっているという噂が、密かに広まっていたのだ。
普段は清々しい空気が流れるはずの森だが、最近の足音には、どこか異様な冷たさが肌を刺すようだった。
森の入口に差し掛かると、まず目に留まったのは、普段の緑豊かな木々が、どこか黒ずみ始めていることだった。
朝靄の中、淡い光に照らされながら、枝先や幹に斑点のような黒いシミが浮かび上がる。まるで、木々が何かに蝕まれているかのようだった。
一歩足を踏み入れると、土の香りがいつもと違う。
湿った大地からは、腐敗した葉や朽ちかけた枝に混じる、鼻を突くような匂いが漂っていた。
重苦しく、どこか不吉な空気が漂っている。
風がそよぐたびに、かすかな黒い霧が立ち上り、まるで森全体が息を潜め、何かを待ち受けているかのような錯覚に陥った。
僕は足元に注意を払いながら、ゆっくりと奥へと進んだ。
道端に散らばる落ち葉は、どれもかすかに変色し、乾いたはずの枯葉とは異なり、どこかねばねばとした感触すら感じさせる。
木々は、病に侵された体の一部のように脈打ち、呻いているようだった。
それは、ただ朽ちているのではない。
生きながら、痛みを訴えていた。それが森の“声”だと、初めて思い知らされた。
森そのものが、生のエネルギーを失い、腐敗という形で滲み出しているかのようだった。
さらに奥に進むと、かすかな低いうなり声のような音が聞こえてきた。耳を澄ませば、木々の間を抜ける風の音に混じり、断続的に「……ゴロゴロ」と、不気味な音が響く。
大地そのものが、苦しげに呻いているかのようだった。
その瞬間、僕は胸の奥に冷たいものが走るのを感じた。
かつて、あの力に触れた時と、似た気配だった――。
まるで、この森の腐敗が、ただの自然の老朽化ではなく、遥か昔封じ込められた邪なる存在の兆候であるかのような、そんな気配が確かにあった。
(このままでは、村全体が危険に晒されるかもしれない……)
僕は一歩一歩、慎重に足を進めながら、何か手がかりがないか、古い伝承や魔法書で読んだ言い伝えを思い出そうとした。
森の奥深く、黒い霧の向こうに、何か金属のような光沢が一瞬だけ煌めいた。
まるで、誰かの服が光を反射したかのように――だが、見えたのはほんの一瞬で、視界からすぐに消えた。
見間違いかとも思ったが、不穏な静寂だけが辺りに残っていた。
この森の異変は、ただの自然現象ではなく、邪神復活の恐れを孕んだ、暗い予兆の始まりなのだと、僕は静かに確信せざるを得なかった。
そしてその奥底には、まだ名も知らぬ“何か”が、こちらを見ている気がしてならない。
森の腐敗が進むにつれ、村の住民たちや冒険者たちの間にも、不安のささやきが広がり始めるに違いない、そんなふうに思えた。
そして、その不安は、いずれ言葉となり、村を揺るがすことになるだろう。