エピソード8
―新たな風―
昨日までは静かだった村が、朝の光とともに別の場所のように変わっていた。
窓の外は、まるで祭りの前触れのような活気に溢れている。
ギルド支部設立の影響か、どこからともなく多くの冒険者や職人が集まっている。
正直、僕は相変わらず「面倒くさい」と思いながらも、その賑わいに内心少しだけ興味をそそられていた。
ふと、村の入り口付近に目をやると、一人の青年が堂々と立っているのが見えた。
彼は擦り切れた革のジャケットを羽織り、腰には使い込まれた剣をぶら下げている。
鋭い眼差しと、自信に満ちた佇まいから、彼がこれまで幾多の戦いを乗り越えてきた冒険者であることが伺えた。
村の中央に歩み出た青年が、大きく胸を張って言った。
「俺の名前はレオン。ここに新たな風を吹かせるために来たんだ」
その瞬間、周囲にざわめきが広がった。彼の声が響いた瞬間、村の空気が一変した。
まるで、本当に風が吹き抜けたような錯覚を覚えた。
頼れる前衛、まるで炎のような男だ。
彼は大きな声で宣言し、周囲の者たちの拍手を浴びる。
その直後、広場の一角から、柔らかな微笑みを浮かべた女性が現れた。
白いローブに身を包み、手には装飾が施された杖を持っている。彼女は静かに、しかし確かな口調で
「私はエリス。傷ついた者たちを癒すためにここへ参りました」
その一言で、緊張していた周囲の雰囲気がほぐれた。
まるで陽だまりのような微笑み。
彼女は礼儀正しく自己紹介をした。その穏やかな雰囲気は、どこか安心感を与えるものがあった。
ほかにも、フードを被った錬金術師の男や、物静かな弓使いなど、個性豊かな仲間たちが次々と顔を揃えていった。
ギルド支部の設立式典の後、集まった全員が一堂に会し、これからの任務や村の発展について熱く語り合う場が設けられた。
ギルドマスターの大声が響く中、彼は僕に向かって
「お前の存在こそ、この支部の礎だ!」
その言葉に、村の空気がピリリと引き締まる。
皆がそれぞれの決意を込めて、僕に視線を向けていた。
その言葉に、レオンやエリス、そして他の仲間たちは頷きながら、意気揚々と未来への計画を話し始めた。
(……この騒ぎの中で、僕の研究だけは止めたくない。けれど、この流れに抗うのも、もう難しいか)
僕はその光景を眺めながら、ため息をついた。
(僕はただ、魔法の研究を続けたいだけなのに……でも、こうして仲間たちが集まるのも、何だか面白いかもしれないな)
リリィは横で静かに微笑みながら見守っている。いつもの無口な表情の奥に、どこか温かさを感じる。
ルナも僕の膝の上で丸くなりながら、周囲の騒がしさにまったく動じない様子だ。
レオンが明るく宣言する。
「これから、俺たちでこの村を守り、さらなる発展を遂げるんだ!」
エリスも優しく付け加える。
「みんなが力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられるでしょう」
その言葉に、僕は内心で苦笑いを浮かべる。
(面倒くさいことが増えるだけだ……)
だが、同時に、今まで感じたことのなかった期待や、何か新しい刺激を感じ始めている自分もいるのは確かだった。
(面倒くさいけど、否定しきれない自分がいる)
研究室に閉じこもるだけの毎日とは違う、“何か”が始まりつつある。
それが期待なのか、不安なのか……まだ分からない。
この新たな仲間たちの集結が、これからどんな冒険へと繋がっていくのか。
気づけば、ただ研究に没頭していた僕も、知らず知らずのうちに、一歩を踏み出していた。
かつての僕なら、絶対に足を止めていたはずの場所。
でも今は――
ほんの少しだけ、先を見たくなっている。
その理由すら、まだ名前を持たない。けれど……心だけが、静かに歩き出していた。