エピソード1
第二作目です、投稿は7時にする予定です
2025/04/21 全体の修正を予定しています
今の文は修正されるので、原文が見たい方はメモ帳アプリ等でコピーをお勧めします
第一部がだいたいできたので、完成次第、毎日投稿となります
投稿は7時になるのでお願いします
リクエストに応じて、視点の追加等も考えておりますのでよろしくお願いします
2025/04/24 文の修正が終わりましたので、第一部を毎日投稿します、是非ブックマーク等をよろしくお願いします。
ー出会いー
僕が暮らしているのは、王国の片隅にある静かな土地。王から与えられた広い屋敷で、僕は一人気まぐれに魔法の研究をしている。
誰にも邪魔されず、ただ静かに魔法を探求できる――それだけが、僕の望みだった。
(けれどその静けさの奥に、時折、自分でもわからないざわつきを感じることがあった)
しかし、生活はひどく雑だ。面倒事は嫌いだし家事もしない。
今日はそんな気まぐれな心が動いた。
最近は研究も行き詰まり、思考がぐるぐると、同じところをループするばかりだった。
何か気分転換がしたかったのだ。
……そう言い訳していた。
……本当は、静かすぎる部屋に耐えきれなかった。
何か、誰かがいてくれたら……
僕は何気なく、町の市場に立ち寄ると、目の前に並ぶ奴隷商人の屋台を見つける。商人はその商品の説明を声高に叫んでいた。
「新しい入荷がありました! 良い家事ができる奴隷が揃っています! お買い得です!」
興味半分でその前を歩きながら、商人の売り込みを聞いていた。そのとき、商人がひときわ自信満々に、僕に声をかけてきた。
「おや、お客さん! この娘を見てください! 家事全般をしっかりこなす優れた奴隷です。お勧めですよ」
商人が指し示す先にいたのは、若い少女だった。年齢はおそらく十代前半。顔は美しいが、どこか暗い表情をしており、目はどこか遠くを見つめている。
僕は、その目に引き寄せられるように見つめた。
「……どうして、そんな目をしているんだ?」
気づけば、口にしていた。その言葉に、少女がゆっくりと僕の方を向く。
(……いや、関わるべきじゃない)
他の誰でもない、孤独を知る目が、こちらを見ていた。
──どこか、思い出せない誰かの目に、よく似ている気がした。
まるで、かつて鏡で見た自分の顔を、別の誰かに重ねたように。
僕が疑問に思ったその時、商人がすかさず言葉を投げかけてきた。
「この娘は家事が得意で、黙々と仕事をこなしますよ。それに、あまり他の人に懐かないタイプですので、手間もかからず、むしろ扱いやすいかもしれません」
(便利そうだな……)
そのはずだった。いや、そう思い込みたかったのかもしれない。
(……やめておけ。そういうことに深入りすべきじゃない)
あと一歩、近づけば触れられる距離だった。
けれど、僕はなぜか踏み出せなかった。声をかけておきながら、心だけが引いている。
僕の足は止まったままだった。
まるで、あの目に縫い止められたかのように。
(どうせ、誰かと関わっても、僕が壊すだけだ)
それでもどこか気になった。
「まぁ、暮らしが楽になるかもしれないな」
(……そういう理由で買おうとしているのか?)
考えの端からズレの匂いがしたことに、僕は気づかないふりをした。
商人はその言葉を聞いてすぐに契約の話を持ちかけてきた。僕は無意識にうなずき、商人の勧めで契約することになった。
契約が結ばれた瞬間、リリィはほんのわずかに肩をすくめた。安堵か、それとも絶望か――判断できなかった。
(この静けさに、誰かがいるというだけで……何かが変わる気がした)
僕は少しの間、少女の姿を眺めながら歩いていた。
「名前はなんだ?」
「リリィ、です」
かすれたその声は、風に消え入りそうだった。美しい顔立ちとは裏腹に、魂の抜けたような響きだった。
その声は乾いていた。まるで自分すら信じていないようだ。
それでも、その声は微かに震えていた。自分の名を口にするのさえ、恐怖を感じているかのように思えた。
名前すら、所持することを許されていないような声だった。
「リリィか」
僕はそれを軽く聞き流しながら、道を歩き続けた。
「さて、これからは僕の命令をきちんと聞けよ。食事とか、雑務とか、そういうのを頼む」
リリィはわずかに体を強張らせたあと、ぎこちなくうなずいた。
僕はあえて、無愛想に言った。
優しい言葉が喉まで出かけていたのを、ぎりぎりで飲み込んだ。リリィはただ静かにうなずき、後ろについて歩き始めた。
その姿を見て、ふと気になったが、すぐにその思いを振り払う。
(面倒を見てもらうだけだ。深入りするつもりはない)
そう思いながらも、呼吸が浅くなっていた。気がつけばリリィを見ていた。
僕の視界に映ったリリィの目が、どこか寂しげであることに、微かな違和感を覚えた。
いや、違和感ではない。まるで僕が誰かを見捨てたかのような感覚を、リリィの目から感じる。
違う……僕は僕自身を見捨てたのかもしれない。僕は誰かを助けるふりをして、自分の孤独に蓋をしたかっただけなのかもしれない。
僕は苦々しく顔を背けた。
家に着くと、リリィに簡単な指示を出した。
「まずは食事を作れ。あとは部屋の掃除を頼む」
リリィは一瞬だけ僕の顔を見た。まるで、『それだけ?』とでも言いたげに。
その目に、一瞬だけ、何かを探るような光が宿った。
けれど無言でうなずき、そのまま作業を始める。僕はその様子を無関心に眺めながら自分の部屋に戻り、研究を再開した。
リリィが手際よく食事を作り、部屋を掃除していることに驚きもせず、ただその動きに目を向ける。
「……便利だな」
そう言いかけた言葉を飲み込む。
(まるで機械みたいだ)
リリィは黙々と、指示された作業をこなしていた。迷いも、無駄な動きもない。
それは、まるで歯車の一つのようであった。ただ、リリィがそう振る舞っているのは……僕がそうさせているのかもしれない。
そう思ったときリリィがふと、こちらを見る。その目はやはり寂しげであった。
それは、檻の中の獣が外を見つめるかのような、切実な目だった。
何かを押し殺し、じっと耐えているかのような__そんな張り詰めた目だ。
いいや、違う。外ではなく、後ろを見ているのだ。
リリィは、僅かに身を固くした。
誰かに追われている、何かに怯えるかのような目。
その視線を耐えることができない。僕は再度視線を逸らす。
その瞬間リリィは、息を静かに呑んだのかもしれない。見放されたと考えたかのように。
(何かを訴えているような……)
僕は目をそらし頭を振る。
始まりなど、望んでいなかったはずなのに。それでも僕の心は、微かに軋んでいた。
名も知らぬ感情が、静かに、けれど確かに、顔をのぞかせていた。
(この娘の目が……どうしても、頭から離れない)
僕は、部屋に戻ってもリリィの足音を探していた。
――誰かが、そばにいてくれる気がして。
けれど同時に、何かを忘れているような気がしてならなかった。