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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編置き場

報いを産み落とす

作者: もどき


 人体実験によって不治の病と驚異的な能力を手に入れた少女の前に一人の白衣を纏った男が現れた。

 その男は少女に実験を施した男が現れ許しを乞いながら殺してくれてもいいと、どこか晴れやかな表情で懇願するが少女はそれを拒否。


「罪を告白して、非道な実験を施した本人に頭を下げるのは気持ちいい? 準備した謝罪の言葉を述べて今更浸る自己嫌悪は、心地いい?」


 少女からの糾弾に酷く顔を歪め、眉間に寄せた皺を更に深めた。


「今のあんたには何の価値も無いよ」


 少女は男の自分勝手な身の振り方に呆れながら、彼の犯した罪は彼の命と同価ではないと簡潔に説明すると。


「奥さんとお子さん、とっても幸せそうだったし早く此処から離れて家に帰りなよ」

「な、妻と息子に何をした!?」


 不穏な発言に男は激しく狼狽。

 思わず妻子に何をしたと声を荒らげるが、激昂に対して少女は目を座らせたまま男を鬱陶しそうに視線を背けた。


「別に何もしてない。 ただ、会ってきただけ」

「信じると思うのか?」

「ふーん、そう……まぁ、信じようが信じまいがどうでも良いけどさ。 あっ、でもおめでとうだけは伝えておくね」

「何がめでたいっ!」

「えっ、だって奥さん第二子を授かったって言ってたよ? 命の輝き万歳おめでとう」

「は?」

「あれ、知らなかったの?」

「……あぁ」

「それは、ごめん」

「本当に、会っただけなのか?」


 少女はため息を吐いて、未だ訝しみ敵意剥き出しに睨む男の視線に辟易としながら肩をすくめた。


「本当に会っただけだよ。 何の恨みがあって見知らぬ人に危害を加えなきゃならんのさ。 私は悪人じゃない、正義のヒーローでも無いけどこの手を血で染めるくらいなら明日に苦しむ子供の為に手を伸ばす。 だから私はあんたを殺さない。 態々願いを叶えてやる道理も無いし……面倒臭い」

「64番、お前……」

「さっさと家に帰りなよ。 あったかいお家が待ってるよ」


 と、しっしと手を払い男を追い返す仕草を行う。


「っ……本当に何もしないのか!?」

「だから、こちとらあんたほど非道で人道を無視していなければ復讐に駆られ生きてる訳でも無いの。 折角力を制御出来るようになったんだから普通の人間として生きて、普通の人間として死にたい。 ただ、それだけ」

「……すまなかった」

「謝罪とかいらないから。 早く視界から消えてくれない? あと私の名前はもう番号じゃ無いんだ、まぁあんた何かに教えたりしないけどね」


 少女はべっと舌を出して可愛らしく悪態をつくと、男の存在そのもを一蹴して研究所の奥へと進んでいく。

 対して男は少女に背を向けて背を向けて足早に現場から逃走する事を選択した。

 彼の背中では少女を心配する側に立っていた人物の優しい声色が聞こえるが、何よりもまず念頭に置かれていたのは家族の安否であった。







 男は崩壊したラボを見捨て家に帰宅すると、そこには子供をあやしながら鼻歌混じりに料理を作る妻の姿。

 本当に何の危害も加えられていないという安堵と同時に、少女への申し訳なさ、罪悪感が際限なく湧き上がってくる。

 謝罪の言葉さえ許されない、もう会うことは無いだろうと決別の言葉を最後に交わした少女のどこか晴々とした顔が脳裏に焼き付いて離れず、自分の行いが如何に非道であったかを認識する。

 後悔するには遅すぎて、少女の言っていた自分勝手な謝罪という言葉が鋭い刃となって心に深々と突き刺さるのは時間の問題であった。


「心を入れ替えよう。 もう欲に溺れる事のない、穏やかな……いや、誰かの為に生きる人生を送ろう」


 研究に心血を注いだ私の知識と人生の全てを、報われない命の為に使おう。

 もう許しを得られない少女に対するせめてもの贖罪として、決して認められる事はない偽善を成そう。


「あっ、お帰りなさいあなた」

「ただいま」

「今日ね、あなたに命を救われたっていう子供が来たわよ」

「そ、そうか」

「なんでも今自分が人生を謳歌しているのはあなたのお陰だって、とっても穏やかな顔で語っていたわ。 その子からの手紙が机の上にあるから後で読んであげてね」

「手紙……」


 男はすぐ机の上に置かれた小綺麗な手紙を視界に捉える。

 真っ赤な封蝋で止められているその手紙の裏面にはやや癖の強い文字で、けれどハッキリと名前が記されていた。

 男はその手紙を手に自室へと戻る。


「私に何を伝えたいと言うんだ……」


 封を破り中から数枚の紙を取り出すと、一枚目の手紙を椅子に座る事なく立ったまま文章に目を通す。


『これはあなたが行ってきた私に対する実験の過程とその成果。 これを最も大切な人達に自ら告白すれば、多少は許されるんじゃない?』


 短く、けれど残酷な文章が記されたそれは正に呪い。

 震える手で他の紙を手に取れば、それは確かに過去自分が少女へ施した痛々しい実験の数々。

 数多の管を身体中に繋ぎ、刈り上げた頭髪から除く地肌に描かれたペンの色が実験の酷さをより強めていた。

 別の写真には四肢を失った少女の憔悴した姿、また別の写真には血だらけになりながら未知の生物と戦う姿。

 到底少女にさせるべき所業とは思えない記録の数々は、男が所属していた研究機関に於いて政府へと提出される公的文書として保管され、その技術が応用され世界各地に広がっている新たな技術の礎となる可能性を大いに秘めていた人体実験記録。

 男はごくりと固唾を飲み込んだ。


「これが、罰なのか」


 自らを罰し、自らが最も大切にしている者を切り捨て選択される側に立つこの仕打ちこそが復讐か。


「仕方無い……それだけの事を俺はしてきた」


 その手紙を力無く掴んだまま腕をだらんと落とすと、険しい表情を浮かべ妻と子供が居るリビングへと戻るため重く棒の様に動かない足を引きずり歩き出す。

 台所に立つ妻の後ろ姿を眺めるだけで涙が浮かび、自分が口を開いた瞬間にこの幸せが崩壊する惨劇が広がる自覚から、悪足掻きに噛みちぎる程下唇を噛んで微かに鉄の味がする。


「あなた!? 血が出てるわよ!?」

「えっ、あぁ。 唇の皮を剥いたら切れちゃったみたいだ」

「もう、軟膏を持ってくるから待ってて。 あっと、それと一つ話があって」

「話?」

「子供が、出来たみたい」


 妻の言葉に全身が総毛立つ。

 それは少女が一言一句嘘偽りなく自分と話をしていた事の証明で、自分だけが滑稽に醜態を晒していた事の証左。

 醜くも彼の前で自分を殺してくれと乞い願う愚かな行為に消え入るほど恥た男は、自分の愚かさに対して静かに涙を流す。


「もうっ、カールったらそんなに喜んでくれるの?」

「俺は……俺は……」


 大粒の涙を流し、声にならない声を上げながら彼女に頭を抱えられた男は持っていた手紙を床に落とし永遠と泣き続けた。

 途中、息子が心配そうにこちらへ近寄ってきたけれど構わず涙を流し続けて、終ぞ妻子共々抱き抱えた命の重さを再認識して家中に声を響かせる。

 きっと、少女はこうなる事を予測して全てを告白する罰を課したのだろう。

 だから私は、この子達が大きくなった時にこそこの罪を──。




 十年後


 夫が突如ある孤島に診療所を建てて、そこへ住まいを移そうと提案してから約十年の月日が経った。

 最初は当然困惑したり、今の生活を捨てて何もない土地への移住には酷く狼狽したけれど。


「行ってきまーす! お兄ちゃんはやく!」

「はしゃいでるとまた転ぶぞ。 弁当箱忘れてるし……ったくアイの奴」

「カイ、気を付けて登校するのよ」

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 住めば都とはこの事か、潤沢に物資が集う都会とはまるで違う土地ではあるけれど、今日も楽しそうに学校へと向かい家を飛び出していく子供達をいつも通りに送り出し、静けさだけが残る家に取り残された私は穏やかな足取りで夫婦の寝室へと歩いていく。

 夫は昨日から急患で島唯一の診療所に付きっきり。

 この後、あの人の為にお弁当を作って持っていこうと思っているけれど、果てさてどれだけの患者を診ているかによって作る食事に変化が訪れる。

 もし日数が掛かる患者さんであれば少し多めに夜食まで作って持っていこう。

 今日中に何とかなる患者さんであれば今日のお夕飯は少し豪勢にして彼の英気を養おう。


 本土にいた時ほど裕福な暮らしはしていないけれど、私はこれでも十分満足しているし。

 正直な事を言うと昔より幸せで、彼や子供とより大切な時間を育めている喜びを日々噛み締めて過ごしているからか、此処に住まいを移して心から良かったとさえ思う日もあったりするほど。


「エヴィンさん郵便でーす」


 玄関から朝の郵便配達の知らせが届く。

 私は玄関まで速足で駆けると、先ほど閉めたばかりの家の鍵を開けて外に居る郵便配達員と顔を合わせる。


「どうもアイラさん。 これお手紙です」


 夫の研究関連で何かしら郵便が届く事はあるので特段珍しい物では無いのだけど、今日はどうやら少しだけ様子が違ったみたいで封筒の宛名には私の名前が記されていた。


「お疲れ様でーす」

「どうもー」


 身軽に自転車を乗りこなす配達員を見送って、私は封筒をまじまじと凝視しながらリビングへと戻った。

 差出人は記されていないが自分に手紙を寄越そうと思う人物なんて本土に居る友人か、将又両親からか。

 最近長期休みを利用して子供達を一週間ほど預けてきたのだけれど、孫が恋しくなって送ってきたのかも。

 メールで済ませればいいのに、変な所で気にしいなんだからと微かに笑みを溢しながらハサミを用いて封を切る。


「あら?」


 封筒を逆さにして中から出てきた物を確認すると、それは綺麗な字体で綴られた文章と数枚の写真。


 大学生くらいに見える少年少女達が集まって満面の笑みを浮かべる写真に、これは本当に自分宛の物だろうかと疑問符を浮かべながら再度封筒を確認すれどやはり書かれているのは私の名前。

 手違いでは無い。

 なら何の意図があって私にこの写真と手紙を寄越したのか。

 疑問を解消すべく、一旦私は手紙を手に取り読む事に。


「なになに……あ、この名前って確か」


 あの日、もう十年以上前に夫が働いていた職場が大爆発を起こして倒壊した時に家を訪ねてきてくれた小さな子供から聞いた名前だ。


「何だっっけか、確かあの人に命を助けられて? それで今を楽しく生きているからとても感謝してる的な話を聞いたんだっけか」


 そうだそうだと過去の薄れた記憶を掘り起こし、一言一句までは思い出せないもののそれらしき記憶に鮮明な彩り載せて呼び起こす。


「あの時手紙を貰ってたのよね、あの人と私宛に。 そういえば仕舞い込んだっきりですっかり忘れてたわ」


 私は寝室に入りクローゼットの奥深くへ仕舞い込まれたお菓子の缶缶を取り出すと、パカッと蓋を開けて乱雑に詰め込まれた大切な思い出達の中から真っ赤な封蝋で閉じられた小綺麗な手紙を取り出した。

 あの人へ宛てた手紙と違い私に渡してきた手紙に関しては、『いつになるか分からないが、とあるタイミングが来るまで開けずに読まないでいて欲しい』とお願いされたのだけは確かに覚えている。

 詳しい理由は分からないけど、当時は夫に対する恋慕か何かが記されていたのだろうと一人納得して、誰にも伝えずにいつ訪れるかも分からないタイミングを待っていた。


「多分、今日がその日になるんだよね?」


 私は二通の手紙を机の上に並べると、今日届いた封筒に入っていた便箋を手に取り内容を確認する。

 綺麗な文字で記された文章を頭の中で反芻しながら、ひとつひとつを思考の先へ落とし込む。


『突然のお手紙、大変無礼とは存じますがどうかお許しください。 私は約十年以上前に貴女様と顔を合わせ、貴女のお腹に宿る生命の明るい将来について嬉々として熱く語り合った時の子供で御座います。 過去、貴女には二通の手紙託し、一つは旦那様宛てへ、もう一つは貴女宛と分けたのを覚えていますでしょうか?』


 やっぱり、あの時の子供からみたいだ。

 私は過去と現在の邂逅に興奮を隠せず、まるで我が子の様に慈しみの視線を手紙に送りながら文章を読み進めた。


『突然ではありますが、恐らくこの手紙が届いている頃には既に私は歪められた天寿を全うし骨となっている事でしょう』

「えっ?」


 突然の死に衝撃が走る。

 あの時の子供が、若くして命を終えて永い眠りについていた。

 到底信じ難い内容だが取り敢えず平静を装いながら読み進める事に。


『ですが、何一つこの人生に悔いは有りません。 たとえ、非道な人体実験の末に成長が著しく停滞し、貴女の様に自分のお腹を痛めて産んだ子供に囲まれる生活を成す体も、寿命も残されていなかったとしても。 四半世紀ほどの生涯で、とても素敵な人生を遅れたと自負しています』


 手紙の先で、あの子供が何を言っているのか分からない。

 人体実験?

 子供と出会った時はそんな素振り一切見せなかった筈なのに。

 酷く悲惨な運命を素晴らしいものと豪語して最後の時を迎えたであろう彼女の姿を想像し、思わず口元を覆う。


『昔、貴女に渡した手紙の中にはある研究機関で実施された非人道的な人体実験の数々を記した公的文書の一部が封入されています。 もし、過去に彼から告白が為されていたのであればとっくの昔に封を開けていると思うので、この手紙はあの時に出会った私の死を知らせるだけの手紙となるでしょう。 ですが、何も知らぬまま今日まで過ごしてきたのでしたら、虚構で塗り固められた自己満足の贖罪により赦し乞う哀れな男の認識を改める良い機会かも知れません』


 あの時一度だけ顔を合わせた子供が、からからと無邪気に笑っている声が確かに聞こえる。

 書かれている内容が本当ならば既に亡くなっている筈なのに彼女は今確かに此処に居て、誰を嘲笑うでもなく快活に屈託のない笑みを浮かべている気がして背筋に悪寒が走る。


 私は此処で一度手紙を読み止めて、もう一方の手紙を手に取り封蝋を切った。

 パラパラと数枚の紙が入っており、内一枚は非常に短い文章だけが綴られた便箋で残りは彼女が言う通りの資料らしきもの。

 恐る恐る資料に目を向けると添付された写真には彼女らしき人物が載っていて、見るも凄惨で非道な器具に苦しむ姿が映し出されていた。


 私はひぃっ、と悲鳴を上げて手紙を床にはらりと落とす。

 誰がこんな事をしたのか。

 どうして彼女がこんな目に遭わなければならなかったのか。

 何故、私にこれを送り付けてきたのか。

 思考を巡らせれば否応にも点と点が結び付いて、最悪の結論にそんな筈は無いと頭を抱え現実から逃避する。


 俯く中で目端に過去に渡された手紙の短い文章が映り込む。

 それは先ほどまで目にしていた綺麗な文字と違って酷く歪み、殴り書きとも思える地を這って動く乱雑な紋様で記された文字の羅列。

 文字のひとつひとつを繋ぎ合わせて出来る単語を、私は半泣きになりながらゆっくりと口にして読みあげる。


「ナンバー64観察記録 記録者:カール・エヴィン」


評価して頂けると励みになります。

誤字脱字がありましたら優しく教えてくださるとうれしいです。

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