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0007.本屋とカフェと冬の夜

週末の夜に近所のカフェで ひとりでうだうだしていると

時々きみがひとりで しかめっ面してパソコンを睨んでる

眉間にしわを寄せて 何かをしているのだけど

これはたぶん 話しかけてはだめなやつ


パソコンの横には何冊か 分厚い本が積んであり 反対側にはノートが開いてる

勉強しているのか何なのか知らないけれど なんでそんなに怖い顔してるんだろ


学校で見かけるきみは いつも笑顔でかわいい印象だったのだけど ひとりの時は別の顔

きみのちょっとした秘密を 垣間見てしまった気もしたりして

でもこれは 知らんふりしてた方が良さそうな気がする


きみはたぶん ぼくの存在に気づいていない

それか気づいていても どうでもいいのか無視してる

別にそれでも構わないけれど ぼくも気づいていないふりをしておく



窓の外を何となく眺めていると 12月の街並みはイルミネーションでいつもと違う感じ

街は華やかな雰囲気になっているけれど ぼく自身は別にいつもと変わらない


視線を店の中に戻すと 驚いた表情でこっちを見ているきみと目があった

どうやら見つかってしまったらしい


きみは両手をテーブルについて いきなり立ち上がると

ちょっとの間ぼくを見つめて すたすたとこっちに近づいてきた

いきなりの出来事にたじろいでいると きみはぼくの真向かいに立って


このまえ向こうの本屋さんで ジョン・ロールズの本を買ってたでしょう?

興味あるの?詳しいの? だったらわたしに正義論について話してくれない?

なんて言ってくる 

ジョン・ロールズ?正義論? そんなのカフェで勉強していたの?

というか何でぼくが本屋で買ってた本を知ってるの


これまでほとんど話したことのなかったきみと まさかこんな話題で話し込むことになろうとは



時々きみをこのカフェで見かけるんだけど

今日は今日でまたしかめっ面

この前は正義論とか言ってたけど マイケル・サンデルでも読んでいるのだろうか


またきみと目があって すたすたとやってきた

今度はなんだと思っていると

このまえ向こうの本屋さんで ニールス・ボーアの本を買ってたでしょう?

興味あるの?詳しいの? だったらわたしに量子力学について話してくれない?

なんて言ってくる

ニールス・ボーア?量子力学? そんなのカフェで勉強していたの?

というか何でぼくが本屋で買ってた本を知ってるの


これまであんまり話したことのなかったきみと まさかこんな話題で話し込むことになろうとは



時々きみをこのカフェで見かけるんだけど

今日は今日でまたしかめっ面

この前は量子力学とか言ってたけど リチャード・ファインマンでも読んでいるのだろうか


またきみと目があって すたすたとやってきた

今度はなんだと思っていると

このまえ向こうの本屋さんで アルフレッド・チャンドラーの本を買ってたでしょう?

興味あるの?詳しいの? だったらわたしに経営史について話してくれない?

なんて言ってくる

アルフレッド・チャンドラー?経営史? そんなのカフェで勉強していたの?

というか何でぼくが本屋で買ってた本を知ってるの


これまでそんなに話したことのなかったきみと まさかこんな話題で話し込むことになろうとは



よくわかんないきっかけできみと若干仲良くなったのは 微妙にうれしいことはうれしいけれど

だけど何なのこの話題? もっと普通な会話もしたいんだけど

この調子だと次に会った時は ヘリット・リートフェルトとか言い出しそう


学校でのきみはとてもおしゃれで明るくて 社交的な印象でそこそこ人気だったと思うけど

なんで興味はそんなにマニアックなの 学校ではそのキャラ見せてないよね

それよりそろそろ教えて欲しいんだけど なんで本屋でそんなにぼくを見かけるんだっけ



冷たく澄んだ冬の空気が 夜の街に満ちていて 

散りばめられた光の束が 夜のとばりにまぶしくゆれる

街ゆく人もこの時期は いつもよりきらめいて見えるのは 気のせいなのか違うのか

いつものお店の雰囲気も 違うような気のせいのような 


今日は席に座っていきなりきみに捕まった

ねえ とか言って顔を寄せて迫ってくる もうちょっとで鼻がぶつかりそう

その大きな瞳で至近距離で見つめないで照れるから まわりに他のお客さんいっぱい居るんだけど 

とりあえず両手を広げて きみを制止する


Okいい子だ まずは冷静になろう 今のきみは正気じゃない 

バートランド・ラッセルなら 今月いっぱいお休みだ

きみはにっこり微笑んで

じゃあ今日のところは ダニエル・カーネマンかリチャード・セイラーで許してあげる

そりゃどうもお優しいことで



白い雪が窓の外で街灯に照らされて 音もなく舞い降りてくる

もうすぐクリスマスだけど きみは全然そんな雰囲気じゃないね


ひとしきり行動経済学で話し込んだあと きみは抹茶ラテを口にしながらこんなことを言う


あなたはどうしてこんなことに興味があるのかしら?

きみに言われたくありません


わたしたちって似たもの同士かな?

そんなことないと思います


わたしのこと嫌いなの?

大好きです


だったらもう少し 違う話もしよっか?

うんいいよ


今日のきみはいつもより 心なしか嬉しそう

そのはにかむような笑顔は 学校では見せないね


ガラスの向こうに見える街並みは 白くてふかふかしたものにすっかり包まれていて

いつもと違って見えるのは イルミネーションと雪のせいだけではないかもしれない

今年の冬は思ってたよりもちょっとだけ 楽しいことになるのかも

祝祭日の前夜まで あと少し



ウィリアム・ターナー? また今度ね

え〜なんでよ


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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