007.逢えない君へ募る【好き】な想い 〜夢那〜
五月十一日、早朝────
本当に何もない部屋。
遮るもののない窓からは、薄らと朝日が差し込み始める。
昨日は、格安のカーペットだけは、近所のホームセンターに歩いて買いに行き、何とか居室のフローリングの床へ敷いた。
寝る布団もない状態だったので、カーペットがあるだけでかなり違った。
母娘で床へ寝転んで、久しぶりに抱き合って眠りについた。
今日は、地元の公立中学への転校初日だ。
なので…あまりの緊張で、いつも起きる時間よりも早く目が覚めてしまった。
何事も初日が肝心だ…。
もう、スクールカースト上位で双子の姉の夢薫ちゃんも居ない。
今日からは、自分の身は自分で守らなきゃいけないんだ。
身の回りの世話をしてくれる、使用人の方もいない。
生まれてからの約十五年間、凄く恵まれていたんだなって、思い知らされている。
──グウゥゥゥッ…
ああ、お腹空いたな…。
昨日の夕食は、ママの親友でアパートの大家の幸さんに、引越し祝いとして近所の町中華のお店でご馳走になった。
そこまでは順調だった。
その後、電気ガス水道の開通が翌日以降の為、幸さんと銭湯へと向かった。
ママと幸さんが昔話に花を咲かせた為、遅い時間になってしまい、スーパーの閉店間際を狙った買い出しに行けなかった。
なので、今日の朝食は無い。
──ヴヴッ…
もう契約など解約されていると思って、通学カバンの中に放り込んだままの私のスマホが震えた。
──ジジジジッ…
寝ているママを起こさないように、通学カバンの外ポケットのファスナーを開けた。
──『新着メッセージ:夢薫 からのチャット』
──タンッ…
──『夢那!!生きてる?!とりあえず、お姉ちゃんが夢那に課金してあげる。』
──『コーリーチップス 五万円:夢薫 から届きました。』
──『自分を安売りしちゃダメだよ!!困ったらお姉ちゃんに連絡して?』
姉の夢薫ちゃんから、一方的にチャットと、コーリーチップス(インスカの投げ銭機能)が届いていた。
コーリーチップスから電子マネーやポイントに満額ではないが交換できる為、本当に助かった。
それにしても、夢薫ちゃん…五万円なんてどこから?
でもこれで…暫くは、何とかなりそうな気がする。
「んっ…ん…。」
ママが起きそうになったので、急いで通学カバンの外ポケットにスマホを戻した。
夢薫ちゃんには悪いけれど、返信は後ですることにした。
──グルグルグルグルッ…!!
お腹の大きな音が何もない部屋に響いた。
いつもなら、夕食後のデザート、寝る前に軽くおやつが定番だった。
昨夜の夕食で食べた量は、幸さんへの遠慮もあり明らかに少なかったのだ。
そういえば…地元の公立中学って、確か…給食だった気がする。
ふと、お昼まで耐えれば良いかもしれないと思った。
「ん…んっ…。夢那ぁ…?おはよぉ…?」
結局、私のお腹の音でママは目覚めてしまった。
十分後───
目覚めてから暫くの間、天井を見ながら放心状態だったママ。
それはそうもなるだろう。
急にパパから離婚を突きつけられて、何も持たされる事もなく、娘一人おまけ付きで追い出されたのだから。
因みに…ママについてだが、背格好は私達双子姉妹と同じくらいで、髪はロングヘアのポニーテールで前髪は流していて、肌はブルベ系で青白く、目鼻立ちもハッキリだ。
簡単にいえば、私達を大人の女性にしたようなイメージだ。
だから、ママ一人なら…誰も黙って指を咥えて見ていないと思う。
──ピリリリリリリリリッ…!!
こんな早朝に、私達の住む部屋の玄関の呼び鈴が鳴った。
「おーいっ!!夢美ぃーっ!!朝メシ出来たぞぉー!!早く、部屋来いよぉー?」
この声は…。
「今…ママね?昨日の夜…朝食の食材、何も買って来なかったなーって、絶望感に浸ってたところだったの。夢那ちゃんは、もう出れる?」
ママは笑いながらそう言った。
でも、私が見ていた感じでは、朝食の事だけじゃ絶対なさそうな、虚な表情だった。
「うん、この制服しかないし…。ママ、一緒に行こう?」
「ゴメンね?夢那。ママ後で行くから、先に行っててくれるかな?」
「うん、分かった。」
お腹がペコペコな私は、床から立ち上がった。
そのまま玄関兼キッチンの部屋へ向かう。
──ガラッ…
二つの部屋を仕切る引き戸を開け、玄関のドアを開けようと、鍵の辺りを見た。
すると不用心にも、ドアガードがされておらず、がされておらず、鍵も一つしか掛かっていなかった。
ママに任せたのがダメだったのかもしれない。
──ガチンッ…
──ガチャッ…
「おっはようっ!!夢那ちゃん!!寝れたかい?」
もう部屋に戻ったのかと思っていた、幸さんがまだ玄関の外に居た。
どう見ても、若い中性的な男性にしか見えない。
「お…おはようございます。お布団ないので、すぐ目が覚めてしまって…。」
──ギュッ!!
挨拶すると、私の左手を握ってきた。
やっぱりそこは女性なのか、握った感触は柔らかかった。
この時の私は、そのことで少し油断してしまっていた。
「そっかぁ…寝れてないのかぁ…。まぁ、とりあえず、私の部屋に行こっか!!」
お腹が空きすぎて、私は朝食のお誘いという事しか頭になかった。
幸さんに手を引かれ、私は大家の部屋までやってきていた。
「私達の愛の巣に到着っ!!じゃあ、入ろっか?」
ふざけて幸さんは言っていると、私は思い込んでしまった。
──ガチャッ…
「ほらぁ、夢那ちゃん入って入って?」
「おじゃまします…。」
先に私が玄関をあがると、後から幸さんも玄関に入ってきた。
──バタンッ!!
完全に部屋へとあがっていた私の背後で、玄関のドアが勢いよく閉まった音がした。
──ガチンッ…ガチンッ…ガチッ…
その直後、玄関のドアの鍵とドアガードが掛かる音も聞こえたのだ。
「朝からさぁ…?制服姿で来るなんてぇ…?私のこと誘ってるんだよねぇ…?」
誘ってなんかいません!!
これしか着る服が無いんです!!
そう反論しようとした。
──ドンッ!!
「キャアッ…!!」
背中を力強く押された私は、玄関の先にあるリビングの床へ倒れ込んでしまった。
その瞬間、昨日のママが幸さんに対して”若くて可愛い女の子好きなのよ…ね“という言葉が頭をよぎった。
今、私は…襲われているんだ…。
──ガッ…!!
そう気づいた時には、もう遅かった。
幸さんが私の身体に覆い被さっていた。
そして幸さんの手が…ショーツ越しに私の大事なところを掴んでいた。
「嫌っ!!私、まだ…処女なのに…!!」
「え…っ!?う、嘘でしょ…?はぁ…。最近の男ども…目でも悪いのかよ!?こんな美少女に手を出さないなんて理由、無いだろ…普通!!夢美なんて、これくらいの歳には…男二人を渡り歩いてだぞ?」
処女という言葉に、幸さんは慌てて手を退けると、ヤレヤレといった表情で天井を見上げた。
それにしても、幸さんの指が結構エグくて危なかった…。
笠森くんに初めてを捧げたいと、小等部で保健の授業をした頃から想い続けているから。
はぁ…。
今日からもう、部員という名目では…笠森くんの側には居られないんだよな。
私の裸、写生させてあげるって約束してたのに。
他校の生徒が校舎内へ入ることについては、昼陽学園は凄く厳しい。
許されるのは、年に一度の学園祭の時だけだ。
その為、試合等で使用される体育館や運動場は、校舎がある場所から離れた場所に建てられている。
どうやって、大【好き】な笠森くんに逢いに行こうかな…。
インスカの友人登録しておくべきだったな…。
部員間の業務連絡の為と称して。
まさか、あんな形で私の学園生活が終わりを迎えるなんて、思ってもみなかったし…。
って…幸さんのさっきの言葉が引っかかった。
私のママ…確か、杉崎家の養女だったんだよね?
何故、男子二人の間を渡り歩いてたの?!
一人はパパとして、もう一人は…誰?!
「あの、幸さん…?今…襲われたこと、ママに言っても良いですか?どうします…?」
「ゆ、夢那ちゃんの言うこと聞くから…さ?夢美に言うのだけは、勘弁して下さい…。ごめんなさいっ!!本当に…この通り!!」
これは、やったと思った。
大家さんの弱みを握れたことはかなり大きい。
「なら…私が許すって言うまで、幸さんは言うことを聞き続けるって事で、宜しくお願いしますね。」
「はぁ…。あの頃の夢美と同じだと、見誤った私が悪いから…ね。言うこと聞くよ。」
はぁ…って言いたいのは私だよ。
笠森くんに…逢いたいな…。