006.君のことが【好き】みたいなので 〜夢薫〜
五月十二日、放課後────
「す…凄い破壊力だな…。昨日の昼と違って、何か…。その…。」
悠斗くんと出逢ってから、丸一日経った。
喜ばしい、一日目記念日だ。
今、ウチは…アニメ研究部の部室で、昨日の続きをしている。
自分のことを私って言うの、何か…夢那と同じみたいで嫌になった。
だから、ママが素に戻った時よく使う、”ウチ“って今日から言うようにしてみた。
「もし、悠斗くんが…良ければ、なんだけど…ね?うちに、スッキリさせる瞬間…だけでも見せて欲しい…な?なんて…。」
──ジジジジィィィィッ…
「こ、これで…良いか?ま…まぁ、こんだけじっくりと観察させてもらっといて…だしな。」
五分後───
間近で見てしまった…。
男子のそんな瞬間見るのは、生まれて初めての経験だった。
これは、もしもだけれど…うちと悠斗くんが、付き合うようになったとする。
恋人同士なので、二人の関係が進んでいけば、当たり前の光景になるかもしれない。
この日、ウチが見たことは、その時の予行練習だと思うことにした。
「ヤバっ!!そこっ!!伝ってるぞ!!」
「え…っ?」
色々ショッキングで、ウチは放心状態だった。
慌てた声の悠斗くんが、勢いよくティッシュを数枚手で引き出した。
伝ってきてるという状況を、イマイチ飲み込めずにいた。
でも、確かに…勢いよくウチの身体に放たれて、生温かい感触がお腹の辺りにあった。
もっと粘度が高いと思って、すっかり安心しきっていた。
まさか、それがお腹を伝っていって、ウチの大事なところへ入りかけていたなんて…。
「ぼ…僕っ…!!せ、責任取るんでっ!!安心してっ!!」
そう言いながら、悠斗くんは伝っていたものをティッシュで拭き取ってくれた。
って…あれ?!
これって、告白的な…感じ?
不本意過ぎて…なんか嫌だ。
まだ、悠斗くんは…うちのことなんて【好き】でもないはず。
責務を果たす的な感じだろう。
「大丈夫、大丈夫。一応、大事をとって使用人さんにお願いして、アフターピル貰うから。」
まぁ、入ってなかったと信じたい。
万一、出来てしまったら、その時考えればいい。
処女で受胎とか…聞こえは神秘的だ。
でも…なんか嫌だ。
どうせなら愛し合った末、授かりたい。
「あの…さ?もう…こういう事、一度やめにしないか?女性の身体を…ちゃんと写生できたのは、夢薫さんのお陰だよ。本当にありがとう。あと…さ?コスプレ、興味ないかな?」
まだ、うちらには少し早かったかもしれない。
と言うか…コスプレって、夢那の代わりが欲しいのかな?
全く、コスプレには興味ないけど、悠斗くんは興味はある。
だから、既にうちの答えは決まっている。
「うん…そう思ってたよ?でも、妹が言い出した事みたいだし、やり切らないとって思って。コスプレ…一度やってみたかったんだぁ!!」
こういう場合、悠斗くんを誘った夢那を悪者にして、あくまで被害者な姉を演じるに限る。
コスプレに興味のある素振りを見せておけば、今後も大手を振って、悠斗くんに逢いに来れる。
「まぁ…僕も、押し切っちゃって悪かったと思ってる。だから、夢薫さんは悪くないよ!!って…コスやってみたかったんだ?良いね良いね!!そうと決まれば、【ユメリルナ】のコスチューム、早速着てもらおっかな?」
この時のウチは、悠斗くんが重度の二次元オタクだとは知る由もなかった。
だから、悠斗くんの【好き】…いや“神推し”が、二次元の【ユメリルナ】ただ一人だってことも、知らなかった。
だけど、三次元女子の身体には、とても興味があって興奮する事は実証済みだった。
でも、恋愛対象の【好き】や“神推し”とは、全く別の感情だったことを、思い知らされることになる。
更に三十分後───
──カシャッ…!!カシャッ…!!
「ああ!!良いよ良いよ!!最高だよ【ユメリルナ】!!」
さっきからずっとだ…。
コスプレ衣装に着替えてから、悠斗くんはウチのことを【ユメリルナ】としか呼んでこない。
それに、もの凄く【好き】な相手を見る表情だ。
ウチの身体を写生してた時とでは、雲泥の差がある。
──カシャカシャカシャカシャッ…!!
「昨日は、【ユメリルナ】に逢えなかったからさ…?凄く、寂しかった…。」
何だろう…この感じ…。
何か…段々、心が辛くなってきた。
ウチの方を見てくれているのに、でも目に映るのはうちではないから…。
【ユメリルナ】という二次元のキャラクラー。
あくまでウチは、【ユメリルナ】の依代程度にしか、悠斗くんには見られてないんだろう。
よくこんな事、夢那は続けていられたよね?
常に呼ばれるのは自分の名前ではなく、別の女性の名前。
コスプレだから、ウチもその…【ユメリルナ】に成り切っちゃえば…心が辛くならないのかな?
だったら【ユメリルナ】の姿で、悠斗くんと接すれば相手にして貰えるかな?
となると、【ユメリルナ】のこと知らなくちゃ…話せないよね。
相手は、二次元オタクなんだから…。
──ピロンッ
「お、誰だろ…。あー、親父からだ…。あ、あの…夢薫さん?」
この部室に来てから数時間は経っている。
その間、一度も鳴らなかった悠斗くんのスマホが鳴った。
「急に…ウチの名前で呼んで、ど…どうしたの?」
数秒前まで【ユメリルナ】と連呼されてたのが嘘みたいだった。
でも、一つ言えるのは悠斗くんの表情は硬く、引き攣っている。
ニコニコと、愛しいものを見ているような、先程までの表情はどこかへ消えていた。
「あのさ…うちの親父が、夢薫さんのお父様に謝罪したいって…言ってて…さ?今から、ご自宅へ一緒にお伺いしたいんだけど…。」
「へ…?!悠斗くんのお父様が謝罪するって…何?」
ウチの実家へ出向いて謝罪って…何だろう?
「さっきの件さ…?一応、親父に伝えたんだ…。同級生を妊娠させちゃったかもしれないって…。」
「あー。別に…発覚してからでも良かったのに…。悠斗くん、責任取るって…言ってくれたし?伝ってても、入ってないかもしれないし?」
全く、二次元にしか興味がない故、世間知らずなのだろうか…。
あんなことしたと言えば、男性の方の親は慌てるに決まってる。
恐らく、ウチのパパのことだから、責任を取れとなるに決まってる。
それに子供は今、私一人だけだから尚更のこと。
騒ぎにしたくなかったのになぁ…。
でも、これで二人が婚約関係を結んだりすることになれば、願ったり叶ったりなのだけど。
何か、ウチの方に良い風が向いてきた感じがする。
更に五分後───
コスプレ衣装から制服に着替えたウチは、悠斗くんと昼陽学園の送迎車用駐車場へと向かった。
いつものように、うちの使用人の方が運転する送迎車が駐車場へ入ってくるのが見えた。
「あの、こっち…。」
悠斗くんに手招きされるまま、駐車場の隅にとまる黒塗りの高級外車の方へと歩いて行く。
近くで見れば見るほど、うちの送迎車よりも高級そうな重厚感のある車だった。
確かに…うちの昼陽学園に通う生徒は、大手企業や億万長者の御曹司や御令嬢も少なくない。
この感じからして、うちよりも格上なのかもしれない。
──ギィッ…
突然、黒塗りの重厚そうなドアが開いた。
「おおっ…?!よく似ている…。貴女が、夢美の娘さんなんですね…。この度は、うちの愚息が取り返しのつかないことを…。」
何故、ママの名前が一番に出てきたのだろう。
しかも、ウチを愛おしいものを見るような優しい表情で見ている。
「えっ…!?あ、はい…。初めまして、杉崎夢薫と申します。うちのママ…ご存知なのですか?」
──ゴツンッ…
急に悠斗くんの頭へと、ゲンコツが落ちた。
「私はこの愚息の父親、笠森悠司と申します。はい、夢美は…元々は私の恋人ですので、誰よりも詳しいつもりですが…。」
この後、ウチの知らない、パパと結婚前のママの知られざる過去が明らかになる。