004.二次元オタクな君と双子姉妹・後編〜夢那の場合〜
五月十日────
──カシャッ…!!カシャッ…!!
「良いね!!そのポーズ、最高だよ【ユメリルナ】!!」
“完闇堕ち”フォームの【ユメリルナ】のコスチュームを身につけた私は、笠森くんから『夢那さん』と呼ばれることは一切ない。
今、彼の目には【ユメリルナ】しか映って居ない。
彼にとって、あくまで私は【ユメリルナ】の依代なのだ。
──カシャカシャカシャカシャッ…!!
一心不乱に【ユメリルナ】の姿をカメラに収めているけれど、今日の笠森くんは凄く興奮しているようで、履いている制服の股の辺りが明らかに膨らんで見えた。
仮にも、私は美少女アニメオタクなので、それが何なのかは分かっている。
でもそれが、【ユメリルナ】の”完闇堕ち“フォームに興奮しているのか、私のコスプレ姿に興奮しているのか、果たしてどちらなのだろうか。
ふと、そんなこと考えてしまった私は、良いことを思いついた。
「あの…ね?笠森くん?ちょっと話しかけて…良いかな?」
──スゥゥゥゥッ…ハァァァァッ…
そんな私の言葉を聞くと、笠森くんはゆっくりと深呼吸をすると頷いた。
「ああ、夢那さん。どうした?」
「あ、明日なんだけど…さ。笠森くん、私の裸…写生してくれないかなぁ…?そこのお兄さん、おまけで見放題、触り放題もつけちゃうよ!!なんてね…あはは…。」
耳まで顔を真っ赤にしながらも、勢いのまま私は冗談ぽく言い切った。
すると、ゴクリと生唾を飲み込む音が、確かに笠森くんの方から聞こえた気がした。
「あ、あのさ…?み、見放題ってさ…大事なところも、見て構わないって事…だよな?」
「…うんっ!!モザイクとか黒塗りされた情報だけだと、女性の作品描くとき…さ?実際に細部まで見たことないと、完璧なものって描けない…よね?間違ったイマジナリーな知識で、作品描いてもね?」
実は、笠森くんは液晶ペンタブレットを使い、デジタル作画して、イラスト投稿サイトへ投稿している絵師の卵だった。
【ユメリルナ】が題材の二次創作が多めだが、最近ではオリジナルも描き始めていたところだった。
「ほ、本当に…良いのか!?知ってるかもだが…僕、童貞だから…さ?あ、あれだ…夢那さん写生してて、ムスコが暴発しないっていう約束は出来ん…。そんなんでも…良いのか?」
「そうなんだぁ?!笠森くん…イケメンだし、卒業してると思ってたよぉ…。意外っ!!でも…安心して?私も、処女だから!!だから…ね?笠森くんのこと、襲うことないと思うから…。暴発しそうになる前に…スッキリさせよっか?その時は私見ないようにするし…ね?だから、私の裸…写生して下さい。」
うん、本当は…知ってたよ。
君が童貞だってこと。
私が処女を貫いてるの、君のせいだよ?
本当は…ね?私だって、夢薫ちゃん程じゃないけどね…?それなりに、男子にモテてるんだから!!
【ユメリルナ】ばっかり見てると…君。
私、誰かに初めて捧げちゃうかも…。
だから、君の反射的な素直な反応、間近で見たいんだ…。
君を試すような真似して本当にゴメンね?
「そこまで夢那さんが言うなら…仕方がないな!!夢那さんから誘われて、僕が空気読めない訳ないだろ?じゃあ、明日は宜しく頼むな?」
君は優しいね。
私のわがまま聞いてくれて、本当にありがとう…。
夕方頃───
──バンッ…
私と夢薫ちゃんが、使用人の方が運転する車から自宅のエントランスへと降り、ドアを閉めてもらった時だった。
──ギィィィィッ…
玄関が急に開くと、母親が大泣きしながら飛び出してきたのだ。
「早く、この敷地内から出ていけ!!夢美、お前はもう私の妻ではない!!」
突然のことに、私達姉妹は顔を見合わせた。
それにしても、父親の幸近がこんな剣幕で母親に対し、怒鳴り声をあげる姿は初めて見た。
「ねぇ…?一体、ママと何があったの?ねぇ…パパ?これ、何かの間違い…だよね?」
娘の私が何とか言えば、父親の気も変わるかもしれない。
そう思った私は、咄嗟に父親に対し声を掛けずには居られなかった。
「いいや?間違いではない。ああ…そうだった。丁度いいから言うぞ?今後、夢那の面倒は全部夢美がみることに決まった。だから、夢那も一緒にこの敷地から出ていくんだ。もう、昼陽学園にも、地元の公立中学にも転校する旨、連絡させてある。夢那?今日まで、杉崎家の次女としてご苦労だった。」
あまりのショックで私は言葉を失った。
父親へ言い返せる気力が何も湧かなかった。
「パパっ!!何、バカなこと言ってるのっ?!夢那がパパに何かしたって言うの!?それに、今朝だって…パパとママ、あんな仲良くしてたじゃない!!」
流石、夢薫ちゃんは私の双子のお姉ちゃん。
必死に、私を庇おうとしてくれていた。
「夢薫と夢那どっちを引き取るか、優先して選んで貰っただけだ。それで、夢美は夢那を引き取ると言った。だから、公平にそうしたまでさ。じゃあ、夢薫が夢那の代わりに行くでも良いがな?」
誰でも、窮地に追い込まれそうになれば、自分が可愛いに決まってる。
そんなの分かってた。
「ごめんね…夢那。守ってあげれなくて…。本当にごめんね…。」
だから、最後に私を見捨てた夢薫ちゃんのことは恨まないよ。
私の分までパパのもとで、何不自由なく幸せになって欲しい。
「ううん…。ありがとうね…?夢薫ちゃん…。」
私はママと二人…この後すぐに身体を売ってでも、お金を稼がなければ住む場所も、明日の朝ごはんでさえままならないから。
幸せな日々よさようなら…。
心残りはいっぱいある…。
笠森くんの私に対する気持ち、知れてない。
笠森くんにまだ【好き】って言えてない。
笠森くんに初めて捧げたかったな…。
お金の為…生きる為に、好きでもないおじさんに、初めて奪われちゃうかもしれない…。
嫌だよ…そんなの…私。
「そろそろ、ママと行こっか…。ね…?夢那。」
「うん…っ。」
三十分後───
着の身着のまま、追い出されてしまったママと私。
学校からの帰宅直後の出来事だった事もあり、昼陽学園の制服を着たままだった。
現役JCという謳い文句で、パパ活すれば良いのだろうか…。
それとも…。
そんな事を考えながら、ママに手を引かれ地元の住宅街をひたすら歩いてきた。
「もう少しだから…頑張ってね?」
ママもパパも、この街で生まれ育った。
二人の出会いは、小学生の頃。
児童養護施設で育ち、公立の小学校へ通い出したママは、親がいない事でいじめの対象になっていた。
そんなママを庇ってくれたのは、パパだったのだ。
それから間も無くして、杉崎家の養女としてママは迎えられ、二人が高校を卒業すると、パパはママをお嫁に迎えた。
ふと私は、そんな二人が離婚するなんて、あり得ないと思った。
でも、パパや夢薫ちゃん、使用人の方達ですら、家を出た母娘を追ってくる気配は全くない。
だから、もう…これは事実なんだと、受け止めるしかないようだ。
「ほらっ!!見えてきたよ!!おーい!!」
私たちの目線の先に、古びたアパートが少し遠くに見えてきた。
その前では、金髪の中性的な男性らしき人が大きくこちらへ手を振っていた。
「今日から、私達あそこにお世話になるからね?夢那、良いよね?」
「うん…。ママと一緒なら…何でもいい…。」
すると、ママの歩を進める速度が急に上がり、気付くとアパートのすぐそばまできていた。
「夢美ぃ!!久しぶりだねっ!!」
例の金髪の男性らしき人が近づいてきて、ママに声をかけてきた。
「幸ぃ!!元気してたぁ?うちら会うの何年振りだろうね?」
聞こえてきたのは、女性声優さんが若い男性役を演じている感じの声だった。
でも、見た目はそこそこ長身なイケメンだけど、金髪で長髪のかなり女好きそうな感じに見えた。
「キミが夢那ちゃんで間違いないよね?」
「はい…。杉崎夢那です…。」
「夢那?こう見えて幸、女性なの。ママの施設時代からの親友でね?でも、安心はしないでね?若くて可愛い女の子好きなのよ…ね?まだ、そうなんでしょ?」
明らかに、幸さんは私に向かってウインクしてきた。
ママの親友の女性だけど…男性同様に気が抜けないってことを意味していた。
その日のうちに、アパートへ入居させてもらった母娘の、長い一日が終わろうとしていた。