003.二次元オタクな君と双子姉妹・前編〜夢薫の場合〜
三年前、六月十日────
あの日の午後八時頃だっただろうか。
夕食を済ませた私は、すぐにお風呂も済ませて、金曜日が提出期限の進路希望のプリントを、父親の寝室へ出向いて直談判する筈だった。
しかし、父親の寝室には一ヶ月程前、突然離婚させられ追い出された母親がおり、以前と変わりなく父親と仲睦まじい姿を見せていた。
それはそうと、私の家の夕食は、午後七時を過ぎると始まる。
その時間に家の中に居た者から、使用人の方が調理した料理が提供されるのだ。
この日は、珍しく夕食に父親も同席していた。
ありがたい事に、普段の個々の食べる量に応じ、料理の量が調整されたものが出されるのだ。
本当に使用人の方の気配りには、頭が下がる。
明らかに料理の量が父親とは違う為、いつも私の方が早く夕食が済んでしまう。
あとは、私の家の決まりで、食事中は黙食と決まっている。
突然、母親と離婚して追い出した父親の事は、私は未だに許せずにいた。
なので、食後の家族での団欒をする事をせず、すぐ自分の部屋へと戻っていた。
だが、今日は先程の通りで、絶対に父親と話さなければいけなかった。
そんな時に、私は目を疑うような光景を、少しだけ開いていた父親の寝室のドアの隙間から、見てしまったのだ。
その際、両親がこんな事を言っていた。
──「夢那は、私の後継者となって貰わなければならない。それには世間の荒波を一度経験しなければダメなんだ。だから、夢美済まない…。引き続き協力をお願いするよ。」
──「あなた?その事は承知の上で、この件は引き受けておりますので。それにしても、転校はやり過ぎではなかったですか?」
夢那と言うのは、私の妹のこと。
それで、私と夢那は一卵性双生児で所謂、双子姉妹。
因みに、私の名前は杉崎夢薫。
地元のミッション系の昼陽学園に通う、中等部の三年生でスクールカーストは上位だ。
流行には誰よりも敏感で、意識高い系だと周囲から言われていて、異性については面喰いだ。
髪はセミロングヘアで、前髪はかきあげバング系にして夢那との違いを出している。
オタク系女子な上に、私の妹のはずなのにスクールカーストが下位の夢那との差別化を図れる所が、髪と衣類くらいしかないのは、本当に悔しい。
話を戻すと、夢美は私達の母親の名前だ。
それにしても、姉妹の姉の私ではなく、妹の方を後継者に考えていたなんて。
でも、良かった。
突然、父親と母親が離婚したのは、夢那に“獅子の子落とし”させる為の演技だったって、分かったから。
だけど、この情報を夢那に教えることはなかった。
だって…この時点で既に夢那は、私にとっての大きな障害でしかなかったから。
三年前、五月十日────
突然、父親と母親が離婚することになり、私は父親に引き取られることになった。
使用人さんが居る時点で、何となく察しがついているとは思うけど、実は…私の家は明治の頃から続く資産家の分家筋だ。
所謂、お金持ちってやつ。
夢那は母親に引き取られることになったので、経済的理由でその日のうちに、地元の公立中学へと転校することが決まった。
もう夕方過ぎだったから、双方の学校への連絡はついたけど、夢那はクラスメイトへの挨拶はできず仕舞いで、クラス内の同報メールのみが担任教師より配信されたようだ。
五月十一日────
次の日、学校へ行くと夢那のクラス前を通ると、凄く騒がしかった。
まぁ、夢那は美少女アニメ好きなオタク系女子だったけれど、結局は私の双子の妹だ。じゃない方でも男女問わず、密かにクラス内での人気が高かったようだ。
クラスの中へと足を踏み入れた時だった。
「えっ…?!夢那ちゃん!?みんな!!挨拶に来てくれたよ!!」
いやいや…。
髪型もメイクも違うし…。
「はぁ…。全く、よく見なさいよ…。私は夢薫よ…。」
「ひぃ…っ!!ゆ、夢薫さま…でしたか…。とんだご無礼を…申し訳ございませんっ!!」
夢那と勘違いした女子は、顔を真っ青にして床に額をつけながら土下座を始めた。
気にしていないが、私はスクールカーストの上位だから、本来であれば粗相をすると命取りなのだろう。
「良いから…。もう、良いから…!!ねぇ…?頭を上げてくれる?他がどうかは知らないけど…私、そんなことさせるつもり無いから。ただ、夢那の荷物置いたままでしょ?だから、姉として引き取ろうと思っただけ。」
「夢薫さまの寛大なご配慮…心より感謝いたします…。こちらで荷物をお纏めさせて頂きますで、お帰りの際お立ち寄り頂ければと存じます…。」
顔を上げた女子の表情は硬く青ざめたままで、身体は小刻みに震えながらも、頑張って応対してくれた。
別に、私は普段通りに喋っているだけなのだが。
そういえば、昼陽学園では血縁者は小等部から高等部までは、同じクラスになれない決まりがある。
それに、小等部一年への進級時にクラスが決まると、ずっとそのままで進級していくのだ。
教師がクラス替えの為に、変に頭を悩ますことが無いようにと言うことだ。
イジメ等のトラブルがあった際は、当事者達を離すために一部の人間は入れ替えが行われる。
入れ替え対象として打診されるのは、スクールカースト上位の生徒だ。
クラスが変わっても、スクールカースト上位という威光やプライドで対処しろという、理事の意向が汲まれている。
あと、クラス内で転校や退学になった場合は、空席となり転入希望者は優先してそのクラスへ編入させられる。
だから、クラスメイトは最長十二年間共にする事になる為、きょうだいのような感覚の存在となるのだ。
まぁ、学校のクラス分けのルールはそんな感じで、私は夢那のクラスをひとまず後にした。
あんなに愛されていたんだなと、つくづく思った。
私は、私のクラスはどうなんだろうな…。
──キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…
そんなこと思いながら授業を受けていたら、お昼休みの鐘の音が聞こえた。
朝の一件で時間が掛かってしまい、中等部三年の階のホールにある販売機で、飲み物を買いそびれたままだったことに気付いた。
──ガタッ…
「夢薫、急に立ち上がって…どうした?」
「ごめん、ジュース買ってくる。」
私と仲の良い女子達が、クラスの垣根を越えてやってきて、皆んなで昼食を囲むのが定番になっていた。
「先、始めてるからねー?」
「オッケー!!」
クラスを出て、自販機に向かって廊下を急いでいた時だった。
「おーい!!夢那さーん!!昨日から始まった春アニメ見たよなー??」
はぁ?
春アニメ…?
声からして、夢那の知り合いのオタク系男子だろうか?
しかもだ…杉崎さんとは呼ばずに、馴れ馴れしく下の名前で呼んできている。
この際、良い機会だから、人違いだとガツンと言ってやろうと、勢いよく声のした背後の方へと振り向いた。
「え…。あ…。」
いや…オタク系男子は大体察しがつくので、今まで眼中にもなかった。
だが、振り向いた目線の先には…誰がどう見ても醤油顔イケメンと答える長身男子しか居なかった。
初めは、私を揶揄うためのドッキリかと思った。
「早く、部室行こうぜ!!今日は…夢那さんの裸、写生させてくれるって、約束だっただろ?」
全く、私の知らぬところで、夢那はこんなイケメンと知り合ってたなんて…。
しかも、二人きりの部屋で男子に裸を写生させるなんて、夢那は何考えてるのか…。
それに、夢那が転校した情報、何で伝わってないんだろう?
写生のことより、その事が私の中で先行してしまった。
「えっと…。私は夢薫。夢那の双子の姉なんだけど…。君は…夢那の彼氏さん…とかかな?」
「ええええっ?!夢那さん、双子だったのか!?それと、僕…彼氏じゃない。僕はアニメ研究部の部長の笠森悠斗。夢那さんはその部員で、幼稚園の頃からの同担だ。」
裸見せるのに、彼氏じゃないんだ…。
どうしてだろうか、少しホッとした私がいる。
面喰いな私は、アニメは全く興味ないが、笠森くんに興味を持ってしまったのだ。
それに、本当なら今頃部室で…夢那は裸になり写生させている筈だったのだ。
あ…そうだ。
夢那は私の分身であり、私は夢那の分身である。
「そういえば…笠森くん?クラスの誰からも聞いてない?昨日付で、夢那が転校したって話。」
じゃない方の夢那であっても、スクールカースト上位の私の妹だ。
私の関連情報として、知っておく必要があるようで、二時間目の休み時間迄には、学園中に拡散されていた。
「夢那さんが…転校!?僕、聞いてない。多分、僕…学園内で夢那さんしか話し相手居なくてさ…。」
ふぅん…。
クラス内で隔絶されてる、ボッチ系か…。
でも、私には好都合だ。
「そうなんだ…。なら、夢那の双子の姉である私で良かったらなんだけど…ね?夢那の代わりに、笠森くんの話し相手なってあげる!!それに、今日…裸を写生するって…約束してたんでしょ?だから、姉として責任をとるから!!今から…私の裸、写生しよ?」
この時の私は、勢いで笠森くんと仲良くなることしか頭になかった。