016.初めて同士の二人はハジメテしたい・後編 〜夢薫〜
五月十四日、昼休み────
悠斗の許嫁になって一日以上経ったが、その話題は学園内には出てきていないようだった。
興味がないとは怖いもので、使用人の方から聞いた話だが、笠森家は杉崎家なんか目じゃない程、有名企業の創業一家で、現在も筆頭大株主らしいのだ。
所謂、悠斗は御曹司様なのだが、それを全く感じさせない一般人に溶け込んだ振る舞いには、驚かされる。
あと…そう言えば、悠斗は普段は徒歩で通学していると言っていたのには驚いた。
本来であれば、この学園のスクールカーストの頂点を狙える筈なのだが、何故か今までも…スクールカースト上位の間でも、悠斗の話題は一切上がってこなかった。
でも、もう…悠斗は今のままで良い。
一度身分が露呈してしまえば…変な虫達が、掌返しで悠斗に纏わり付いてくるだろうから。
「そう言えば、悠斗って…クラスの子らとは話さないの?」
「僕が【ユメリルナ】しか興味ないと思ってるからだろうな?」
「でも…悠斗の実家って…。」
「あー、マジかぁ…ダルっ。夢薫…それ、どこ情報?事と次第によっては、許嫁でも容赦しないぞ?」
不用意な一言だったようだ。
それまでニコニコしていた悠斗の表情は、一気に険しくなってしまった。
「う、うちのパパ情報だから…ねっ?」
使用人の方の情報だけど、きっと情報源はパパだと思った私は、咄嗟にパパ情報という言葉が出ていた。
「何だ、夢薫のお父様か…。命拾いしたな?そうじゃなきゃ…情報源諸共、遠くにいってもらわなきゃいけないところだったぞ?」
素直に私が言ってしまっていたら…と思うとゾッとした。
でも、何故急に物騒な事を、悠斗は言い始めたのだろう…。
「ゴメン…。これからは、気をつけるね?」
するとそれまで険しい表情だった悠斗の表情が急にほころんだ。
「ぶはっ!!なーんてなっ…?夢薫、怖がらせちゃったよな…?ほんとゴメン!!でも、実家のこと…バレたくないんだよ。だから、ダルいけど徒歩通学して、一般家庭の生徒と同じ物、使ってるんだからさ?」
吹き出し笑いをした後、ウチの方に向かって悠斗は深々と頭を下げて謝ってくれた。
きっと、クラス内で実家バレしたことで、取り巻く環境が変わったクラスメイトを、目の当たりにでもしたんだと思った。
「良かったぁ…。悠斗の実家、殺し屋でも雇っているのかと思ったぁ…。でも…悠斗なら、多分うちの学園のスクールカーストのジョック狙えるのに…。」
「夢薫は良いのか?僕が学園中の女狐共から、一日中纏わりつかれててもさ?」
自分で言っといてだけど、そんなこと考えたくもない。
「絶対嫌!!」
「だろ?僕は、幼馴染の子を蔑ろにするような、あんなヤツには絶対なりたくないんだ。」
やっぱり…。
今、幼馴染の子と言ったけど、スクールカースト上位にでも参入して、調子に乗って…その子のこと相手にしなくなったのだろう。
「ふぅーん。幼馴染の子を蔑ろに…ねぇ?」
わざとらしく言ったウチの言葉に、悠斗は自分で地雷を踏んだことに気付いたようだ。
「いやいやいやいや…。夢那さんのことは…蔑ろになんてしてないっ…筈だ…。」
「あの子…今、どこで…何してるんだろうね…?」
ここ数日、ウチの行動範囲外で、昼陽学園中等部の制服を着たウチの姿が目撃されている。
それも…悠斗にそっくりな賤宮中の制服を着た男子と歩く姿をだ。
だから…悠斗がウチの目を盗み、変装して夢那とお忍びデートでもしてるのでは?とも考えたが、帰宅後はインスカで、悠斗と絶えずチャットやビデオ通話している事もあり、まずあり得ない。
そうすると浮上するのは、夢那が転入先の賤宮中で、早くも彼氏を作ってデートしているという疑惑だ。
「ああああっ!!そ、そう言えば…【ユメリルナ】の“闇完堕ち”のコス!!夢那さんに貸したままだった…!!」
「そんなこと、ウチの居る前で今言う話?」
バカバカバカバカッ…!!
結局、夢那のこと思い出させてるじゃん…ウチ。
夕方───
放課後、アニメ研究部の部室で、悠斗と二人きりで[聖皇女アルリス]のアニメを数話鑑賞した後、送迎車用の駐車場へ行くと、うちの車へと悠斗と共に乗り込むと、悠斗の家へ向かった。
──キィ…
暫く走ると、大きな門が見えたのだが、その手前の道路の路肩へと、うちの車は停車した。
──バタンッ…ギッ…
──コンコンコン…
今日の運転手である、使用人の遠藤さんが車から降りた。
すると、ウチが座る左側の後部座席の窓を、軽くノックしてきた。
──ウイィィンッ…
後部座席左側のパワーウインドウが徐々に降りていく。
「夢薫お嬢様?ご指示通り、笠森家の入口手前へと到着いたしました。」
「遠藤さん、いつもありがとう。では、降りるわね。」
──ウイィィンッ…ガシッ…
──ギィッ…
パワーウインドウを上まで閉めると、左後部座席のドアを開いた。
「じゃあ…悠斗、行こ?」
「お、おうっ!!」
──バタンッ…ギッ…
二人が左側のドアから歩道へと降りると、遠藤さんがそのドアを閉めてくれた。
「では、夢薫お嬢様?くれぐれも、お気をつけて。」
夜───
あれからウチは悠斗の案内で門の中へと入った。
すると…うちの家とは比べものにならない程の広さの庭が、ウチの目の前に広がっていた。
その庭を抜け…悠斗の家の中へと通されたのだが、今日はあいにく悠斗のお父様は不在だった。
その為、夕食は客間で悠斗と一緒に取ることになり、丁度…食べ終わるところだった。
「ご馳走様でした…。」
「いや、済まなかったな…。折角、夢薫を家に招いたのに…親父急な用事で夕食、同席出来なくてさ?」
いや…お父様いる方が緊張するから。
それに今夜は、悠斗の部屋に泊まるんだし…。
今日は…ご不在で、本当に良かった。
「ううん…。逆に…ウチが居ることで、気を遣わせちゃったかなって…?」
「あ、そうだった…。か、確認だけどさ?今日…さ?僕達…え、エッチなこと…。す…するんだよ…な?!」
する気まんまんで…ウチはここに居る。
紀江さんに…みっちり学校に着くまで、教わってきた。
なので、ウチは…ビデオ通話の時から、同意してるから、安心して。
「朝、しようって…言ったよね…?ウチ。悠斗は、したくない…感じ?」
「いやいやいやいやっ…!!したいっ!!凄く…してみたいっ!!でも…ゴム持ってなくて…さ?こ、コンビニ買いに行きたいんだが…。」
ウチの中での…パッとしないイケメンな印象の悠斗が、この一言で…少し硬派な印象へと変わり始めていた。
因みにゴムについて…紀江さんからLサイズを一箱、相手が用意していない時用にと、朝の車内でそっと手渡されていた。
「じゃあ…ちょっと着替えて、コンビニ行こ?」
旦那様がくるかもしれないので、今日の夕食の時は正装で食べて下さいと、悠斗の家の使用人の方に言われていた為、部屋着に着替えられていなかった。
「お、おう。僕の部屋で…着替えようか。」
そう言われ、悠斗はウチを自分の部屋へと案内した。
二十分後───
「こ、これなら…バレないよな?」
「そんなこと…ここで言われても、もう…コンビニのそばまで来ちゃってるじゃん?」
部屋着に着替えたウチと悠斗は、歩いて十分程の場所にあるコンビニへと向かっていた。
着替えた時悠斗は、そんな弱気なこと言っていなかったのだが。
「そ、そうだよな…。ん…っ?なぁ…夢薫。あれ…って。」
「えっ?悠斗…どうしたの?ん…?暗いけど…向こうから歩いてきてるの…夢那、だよね…?」
コンビニよりも遥か先、電灯もない暗がりを…昼陽学園の制服がまず見えた。
目を凝らしてよく見ると、着衣が乱れ、靴も履いていない夢那が、泣き声をあげながら歩いてきていた。
「夢那っ!!」
そう声をあげて悠斗は、夢那の方へと駆け寄って行ってしまった。
この後、コンビニで悠斗とゴムを一緒に買うという一大イベントを成し遂げた上で、部屋でエッチなことをしようとしていた矢先の出来事だった。




