010.せっかく君の許嫁になれたのに 〜夢薫〜
五月十二日、夕方────
ここは昼陽学園にある送迎車用の駐車場。
悠斗くんに連れられて、ウチはやってきた。
駐車場を見渡すと、既に我が家の送迎車も駐車されていた。
しかし、悠斗くんは隅の方に駐車されていた、一台の黒塗りの高級外車の方へと向かっていく。
すると、車の後部座席から、悠斗くんの父親の笠森悠司さんが降りてきたのだった。
そして、親子のやり取りを数分見守った挙句、黒塗りの高級外車へ私は乗せられるところだった。
──バタンッ!!
後部座席へと左から、ウチ、悠斗くん、悠司さんの順に座っている。
「いやぁ…夢美になんと言ってお詫びすればいいのやら。本当に愚息が済まない事をした…。」
何故だろう…。
さっきからずっとだ。
うちのママの名前は出てきても、パパの名前は絶対に悠司さんの口から出てこない。
「あ、あの…。ママの事なんですが…言いにくいのですが…一昨日、パパと離婚しまして…。今から向かう家にはもう…ママは居なくて…ですね…。」
「えっ…?!て、いうことは…ゆ、夢那さんの転校って…!?」
意外にも、喰い付いたのは悠斗くんの方だった。
ママの元カレである悠司さんに至っては、既に事情を知っているかのような表情でいる。
「え…。あっ…うん。そうだよ?悠斗くんの想像通り。夢那はママと一緒に…。」
「はぁ…。本当に、アイツは何を考えているのやら…。一度、夢美を手放してしまえば…どれだけの野獣共が夢美に群がるか、分かってるはずだろうに…。一緒に娘さんも居るなら尚更のことだ。」
悠司さんが急に口を開いた。
話ぶりからするに、ママを狙う男性はまだまだ多いという事だろう。
夢那はウチよりもママに近い髪型なので、危ない目に遭うかもしれないという意味だろうか。
「お、親父!!ゆ、夢那さんだけでも、家で保護出来ないかな?」
どうしたのだろうか?
先程、夢那が家を出たという話をしてから、悠斗くんの様子がおかしい。
夢那に関して、悠斗くんが特別な感情を抱いているようには、学園内では見られなかった。
だって、ウチの身体を見て、反応していたくらいだったのに。
それにだ、2.5次元の【ユメリルナ】であれば、夢那に拘らなくても、ウチでもなれるのだ。
あり得ないとは思うけど、実は悠斗くんは夢那のことが本当は【好き】なのに、【ユメリルナ】を盾にして、気のないフリをしている…とか?
そうか…。
フリをしてるからこそ…ウチの身体を写生している時、夢那とダブってしまって、身体は正直だから反応したのか…。
「バカを言うな!!お前は今の自分の立場を弁えろ!!これから、何をしに行くんだったかをよく考えろ!!」
頭の中でウチが、悠斗くんについての考察をしていたときだった。
車内に怒声が響いたかと思ったら、怖い表情の悠司さんが、真ん中に座る悠斗くんの方を向いて睨みつけていた。
確かに、ウチの件で悠斗くんは非常にマズい状況なのだ。
そんな中で、夢那についての夢見事のような話を、悠長にしている場合ではない。
「あ…。そうだったよな…。夢薫さんの件で謝罪に向かってるんだったね…。」
「アイツのことだ、ハイそうですかとすんなり許してくれるとは到底思ってない。私の、一人息子のお前を…杉崎の家に捧げる覚悟で来ているからな!!覚悟しとけ?」
よくパパの性格のこと、悠司さんは理解していると思った。
きっと、ママを奪い合った恋敵同士なんだろうな。
「あ…あの!!悠司さんは…うちのパパとママとはどんな関係なんですか…?」
今後の、悠斗くんを巡る夢那とウチとの関係性も含めて、是非とも聞いておきたかった。
「おお…夢薫さん、鋭い質問だね。そりゃ…気になるよね?うーん、そうだね…。アイツと私は…幼馴染だった、って言えば良いかな?途中で、アイツの家に夢美が養子に入ってね?その話は聞いているかい?」
パパに幼馴染が居た?!
パパのする昔の話の中では、そんな話…聞いたことがなかった。
「はい。児童養護施設で育ったママは小学生の頃、いじめに遭って…それをパパが助けて、養女になったと聞いてます。」
「実は、アイツと私の二人で、いじめっ子達を全員懲らしめてね?夢美をいじめから解放したんだ。何か…アイツの美談になってるのが…腹が立つな…。まぁ、その日から…三人は友情を深めていった。成長すると、三人とも賎宮中に入ってね?私は、夢美と付き合い始めたんだ。」
パパがママを助けたわけじゃなかったんだ…。
それに、ママの初めての彼氏は…パパじゃなかったことも今知った。
「先程、車乗る前にも、ママが悠司さんの元彼女だったとお聞きしたんですが、あの…ママの初めてのお相手だったりするんですか?」
「うん、そうだよ?アイツからどう聞いてるか分からないけど、私が夢美の初めてを貰った彼氏なんだ。でも高校受験で、私と夢美は別々の高校に行くことになってね?アイツは夢美と同じ高校行くことになった。その先は、夢薫さんも知ってる話だと思うよ。」
ママの初めての相手も、パパじゃなかった。
きっと高校に入って、悠司さんとママは疎遠になって…別れたんだなって、話ぶりから理解した。
そうなると…悠司さんが成し得なかったことを、知らぬ間に…悠斗くんがママの娘である私達双子姉妹で、成し遂げようとしてるのかもしれない。
まぁ…それは、悠斗くんがウチ達の【好き】な気持ちに気付けたら…だが。
十分後───
「幸近…!!本当に申し訳ない…!!私の愚息が、御嬢さんに取り返しのつかない事を…。」
うちの家の応接間で、悠司さんと悠斗くんがパパとうちの座るソファの前で、大理石の床に頭をつけて土下座していた。
「もう…いいから!!頭を上げてくれ…!!悠司!!別に…良いよ?えっと、息子の名前は…悠斗くんだったよな…?私の娘の夢薫と、許婚して貰えればさ?」
あれ…?
許婚って…いいなづけとも言うし、ウチと悠斗くんの意思に関係なく、両家間で婚約を締結するって意味だよね?
あれれ…?
こんな呆気なくで…良いのかな?
もう悠斗くんは、ウチのものって意味なんだけど…。
「分かった。こちらに異論はないから、幸近の好きにしてくれ。」
「では、笠森家が杉崎家提示の条件を呑むということで、許婚は成立だ。はぁ…。結果的に言えば夢美を奪い取った形の私が、夢美を奪われた悠司の息子に、夢美の娘を奪われる日が来たんだな…。皮肉なもんだよな…?なぁ…悠司。私を笑えよ…。」
親同士で勝手に話がまとまってしまい、悠斗くんが歯を食いしばりながら、わなわなと身体を震わせている。
やっぱり、悠斗くんは夢那のことが気になってたんだと感じた。
でも、もう…ダメだ。
今から…悠斗くんは、ウチの許婚だ。
だから、せめて…悠斗くんの身体だけでも、ウチのものにしたい。
「ははははっ!!…これくらいでいいか?にしても…夢薫さん、夢美の若い頃にそっくりだな?で、今日は、夢美は居るのか?」
そんなにうち、ママに似ているかな…?
ウチが言うのもあれだけど、夢那の方がママに似ているように感じる。
それと…悠司さんの積年の怨みは結構根が深いようだ。
ママが居ないこと知っていて、わざとパパに聞くくらいだ。
「あ、あの…!!」
思い詰めた表情の悠斗くんは、何か言おうとパパに向かって声を掛けた。
「悠司、その件についてだが…奥の私の部屋で話そうか?ああ、悠斗くん!分かっている!!今日から夢薫のことは、好きにしてくれていいからな?では、頼んだよ?」
でもパパは、悠司さんとママの件で話をする事で頭が一杯の様子。
よりにもよって、二次元オタクには少々ハードルの高いことを言い残し、悠司さんと共に奥の部屋の方へと歩き出した。
「あ…。ぼ、僕は…ゆ…ゆ。」
その背中越しに向かって、悠斗くんは何か言いかけ、やめてしまった。
「じゃあ…早速、ウチの部屋で…しちゃおっか?」
「無理だよ!!無理無理!!」
「え…?【ユメリルナ】のコスプレ…するだけなんだけど?へぇ…無理なんだぁ?!」
分かってるよ?
君が夢那のことが気になってること。
でも、絶対…君のことウチへと振り向かせて見せるから!!
「そ、それなら…大歓迎だけど。」
この日から、両家の両親公認な許嫁という圧倒的大勝利なポジションに居ながらも、悠斗くんの気持ちがウチに向いてない残念な状況を打開すべく、孤独な戦いが始まった。




