6、それは光栄です
「教室に戻りましょう。学生の本分を忘れて遅刻しては元も子もありませんものね」
クロエがそう言うと、三人も頷いてそぞろに歩き出した。
「ああ、そうだ、レヴィンさん」
呼び止めると、眼鏡をかけたレヴィンがゆっくりと振り返った。
「なんですか?」
「もしよかったら、学園の案内をしてくださらないかしら。あなたは優しく穏やかで、後輩への指導も一番上手だと聞きまして」
驚いたように目を丸くしていたが、褒められて悪い気はしなかったようだ。
「それは光栄です、僕でよければぜひ。魔王令嬢さま」
照れたようにはにかんだレヴィンは、それでは昼休みに教室前に集合しよう、とクロエと約束を取り付けて教室へと戻っていった。
* * *
チャイムの音は聞こえていたが、オスカーは校舎裏を歩いていた。
金髪を風になびかせ、眉間に皺を寄せ、普段のクールな彼からは想像できない形相だ。
「くだらん、くだらん、くだらん……!」
急に現れた魔王の娘だという銀髪の少女の言葉に、胸元を掴みながら吐き捨てる。
そうして地面を強く蹴ると、ドラゴン族の彼はいとも簡単に高く遠い青空へと飛び立った。
* * *
クロエは教室の最前列に座り、一限の『魔法薬学』の授業を受けながら、頭の中では父親との会話を思い返していた。
『クロエ。クラス長の4人の中でも、特にこの2人には気をつけろ』
父、ヴィンスは気だるげに玉座に座りながら、人差し指を立てる。
『マテリアドラゴンの末裔、オスカーは強大な力を持っている。敵に回すとそなたでも危険だ』
誰よりも強い力を持っている父がそう言うのだから、きっと間違いない。
怒った彼と対峙した時の灼熱の温度と、焦げたドアノブの跡を思い出す。
オスカーが本気を出せば、この学園などすぐに燃え尽き、塵と化すのが想像できた。
『もう一人は誰ですの?』
クロエの問いに、ヴィンスは顔を少しだけ曇らせた。
『……レヴィンだ』
ヴィンスは黒髪で穏やかなエルフの名前を挙げたのだ。
『穏やかで理性的なエルフに見えるが、あの瞳の奥は底知れぬ。深入りするなよ』
クロエは、実際に会ってみて彼からは何も不穏なものを感じなかった。
しかし、父が言うのだから信じてみようと、監視のために彼に学園の案内を依頼したのであった。
* * *
窓側の一番後ろの席で、レヴィンは講義を受けていた。
ノートを開き、教師の言う薬学の基礎をノートにメモしながら、頭では違うことを考えている。
魔王の娘が自らこの学園に来るなんて、面白い。
飛んで火に入る夏の虫とはよく言ったものだ、と。
穏便で人畜無害な、人型のエルフ。そして優等生のクラス長の自分が、どんなことを考えているのか彼女は知っているのだろうか?
「……ふふ」
顔を上げ、黒板を見るそぶりをしながら、最前列に座る銀髪の少女の後ろ姿をそっと見つめる。
レヴィンのメガネの奥の瞳が、きらりと欲望に歪んでいた。