5、失礼致します
コンコン、と扉が叩かれるノックの音で、父親との対話を思い出していたクロエの意識は現実に引き戻された。
「失礼いたします」
礼儀正しく挨拶をし、扉を開けて入ってきたのは、眼鏡をかけたレヴィンだった。
朝礼で、委員長は早急に生徒指導室に来るようクロエに言われたため、四人で訪れたらしい。
愛想笑いを浮かべて様子を伺っているレヴィン、ワクワクして目を輝かせているローラン、呼び出されたことにイラついているギルバート、始終無表情なオスカー。
四者四様な青年四人が、椅子から立ち上がったクロエの前に等間隔で並ぶ。
「改めまして、初めまして。わたくしはクロエと申します。本日から、このヴィンスガーデンアカデミーで、生徒指導をさせていただきます」
クロエは両手の指先でスカートの裾を持ち、優雅に礼をする。
ローランとレヴィンは頭を下げたが、オスカーは少し目を細め、ギルバードは不機嫌そうに首を傾げただけだった。
「生徒指導ってなんだよ。今日から来たアンタが、あーしろこーしろ俺たちに指図するってのか?」
ギルバードの物怖じしない態度に、
「はい。わたくしの言葉は、ヴィンスお父様からの言葉だと思い、今後心してお聞きくださいませ」
と、クロエが凛と返事をする。
クロエの背後、生徒指導室の最奥の壁には、大きな肖像画がかけられている。
それは魔王かつ、この学園の創始者ヴィンスの姿だ。
魔界で一番有名な画家、骸骨人間に描かせたというそれは、魔王の神々しさや不気味さも忠実に描いている。
その肖像画に描かれた魔王の銀髪と、クロエの流れるような銀髪は、二人が親子だという血筋を感じ、一層クロエの発言に説得力を持たせていた。
「クラス長の4人には、この学園の秩序を守り、生徒たちの成長と強化を促す役割がございます。しかし、それがどうやら破綻しているご様子。人間たちを滅ぼすというこの学園の大義名分のため、わたくしの指導を受けていただきます」
クロエがそう言うと、クラス長の4人は言葉を失っていた。
凛とした少女の、不敵とも言える宣言と圧倒的なオーラに、反応できなかったのだ。
そこに一人、沈黙を破った者がいた。
「……貴様に、人間たちを滅ぼす気が本当にあるのか」
ぽつり、と言葉を放ったのは、オスカーだった。
寡黙な彼の低い声が、生徒指導室の部屋に響く。
クロエの言葉が気に食わなかったのか、彼は赤い瞳を見開いてクロエを睨みつけていた。
開いた唇の中に、凶暴な牙が見える。美しく整った顔立ちゆえに、より一層恐ろしい。
「もちろんですわ。そのために私が来ましたから」
クロエが真っ直ぐにオスカーの目を見ながら答えると、彼は一歩前へと足を踏み出した。
「私が何故クラス長としてそぐわないか、理由を教えてやろうか」
背の高いオスカーが、クロエを見下ろし、憎しみのこもった声で囁く。
「……秩序だの、ルールだの、ぬるいことを言って一向に人間を襲いに行かない奴らを束ねることに、心底うんざりしているからだ」
紅い目を見開き、凶暴な笑みを浮かべるオスカー。
彼のドラゴンとしての炎の能力ゆえか、怒りのせいか、室温が上がり彼の周りは蜃気楼でゆらめいていた。
背後に立っていた他のクラス長たちは、眉根を寄せたり俯いたりしながら、オスカーとクロエの対峙の行方を見守っていた。
「来たる時は迫っております。偉大なる闇の王、ヴィンスお父様も、それを察してわたくしをこの学園に送り込みましたのよ」
クロエは熱気を一番近くで浴びているというのに、汗ひとつかかず言い返す。
数秒間、二人は睨み合っていたが、オスカーは目を瞑ると踵を返した。
「どちらへ」
「くだらん。失礼する」
赤髪をなびかせ、靴音を響かせて生徒指導室の扉を開けて出て行ってしまった。
バタン、と乱暴にドアが閉まる音が響く。
焦げ臭い匂いが部屋に充満していると思ったら、今しがたオスカーが握ったドアノブが、彼の指の形に焦げて黒く燃えていた。
はぁぁぁ、とギルバートのため息が響く。
「オスカーの地雷踏んだな、魔王の娘さんよぉ」
気まずそうに髪の毛を掻いている。
「僕は可愛い子なら大歓迎だよ!」
ローランは少しでも場を盛り上げるためか、笑顔で言った。
その時、一限が始まるチャイムの音がした。