3、魔王様の娘?
週の初めの朝、学園では1週間の予定を全校生徒で確認する朝礼が行われる。
制服を着た悪魔たちが、広間に一堂に集まる図はなかなか圧巻である。
時間は朝とはいえ、悪魔たちの住む『闇の世界』は常に厚い雲に覆われており、人間たちの住む世界とは違い明るい陽の光は差し込まない。
薄暗い中、整列させられた生徒たちは各々私語をしている。
ピイィィィィ……!
耳をつんざく甲高い鳴き声が響き渡る。
最前列に並んでいたレヴィンは耳を塞ぎ、ギルバートは顔をしかめて舌打ちをする。
「何回聞いても慣れませんね……」
レヴィンが耳から指を離してため息をつく。
広場の一番前、壇上の上には、いつの間にか黒い影が立っている。
「静かになるノに、5分かカった。次からハもっと早く静まるよウに」
人間と同じほどの背丈で、真っ黒な羽根で全身覆われ、顔には大きなくちばしがついている。
「不気味な鴉」と呼ばれるそいつは、カタコトの言葉で生徒たちに注意した。
魔王の使い魔である彼は伝達役として、毎回朝礼の際に壇上に立つ。
うるさくて朝礼を始められない場合、超音波を発して強制的に黙らせるのである。
魔力を持たない人間などが不意打ちで喰らった場合、鼓膜が破け平衡感覚を失い倒れるほどの威力だ。
学園に通う悪魔たちからすれば、頭に響いてカンに触る音、ぐらいだが。
「全員、挨拶せヨ」
不気味な鴉が命じると、生徒たちは皆左手を右胸に当て、頭を下げる。
「偉大なる闇の魔王、ヴィンス様の名の下に」
数百人もの生徒が、尊敬と畏怖の念を込めて、学園の創設者である魔王ヴィンスに敬礼をするのだ。
高い声、低い声、大きい声、小さい声。
様々な声が混じり合い、薄闇の空に響き渡る。
悪魔は人間とは違い、体の右側に心臓を持つ。
その心臓を押さえ敬礼することで、強大なる魔力を持ち、長い歴史の中で初めて人間に勝利し、不可侵の古城を建てた、伝説の魔王に命を捧げることを示している。
委員長である四人も、壇上の近く、最前列で右胸に手を当て頭を下げた。
「頭を上ゲよ。今日ハ、新入生を紹介スる」
カタコトの声で、鋭利なくちばしを動かしながら不気味な鴉が語る。
ほら、先程の会話が間違っていなかっただろう、とローレンが周りに立つ他の三人に目配せをする。
「こちラへ」
壇上の不気味な鴉が、羽根を揺らしている。手招きをしているつもりなのだろう。
すると、音もなく長い髪の少女が幕間から壇上に現れる。
華奢な少女は、しゃんと背筋を伸ばし、凛とした瞳で壇上の中央へと立った。
濃紺のブレザーとスカートを着た姿は、人間で言う女子高生にしか見えないのだが。
「やっぱり、すごい可愛いじゃん!」
ローレンが頬を赤らめながら、壇上に立つ少女を見上げて手を叩く。
「銀髪……?」
ここまで終始無言だったオスカーが、黒い皮の手袋をつけた指で顎を撫でながら、訝しげに声を漏らした。
「本当だ。銀髪なんて珍しい。まるで……」
少女の圧倒的なオーラに、レヴィンが驚きながら眼鏡を押し上げ、言葉を濁した。
「まるで魔王様みたいじゃねぇか。まさか、血族でもないだろーに」
ギルバートが自身の茶色の髪を掻きながら、そんなまさかな、と呟く。
様々な髪の色を持って生まれる悪魔たちだが、銀髪は一番珍しい。
月の光を受け輝くその銀髪は、彼らが信仰する魔王の象徴でもあるからだ。
しかし、不気味な鴉は大勢の悪魔たちの前でその「まさか」を宣言した。
「この方は、我ラが魔王様の一人娘であラれる」
その言葉に生徒たちは皆驚愕し、静かだった広間は皆の話し声に包まれた。
静粛にセよ! と不気味な鴉が注意しても、その衝撃に悪魔たちの声は止まない。
魔王に子供がいたこと、そしてその娘は銀髪を持ち、この学園に新入生として入学すること。
全てがすぐには理解できず、皆驚き声を上げる。
そんな中、銀髪の少女は長い髪をなびかせ、一歩前へと進み出た。
その動作だけで、広間一帯は静寂に包まれる。
静まり返った壇上から、少女は自身の右胸に左手を添える。
「クロエと申します。以後、お見知り置きを」
後に『氷の魔女』と呼ばれるその少女は、薄桃色の唇をかすかに上げ、そっと微笑んだ。