17、後悔すんなよ
不敵なクロエからの宣戦布告に、ギルバートはっこめかみに青筋を浮かべ、牙で歯軋りをした。
「後悔すんなよ、お嬢様」
吐き捨てるように言い、教室の窓まで歩いて行く。
ギルバートは拳を振りかぶり窓ガラスを叩き割ると、そのままの勢いで窓の外へと飛び出した。
地面を蹴りものすごい跳躍力で、3階の高さから中庭の地面へと着地する。
まるで野生の狩りをする狼そのものの姿のようだった。
「早く降りてこいよ!」
中庭から腕を上げて煽ってくるギルバート。
窓を割らずに開ければいいのに、とまた物を壊した彼にため息をつきながら、
「はしたないので、わたくしは階段降りて行きます。しばしお待ちを」
とクロエは飄々と言い返す。
制服のスカートの中が見えてしまうじゃない、といった様子で、真っ直ぐに廊下へ出て階段を下り出した。
放課後、まだ学校に残っていた生徒たちは、急に始まった獣人族委員長と魔王令嬢の果たし合いに、興味津々になって窓から身を乗り出して見ていた。
中庭の中心で腕を組みイラついているギルバートの前に、銀髪を風になびかせたクロエが、悠然と歩いていく。
「ちょっとぉ、クロエちゃん大丈夫かなぁ!?」
毎日放課後になると魔力のおやつをもらえるローランが、掃除当番の彼女を外で待っていたが、急に始まった決闘を焦りながら教室の窓から見下ろした。
「レヴィン、なんで止めなかったの」
「止める暇がなかったんですよ」
ローランから咎められ、レヴィンは眼鏡を押し上げ言葉を濁す。
正義感の強いクロエの態度に、圧倒されてしまったのだ。
しかし四人の委員長の中でも、肉弾戦の強さのみに絞れば、ギルバートの右に出る者はいない。
クロエが彼に殴られ、オロボロになる姿など見たくはないとローランは心配している。
大勢の観客に見届けられながら、中庭にギルバートとクロエが向かい合って立っている。
「反則は何もなし。武器や魔力の使用も可。どっちかがギブアップするまで、でどうかしら」
クロエは長い銀髪をリボンで結び、動きやすいようにポニーテールにしながらルールを設定した。
「構わねぇぜ。気絶して喋れなくなっても、負けでいいか?」
ギルバートは手の指の骨を鳴らしながら、口角を上げている。
「参ったなんて悠長なことは言わせねぇ、すぐ決着をつけてやるよ」
釣り上がった茶色の目でクロエを睨みつけると、ギルバートは走り出した。
観客たちは、どんなに魔王の娘だろうとクロエには分が悪いと思っていた。
ギルバードは190cm近い高身長で、肩幅も広く足も長く、全身鍛えられたたくましい男だ。
160cm以上で女性にしては背が高いが、華奢なクロエとはそもそも体格差が違いすぎる。
一発でもギルバートの攻撃を受けたら、戦闘不能になるのは明らかだ。
ギルバートはフェンリルの脚力で、地面を蹴ると一瞬でクロエとの距離を詰めた。
(早いーーー!)
一瞬で目前まで跳んできたギルバートを見て、クロエは瞬時に魔力を溜める。
「おらァ!」
ギルバートが拳を振るうと、中庭の地面が激しい衝撃波でひび割れた。
体に食らったら、骨が折れ肉が裂け、血が飛び出してしまうこと間違いない一撃だったが、クロエは自分の足に魔力を溜め、一瞬で十数メートル飛び退いた溜め、無傷であった。
パラパラ、と粉塵が飛ぶ中、ギルバートは姿勢を直す。
「武器と魔力の使用可? どっちも必要ねぇよ。力だけで叩きのめすからな!」
フェンリルの悪魔、獣人族の委員長は高笑いをし、屈強な腕と磨かれた鉤爪をクロエに向けた。