第3章 13、お気に入りの男子いる?
強く気高くなりたかった。
母が望んだように。
厚い雲が覆い、黒い空から雨が降っていた。
冷たく重い水が、幼いクロエの髪と服を濡らす。
「お父様……わたくし、強くなれるかしら…」
父、ヴィンスに抱き抱えられながら、クロエは虚ろな瞳で空を見上げている。
決して陽が差すことのない、深く暗い魔界の空。
「必ずなれるさ」
ヴィンスは、冷たいクロエをしっかりと抱き留め、歩き続ける。
何千人もの人間の屍の山を掻き分け、血に染まる足跡を残しながら。
長い銀髪に鋭い角を持ち、紅い目をしたヴィンスだが、その時ばかりはクロエからは、悲しげな横顔に見えた。
「そう……強くなるわ……必ず……」
消えそうなほどの小さな声で、クロエは父に固く誓った。
10年ほど前の話。
魔王ヴィンスの誇り高い戦績が魔界中に轟き、幼い少女の心の中に青き炎が灯った日だった。
* * *
ヴィンスガーデン・アカデミーは、人型で知性のある悪魔たちが、より強く、より賢くなるために魔王ヴィンスが建てた学園だ。
午前9時から午後3時まで授業が行われ、放課後も各々が戦闘や魔法の訓練や交流をしている。
種族ごとかつ男女ごとの寮もあり、魔界の中の学園都市として成り立っている。
「クロエさん、先ほどの魔法詠唱の授業でのお姿、すごかったですわ」
6限の授業が終わり、女子寮に帰ろうと三人で連れ立って歩いている。
この前ローランを「指導」したおかげで妖精族から人望を得たため、友人が数名できたのだった。
最初の数日は魔王令嬢ということで浮いてしまい、一人きりで行動することも多かったが、女子の友人ができてクロエは嬉しかった。
コロポックルのアリスは、クロエの半分ほどの身長しかないが、背中まで伸びた長い髪を二本の三つ編みにしている。目がクリクリと大きく、チャーミングだ。
サキュバスのリリーは、金髪ロングのウェーブ髪で、グラマラスなスタアイルをしており、制服を改造し肩出しへそ出しのセクシーな格好をしている。
二人は、6限の詠唱の授業で酷く長い魔法詠唱を、噛むことなくスラスラと唱えることができたクロエを褒め称えていた。
「たまたま得意な魔法だっただけよ」
「そんな謙遜して、すごかったよ!」
「私にも教えて欲しいわね」
二人は感激したとクロエに話しかける。
「でも、レヴィンくんの詠唱もすごかったよね。知的でかっこいいし、憧れだなぁ」
コロポックルのアリスが、頬を赤らめながらレヴィンのことを褒めている。
クラス長かつ優等生の彼も、長い詠唱魔法を唱えていたのだ。
「美形に生まれることが運命付けられたエルフで、眼鏡付けてるなんてあざといイケメンよ」
サキュバスのリリーも、レヴィンのかっこよさには惚れ惚れしたようだ。
「でも私はオスカー様が素敵だと思ったわ。炎の高等魔法で火の渦にするなんて。
あの長いまつ毛と冷たい瞳に見つめられたらゾクゾクしちゃう」
リリーはクールな男が好きなのか、舌なめずりをしながらオスカーを思い出している。
「オスカー様にげてー」
と、淫魔のリリーの態度には慣れたものなのか、アリスが苦笑いしている。
「クロエちゃんはお気に入りの男子いる?」
アリスに聞かれ、クロエは眉間に皺を寄せて考える。
どの男子がタイプかと、女子会定番の話題ではあるが、同年代の女子の友人がいなかったクロエは、回答がすぐに思い浮かばず困っていた。
(ううん、どの男子も、指導対象としてしか見れないから、恋愛対象として意識したことはなかったわね……)
この学園に来た理由が理由のため、異性として意識したことがなかったのだ。
「少し、意識して男子と接してみるわ」
とクロエが真面目に答えると、
「きゃー!クロエちゃんにモーションかけられたら、男子みんな惚れちゃうじゃん!」
「でも、あの最高に強くてクールな魔王様を間近で見て育ったんだから、クロエちゃんが恋にお落ちるのはハードル高そうな気もするわね」
きゃっきゃと楽しそうに恋バナをするアリスとリリーに、クロエも年相応の少女らしい笑みを浮かべて相槌を打っていた。