10、聖なる抱擁
「ご覧ください。レヴィンさんの魔力は彼の周りに纏い、留まっているでしょう」
魔力可視化の魔法をかけたのだろう。
クロエが言うように、レヴィンの周りには彼の魔力である光り輝くオーラのものが見える。
しかしそれは、粘度があるように彼の周りにまとわりついている。
金色のスライムの中にレヴィンがすっぽり入っているような姿だ。
「しかし、ローランさん、あなたの魔力はどうでしょう。霞のように細やかで、すぐに霧散してしまいます」
クロエの指摘通り、ローランの周りには彼を包み込むような大きな魔力の光が見えるのだが、レヴィンのとは違い、薄い霧のようである。
そしてそれは、彼から離れていくにつれて、空気と同化して宙に消えていってしまう。
「あなたは、魔力は人によって味が違うとおっしゃいましたね。
それと同じで、魔力は見た目や姿も違うのです。あなたの魔力は霧のように、自分自身のそばに留めておくことができない。すぐに消えてしまうから、魔力を食べても食べてもお腹が減るのですわ」
ローランはあんぐりと口を開け、寝耳に水だと言わんばかりに呆然としていた。
自分の手を見下ろしてみれば、魔力の光が包んではいるが、すぐに霧となり消えていってしまう。
教室にいた他の悪魔たちが、ざわめく。
「ほんとだ……消えていっちゃう。どうすればいいの……?」
「ピクシーは他人の魔力を奪う魔物。戦う意味を与えるために、本能的に生まれながら霧状の魔力なのでしょうね」
悲しそうに、儚く空気となって溶けて消えていく魔力を目で追っているローランを、慰めるようにクロエは語る。
「私が、あなたを変えて差し上げますわ。魔力を貯蔵することができる、そんな体に」
するとクロエは、自身の細い両腕を大きく広げた。
そこには、まるで雷のようなバチバチと音を鳴らすまばゆい魔力が通っている。
ゆっくりとローランに近づいていく。
「な、なにするんだい! そんな電気みたいな魔法で、僕を痛めつけるの!?」
「いいえ、痛くはありません。力を抜いてください」
「う、嘘だ! に、逃げなきゃ……」
まるで電流のような魔力を腕に光らせているクロエの顔は、反射を受けて不気味に輝く。
身の危険を感じたローランは、すぐに逃げようとするが、クロエが革靴でトン、と床を踏み込み、彼のそばへと一瞬で距離を詰めた。
「!?」
あまりの速さに、教室中の全員が息を呑んだ。
一番近くで二人の会話の攻防を見ていたレヴィンは、
(早いーーー!)
と、自分がクロエの動きを目で追えなかったことに驚いた。
目の前に近づいてきた銀髪の美少女に、魔力で痛めつけられる、と思ったローランは観念して目を瞑った。
しかし、クロエは腕を広げ、そっとローランを抱きしめたのだった。
「え……?」
ローランの唇から、驚きの声が漏れる。
綺麗に解かれた銀髪が目の前で揺れ、クロエの甘い香りが届く。
華奢な少女に、優しく、しかし力強く抱きしめられたローランは、至近距離の彼女の顔を覗き込んだ。
「聖なる抱擁……これであなたの魔力は、あなたから離れません」
クロエはローランの翡翠色の髪を撫で、その背中を優しくさすった。
電流のようにバチバチと音を立てていた彼女の作った魔力の紐を、ローランの体に巻き付けるような仕草をし、背中側で緩く蝶々結びにする。
霧状に空中で消えていってしまい、無限に魔力を必要とする彼の特異体質を変えるため、魔力で作った紐を結いつけたのである。