古代魔法と長話。4
長老には妻がいた。
村で一番優しい人だったという。
美人というわけでもなく、裕福だというわけでもない。
だけれどその優しさは誰しもが持っている物じゃない。
彼女にしかない特別な優しさだった。
その優しさに惹かれた長老は村や親の反対を押し切り結婚した。
彼女はよくこう口にした。
「私は幸せ者。でも時々本当にあなたの横にいていいか不安になる」と。
優しさで溢れた彼女なりの不安だった。
でも長老は彼女に一度も好意を伝えられなかったという。
恥ずかしさが勝ってしまったのだ。
周りの反対もある中で結婚した彼女はずっと不安を抱えていたのを知っていたのに、一度も安心させてあげられなかった。
そんなある日、彼女は倒れた。
不治の病だという。
彼女はまだ二十八歳だった。
長老と連れ添った八年間。
彼女はその八年目で命を落とした。
その日以来、長老はずっと思っていることがある。
「ただ、ただ一言愛を伝えたかった。国の権力者であるわしの家に嫁ぎ、不安を抱えながらも八年間も寄り添ってくれたこと。あの時わしが一言でも伝えていたら、そう思ってしまうのじゃよ」
きっと人間の後悔はたくさんある。
喧嘩別れ、意思疎通のできないすれ違い。
そんな中で今生の別れを迎える人は必ずいる。
その人ともう一度話したくても、もう二度と叶わない。
それがどれだけ辛いことかは私にもわかる。
かつて親友アリーナに告げられなかった思いが私にもあるから。
「だから彼女が天国にいるのなら、同じものを眺めたい。同じものを眺めて同じ気持ちであることを祈りたい。彼女が幸せであることを祈りたい。わしがその天国に行くまでに一度この地で愛を伝えたいんじゃ」
涙腺に語りかけるような話は人間の弱さの話でもあった。
それと同時に人間らしい感情の話でもある。
感情が薄れた私にはよくわからない話かもしれない。
でもきっとヒスイはこう思っているだろう。
叶えてあげたい、と。
「ライラさん」
ヒスイの目がもう語っていた。
この魔法にどれだけの時間がかかるか、そして古代魔法を使う意味。
全て犠牲にしてでも叶えるべきものなのかはわからない。
ましてや商用目的などであったら罰当たりだ。
使うべきじゃないことはわかっている。
でも長老の話、そして何よりこの瞳は嘘じゃない。
「いいよ。一度くらい寄り道しようか」
ここの地では流石に人目もあって咲かすことはできない。
だから裏山の山頂でヒスイが魔法を使うことを許した。
古代魔法がヒスイの手で扱えるのかどうかは定かじゃない。
でも使う価値はあると思う。
何より私も見てみたかった。
アリーナがいる天国の花を。




