アルタの英雄。1
とうとう旅立ちの日を迎えた。
始まりの朝は心地のいい晴天で、澄み渡る空がどこまでも続いている。
気温も少し肌寒い程度で済んでいる。
肌を掠っていく風は新たな旅立ちにはうってつけの爽やかでどこか懐かしく感じる心の落ち着く風だった。
泊まっていた孤児院の部屋の窓を開けながら、外の空気を感じる。
ここは穏やかになった。
最初は灰の匂いや煙、焦げた木々や崩れた家屋で溢れていたというのに。
たった二週間。
その期間がこの町を変えた。
それも一人の人物の手によって。
「見てくださいライラさん! 孤児院の外に、人が集まってますよ」
ヒスイは同じ部屋で孤児院の外を見ていた。
私はエテールの方角を、ヒスイは町の方角を見ていたため見ている景色は異なる。
でも同じ空気を感じたのは間違い無いだろう。
平和の風が流れている。
私もヒスイのいる窓に近づくと、そこには町の人が集まっていた。
きっと私たちの旅立ちを見送るためだろう。
「すっかりヒスイはこの町の英雄になったね」
「そうですかね」
ヒスイは頭を少し掻きながら照れ笑いを見せた。
その笑顔はすっかり少年らしさを取り戻している。
今まで見せていた凛々しい、真剣な顔つきの面影はない。
「今日でここともお別れですね」
ヒスイは窓の外を少し遠い目で見た。
口調も優しさの中に寂しさが混じっている気がする。
「寂しいの?」
私の苦手な曖昧な表現は避けて、直球をヒスイに当てる。
でもヒスイは怯むことなく頷いた。
「はい。でも、次があります」
ヒスイはベッドに置いた鞄を背負って私の前に立つ。
その姿は少年というよりこれから旅立つにふさわしい堂々としたまさに英雄のような姿だった。
「ここで学んだことを活かして次に挑みます。僕たちの旅はまだ始まったばかりです。目標を果たすためにも僕は、笑ってここを去ります」
意外といえば意外だった。
ヒスイならば泣いて寂しがるだろうと、涙ぐんで後にするだろうと思っていた。
でも目の前の彼は笑っていた。
この町のように穏やかで、彼の魔法のように全てを包み込むような大らかさで、優しく笑う。
その笑顔がどこか懐かしく感じた。
「そう。それなら安心だね」
この旅に別れは付き物だ。
旅先で出会う人、旅先で現世を去る人。
いずれ起こるであろう別れに彼は耐えられるだろう。
そしていつか私との別れが来ても……
「じゃあ行こうか。みんなが待ってる」
それでも今は笑って、この旅を楽しもう。
目の前にあるのは取り戻した平和だ。
平和にはふさわしい笑顔がある。
その笑顔に包まれて新しい門出を迎える。
私は経験してこなかったけれど、ヒスイの最初の旅にはふさわしいのかもしれない。
これはヒスイ自身が取り戻したものなのだから。
「はい! 行きましょう」
そうして私たちは孤児院の外へと、新しい旅へと踏み出した。




