私を知る商人。4
「あともう少しで洞窟を抜ける。そうすればアルタの町だ」
「アルタって鉱石で有名でしたよね? そこならこの魔水晶も売れるのでは?」
ヒスイの言葉にギルは答えない。
ギルの様子を見て何も察しないほどヒスイも鈍感ではない。
ただひたすら黙って歩くギルの後ろを、追いかけるように歩いて行った。
「これは……」
「これが今のアルタだ」
ギルの言葉は深い絶望を表していた。
アルタの家並みは破壊され、人々も出歩いていない。
時々見える人たちは疲れ切った顔をして、私たちにも気づかないくらい目が澱んでいる。
鉱石で有名だった町の象徴とも言える市場は完全に失われていた。
「これは魔族の仕業だね。上級魔物の仕業だったら全て呑まれていただろう。知能を持ち合わせ、人々が苦しむ姿を見るのを楽しむのが魔族の習性。その習性がよく表れている」
「ああ、子供や女、深い傷を負った男だけを残してあとは全て破壊していった。魔族らしいやり方だ」
ギルの拳は震えていた。
遠くを見ながら、何か見てきたように。
「ここは俺の故郷だ。俺が帰ってきた一週間前にはこの有様だった。聞けば、守備をしていた男たちが近郊の国の護衛に出かけた直後だったらしい」
「なるほどね。魔族は負ける戦いはしない。狙い目だったということか」
「ああ」
一つ一つの言葉に重みを感じる。
ギルは世界を旅する商人だ。
故郷にいた時間は短いだろう。
でも返ってそれが罪悪感を募らせる。
だからギルは今、かなりの苛立ちを持ち、後悔してもしきれない。
唯一の帰るべき居場所がなくなったのだ。
無理もない。
「酷いです、こんな……」
ヒスイも初めて見た外の世界に衝撃を受けている様子だ。
エテールで育った坊ちゃんには辛い現実だ。
でもこれはほんの序章に過ぎない。
こんな町や村は無数にある。
そして国に兵が駆り出されたということは国にも何か被害が出ているということ。
町の破損状態からして二週間は経っていない。
つい最近のことというわけだ。
「これでは食糧探しどころではないね。さて、どうするか」
「この町、救えませんかね?」
ヒスイは自分の胸に手を当てながら呟いた。
旅をし始めた彼にはこの町が重傷で、救う対象としか見えない。
でも私はこういった村や町をたくさん見てきた。
「それは無理だね。魔族に攻撃された場所は復興に五年はかかる。それは人々が動けないからだ。恐怖や畏怖を覚え、次々に問題が発生する。いつしか人はここから離れて行ってしまう。復興できない町や村が多いのもその原因があるからだ」
私の言葉を聞いてもヒスイはじっと目の前に広がった町の惨状を見ている。
一番最初に訪れた場所が悪かった。
ギルも何かしたくても何もできないから私たちを止めたり、ついてきたりしたのだろう。
ギルのやっていることは人間らしい。
迷いの中生まれる行動だ。
でもこれは無理難題だ。
発展途上の町は標的にされやすい。
また同じ悲劇を繰り返す可能性だってある。
「ヒスイ、ここは……」
「ギル?」
私の言葉を遮るように背後から聞こえたのはか細い綺麗な女性の声だった。
そこに立っていたのは金髪のオレンジ色の瞳をした美女だった。
その瞳に映っているのはギルのみ。
そしてその瞳からこぼれたのは涙だった。




