さらば楽しい異世界ライフ
そらは訓練場から出て、その後何をしていたのかなどを事細かに喋った。
だが、大抵のクラスメイトが上の空で、医務室に運ばれた田中の方を時おりみては苦痛で顔を歪める。
身近なクラスメイトにもう会えないというのは案外あっけないもので、ついさっきまで何人かでバカしてたやつが静かに冷たくなってしまったなんて驚きだろう。
ショックで泣いている生徒もいる。
_私たちも迷宮で死んでしまうかもしれない_
そんなことを考えたのか、何人かの表情がとても青白いものとなっていた。
全員が彼の遺体を見たことだろう。吐き気を抑えられない者もたくさんいた。
だがこんなことで心が折れてはいけない。
魔物を殺し、時には人の姿をした邪神の手下や邪神の首を取らなければいけないからだ。
かくいうそらも胃液が逆流するような感覚を堪えつつ話した。手紙の事、ここまで何をしていたのか、犯人らしき人はどんな格好をしていたか。
そらは巫女かもしれない。と考えた。が、巫女のことは隠した。言ったところで不信感が募りつつある巫女でも信用されないだろうし、何よりパニックになってしまったらどうすることもできない。
一通り話し終えた頃には落ち着いたらしく若干青い顔をしているものはいたものの全員話を聞いてくれていた。
「っていうことは6:00〜6:10までの間、怪しい動きをしていた奴がいなかったか、というのを調べれば自ずと犯人がわかるってことか」
「でもよお、こいつ以外食堂から出ている奴なんていたか?」
「そうですよね、そらさん以外は誰も食堂から長時間出たりしていませんし、互いに視認しあっていました。」
祐希がそらの話を要約するが、浩太郎と花凪が否定する。
だがこれと言って打開策があるわけでもない。
殺人をしたのはクラスメイトなのか、それとも他人なのか。
(35人近くの人をしっかりと監視していたのかと言われるとノーだろう。つまり不可能ではない。し異世界には魔法が存在するためあれがデコイ…偽物だった可能性もなくはない。そんなことができる異世界魔法なら食堂にいるふりをしつつ田中を遠隔で殺し、おれがきたときに死体を出現させるということもできたりしてしまうのだろうか)
今の時点では犯人の候補が多すぎる。
誰がやったのかはっきりさせないと夜をゆっくり寝ることもできないし、万が一にもないと思うがクラスメイトの疑いを晴らすためにも犯人は特定したほうがいいだろう。そうそらは考え、自分の意見を言おうとしたその時__
「彩女様の蘇生術で田中様が目覚められました!」
侍女が息を乱しながら駆け込んできた。相当走ったと見える。
この一方によってクラスの雰囲気はガラッと変わった。
先程までの絶望とはうって変わって明らかに希望が灯り始める。それはそうだろう
「何!?」
「今すぐ行く!」
二つ返事で、クラスメイト全員が田中がいるという3階にある医務室に向かった。
その時、反対側から走ってきた女性とそらはぶつかった。侍女の服を着ている。
「あ、すいません」
「こ、こちらこそ! ボケーっとしてたのはこっちですし」
かなり急いでいるのか、軽く謝罪をするとすぐどこかへ消えていった。
この時、そらはなぜか嫌な予感が頭をよぎった。が、疲れだろうと結論付けて、意図的に排除して、急いで医務室に向かった。
それは、疲れなんかではなく、現実になるのだが__
♢♦♢♦♢♦♢♦
医務室はそらの予想に反してとてもきれいな内装をしていた。例の前の勇者達が医療の発展にも尽くしてくれていたのかと思うと本当に尊敬としか言いようがない。
と、余計な考えを頭をふり、払った後ベッドの方を見てみると田中が起き上がっているのが見えた。
「だながぁ゙ぁ゙!よがっだよぉ゙!」
田中の腰巾着仲間が泣きながら田中に抱きつく。
田中は戸惑いつつも抱き返す。
クラスの雰囲気はとても暖かいものとなり、医務室はしばし和やかな空気で満たされた
(面倒事に巻き込んでしまったから謝罪しなければな)
田中は部外者なのに何者かに殺されてしまった。
それは謝らなきゃなと思い、田中に近づき謝罪を口にしようとした、が_
田中はそらが近づくと
「く……くるなぁ!!化け物……っ!!」
一気に表情をこわばらせ、そらに拒否反応を見せた。
「田中、どうしたんだ……?」
祐希が田中に問う。
「……おれは、藤田に……藤田そらに……ナイフで殺されたんだ……!」
医務室を先ほどと真逆の冷たい、絶対零度のような空気が満ちた。
そらは何を言われているのか全く把握できなかった。
「は!?……おれは何もしてない!」
そらはとっさにそう言い返す。
が、刺されている本人がそう言っているのだから全員はそれを一番信じるだろう。
「そういえば、そら自分が説明したの、そらが全部当てはまるよな。あの時間食堂にいなくて誰にも視認されていない_そうだろう?」
「そ、そうだけど……だったら僕がこんな事言う必要ないだろ!」
「いや、言わざるを得なかったんじゃないのか? 疑われないがために」
祐希が俺をターゲットに口撃してくる。
(本当にやっていないのに……なぜそんなことを疑われているんだ……!?)
「じゃあ、そのバックのなか見せろよ、やましいもの、ないんだろ?」
「ああ、それは断言できるよ」
そらはじしんありげに頷く。
本当に人を殺していないのだから怪しいものなんて出るわけがないだろう。そう思っていたのだが、
「な、何だこれは!」
祐希が声を荒げる。
祐希が見せてきたものは__
血まみれのナイフだった。
「え!? な、何だよこれ……! 俺は本当にやってないんだ…! 信じてくれ!」
そらは一気に絶体絶命の状況に陥った。
(まじで人を殺してないのになんで…!? というかナイフとかまじで知らないんだが!)
そらは本当に人を殺していないのになぜか血まみれのナイフが出てきた。
これでもう確定のような雰囲気になり始める。
確実に自分ではないと自信を持って言えるそらだが、かといってこの状況をどうにかできる方法を持ち合わせているわけではない。
「な、どういうことだよ…」
「そら、お前だったんだな……まさかお前がそんなやつだったとは思わなかったよ。まえから人に対して冷たいと思ってたが…まさか殺人までするなんてな」
祐希がそう、落胆したような声音で言ってくる。
そう、祐希が言ってからはそらが何かをできるような雰囲気ではなかった。
拘束魔術で拘束され、あっという間に巫女に身柄を引き渡された。
♢♦♢♦♢♦♢♦
「では、そらさん。あなたを今からヴァジエニア迷宮に追放します。なにか言い残すことはありますか?」
巫女の声がりんと神の間に響く。
「……特にないです」
呆然としていて、上の空で、適当な返事をする。本当に何を言っているのかがそらにはわからない。だが田中が人を陥れようとしているようには見えなくて本当にそらを殺人鬼として恐怖しているようだった。
「では、荷物も全て渡したので、あなたを死の迷宮、ヴァジエニア迷宮に追放します。あなたがこの迷宮から生きて帰ってこれたのならば私達はあなたの自由を認めます。生きてこられたら……ですが」
巫女がそう、含みのある言い方をする。
周りを取り囲む魔法陣をどれだけ叩いてもクラスメイトたちには聞こえないらしい。素知らぬ顔で話している。きっと殺人犯が消えてよかったね等と言っているんだろう。
そらは絶望した。
まだここで殺されたほうがマシだった。自分よりもでかい魔物に食われたり追いかけられたりしなければならないなんて冗談でもきついのに現実となってしまっている。
そらは本当に今現在進行系で悪い悪夢でも見ているんじゃないかなどと思ったりしているが、どう考えても夢などではない。たなかの血のあの生々しくぬるいあの気味悪い感触は夢でこんなリアルに感じるわけがない。
「異世界からの来訪者として期待していたのですが、残念です」
巫女はそう表面上で残念にしているが、目の奥ではそう思っていないらしい。よく見てみるとそこには
侮蔑が浮かんでいた。それもそうだろう、そらがひとをころしたということになっているんだから。奴隷を見るような、その目はそらに深いダメージを与えた。
もうクラスメイトたちには届かない。いくら叫んでも。
「では、転移まで…5、4,」
くすくすとそらを見て笑っている。何がおかしいのか
「3__」
そらは思い至った。哀れんでいるんだろう、そらが愚かなことをしたと。何もしていないのに。
理不尽。そらはその一言が脳裏を支配していた。それ以外にそらの心情を表している言葉はない。冤罪で、馬鹿にされ、殺人犯に仕立てられ、恐ろしい場所に連れていかれる。そこで異形の化け物に襲われる……
世界は理不尽だ。そう痛感した。
「1_」
死へのカウントダウンが紡がれる。恐怖が沸き上がり、激しい吐き気がしてくる。涙がこらえきれず流れた。恐怖と、悔しさと、悲しさと、怒りがごちゃ混ぜになった黒い涙だった。
そして_視界が回転し、ぐちゃまぜになり_
そらは転移した。
紫色に淡く光る魔法陣の上で一言つぶやいた
「お疲れさまでしたー♪」
巫女は妖艶で、怪しげで、それでいて恐ろしい笑みを浮かべてそうつぶやいた
すこしスキップ気味にもどると、クラスメイト達を案内し始めた。