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後編

本日もこんばんは。

後編でございます。アイス片手にお読みください。


(注意)少々痛そうな描写があります。苦手な方はお気をつけくださいませ。

まーさんの目線の先を見るには振り返らなくてはいけません。うわぁ、こんなに嫌なことはありませんよ。背中にぶつかる冷たい呪いの気配。これ、ガチのマジなやつですね。

せっかく乾かしてもらった巫女服が冷や汗でまた濡れていきます。

 ええっと、武器になりそうな物、ありましたっけ。

視界に入るのは掃除用のほうき、手水舎、柄杓、まーさん、ひいちゃん。大和は……、まだ。できるだけ時間を稼いで――。

「ひゃあぁっ⁉」

 境内に強烈な魔が降り立った気配を感じて間抜けな悲鳴をあげてしまいました。鳥肌が止まらない。心臓が跳ね上がりました。

「いろはちゃん!」

 固まっていた体がまーさんの声で揺らぎました。一瞬ののちに振り返り、戦闘態勢なるものを取ります。私の目に飛び込んできたのは薄い靄をまとっていました。

「……鳥?」

 パタパタと羽を動かすそれは、趾を伸ばして何かの上に立っていました。四角い形のそれは箱のようで――。

「……っ!」

 脳裏に浮かんだ呪物の名。嫌すぎる。最悪です。よりにもよってあんなものが……。

「いろはちゃん、逃げて! あれはきみを狙ってるよ!」

「そのようですね! ええいこんちくしょー!」

「よくわからんが、いろはが危険なのか⁉ わ、我はどうすれば……」

「隠れていてください! あれは女性やこどもを呪い殺す呪物、コトリバコです!」

 厄介なものが来ましたね。コトリバコなんて初めて見ましたよ。できれば一度も見たくはありませんでしたがね!

 普通の人より知識はありますが、格別詳しいというわけではありません。それでもコトリバコの恐ろしさくらいはわかります。

人形であるひいちゃん、狛犬のまーさんには影響はないと思われますが、私は死にますね。

 ……まあでも、男性である弟の大和やお父さんが無事ならばいいかなぁとは思います。

狙いが跡継ぎの大和でなくてよかったです。それだけでちょっと気が楽になりました。

 さぁて、どうしますかね。

「うわぁ飛んで来たよ、いろはちゃん!」

「見りゃわかりますよ!」

 箱から飛び立った鳥は靄をまといながら境内をくるくると回ります。通った場所から真っ赤な羽根がはらはらと落ちてきました。

 直感でわかります。あれに触れたらアウトだと。

鳥本体、落ちる羽根。それだけでも面倒なのに、それ以上に問題なのが箱。

両のてのひらに乗るくらいの小さな箱ですが、抑えきれない呪いが滲み出ているのを感じます。その呪いが向いているのは明確に私。おかげで悪寒と恐怖と焦燥とあれやこれやそれやどれやが止まりません。

でもあれです。この震えは武者震いってやつです。はい、えぇ。

 落ちてくる羽根にお札を飛ばし、呪いを祓う。羽根程度ならば札でも効果があるようで、触れた瞬間に消えていきました。しかしながら数が多い。数枚の札は瞬く間になくなりました。

 うげぇ……、武器なさすぎません⁉ 死んじゃうんですけど!

「い、いろは、大丈夫か?」

 手水舎から不安そうな顔を覗かるひいちゃん。鳥は彼女のそばには飛んでいきません。やはりコトリバコは人形には反応しないようですね。

「よゆーの吉原智明です」

「誰じゃいな!」

「私の部屋にいる藁人形の名前ですよ」

「趣味悪いぞ、お前……」

「結構可愛い見た目しているんで――うっわぁやばいやばいやばいかも」

 無数の羽根が連なって私に向かってきます。咄嗟に掴んだほうきを振り回し、迫りくる羽根を叩き落としました。

 ぎ、ぎりっぎり!

「いろはちゃぁぁぁん~」

 羽根にもみくちゃにされるまーさん。大変そうですが、問題はなさそうです。

わぁぁぁぁん大和~~! まだですか~~!

「いろは、箱が……」

 唖然としたひいちゃんが指をさす先で、箱がじわりと動き出していました。

「ちょっと嘘ですよね……?」

 思わず引きつった笑みがこぼれました。ちょっとちょっとおいおいおいおい。

冗談は冗談だから許されるのですよ。目の前で起こっているのは冗談に思えません。

 勝手にからくりが動いていく。かちり、くるり、かたり、ことん。

……箱が開いていく。気味の悪い動きをした何かが伸びてくる。

それは異常に長い腕でした。真っ赤で、長くて、生気のない人間の腕。

ターゲットを求めて彷徨う呪いの手です。

「い、いろはっ!」

「どうしたんですか、ひいちゃん。いつも私を呪い殺すと豪語しているのに心配してくれるなんて優しいですね」

 軽口を叩かないと頭がおかしくなりそうな雰囲気が境内に充満しています。

気味が悪いなんて話ではありません。すぐそこまで死が近寄ってきている感覚。冷や汗が止まらない。

「べ、別に心配なんぞしておらんわ。お前が呪いで死ぬなら清々する。まあ、我が呪いで殺せないのは残念だがな」

「言ってくれるじゃないですか」

「いろはちゃん、警戒!」

 まーさんの鋭い声。呪いの手を凝視しながら安全地帯を判断して走ります。

めちゃくちゃに動き回る腕を避けるので精一杯です。ただの巫女をなめるなよ~?

「私の体育の成績、二ですからね! くそったれ!」

「今そんなこと言ってる場合ぃ⁉」

 とはいえ、ひいちゃんやまーさんを気にせずただ避け続けるだけなら案外いけますね。よし、このまま大和が来るまで持ちこたえたら勝ちです。男性に反応しないコトリバコの呪いを私に釘付け、大和が祓う。完璧ですね。

 私に襲い掛かる手は境内を壊し、じりじりと私の体力を削いでいきます。その時でした。

「姉さん!」

 大和の声がしました。正装に身をつつみ、きっと中にはお札を装備し、武器も持っているはず。彼自身の能力も高いので、これでももう大丈夫ですね。もう少しだけコトリバコの気を引いて――。

「……えっ?」

 どうして。なんで? コトリバコから出てきた呪いの手が大和の方に向かっている。

「大和っ!」

 咄嗟に走り出し、手を追いかけました。

油断した。私だけがターゲットだと信じきってしまっていた。謎も多い呪物の性格を少しの知識で判断してしまった。絶対に狙われないという確証なんてどこにもなかったじゃないですか!

「あっ……」

 迫りくる無数の手に一瞬足が止まった大和。

「だめぇぇぇ‼」

私は決死の思いで彼の元に飛び込み、目一杯突き飛ばしました。

目の前で転ぶ大和は土埃に目をつぶり、頭をぶんぶん振ってなんとか視界を戻そうとします。懸命に開いた目が捉えたもの、それは。

「姉さ……。姉さん!」

「だ、大丈夫ですか、大和……。ケガはありませんか?」

 ちょびっと声が掠れてしまいました。お恥ずかしい。でもまあ、大きな手のひらに体を掴まれて声が出しにくいものでして、許していただきたいのです。

気味の悪い手の中でたはは~と笑う私。呆然としていた大和の顔が怒りと絶望に染まっていくのと同時に、手はすうっと力を弱めて私を離しました。

「……いったたぁ~」

 立っていられなくてその場にへたり込んでしまいます。少しずつ、少しずつ、お腹が痛くなってきました。私の知っているコトリバコの呪いを思い出し、嫌だなぁとまた笑みがこぼれます。でもまあ、大和が無事ならいいのです。呪いの手も箱に戻り、あっさりと閉じてしまいました。やっぱり狙いは私だった。あとは、落ち着いてゆっくり祓うなり封じるなりをして終了ですね。

「いろはちゃん、無事なの⁉」

「いろは!」

 大和とともに戻ってきたこーさんも駆け寄ってきてくれました。

「まあまあですかねぇ、あはは。…………」

「姉さん……? どうしたの?」

 必死で繕った笑顔に不安そうな大和の顔が重なる気がしました。大丈夫ですよ、と言いたいのですが、私を侵す呪いがそれを許してくれないようです。

「――っつ‼」

 叫ぶことをぐっと堪え、悲鳴を出さなかった私の口からは大量の血が出てきました。

「姉さん⁉」

「いろはちゃん‼」

 自分でもびっくりです。こんなのドラマがゲームでしか見たことありません。人間の口からこんなに血って出るんですねぇ。

 咄嗟に口を抑えたのにぼたぼた落ちて止まりません。手のひらが笑っちゃうくらい真っ赤です。コトリバコの呪いの色にそっくりですね。……きっと、今までもこうして女性やこどもの血を吸ってきたのでしょう。あー、嫌だ嫌だ。これだから呪いは……。

「かはっ……」

 内臓がよじれているのでしょうか。バカみたいな痛みが腹部から全身に広がり、口から流れる血が止まりません。あ、これは死にますね。とても敵わない。あまりに強い呪いです。

やれやれ、人に感謝はされど恨まれる覚えはないのですが、知らないところで恨みを買ったのかもしれませんね。仕方ありません。跡継ぎの大和にすべて放り投げることになりますが、真面目で優しい子なので安心して逝けます。

 目が霞んで息もろくにできませんが、せめて大和に「グッドラック、弟よ!」とか言ってから死にたいですね。

だって、そうしないと、私を抱きしめて泣いているこの子に悲しいだけの思い出を残してしまうじゃないですか。

私なんか放っておいて、今のうちにコトリバコを対処しておいでと言いたいのですが、だめですね。もう声が出ません。

 死にかけの私にできること、残せることは……。

「…………」

 滲んだ視界の中。涙でいっぱいになった顔で私を見るお人形さん。

「……」

 最後に残った力で行ったのは微笑むことでした。心の底から出た安堵の笑みです。

ひいちゃん。大和を頼みますよ。大丈夫です。だってあなたは――。

「許さんぞっ‼」

 震えた声が境内に響き渡りました。

「お前はこの柊の呪いにかかってどうにかなれ! あんなへんてこな箱に殺されるな! 減らず口とやる気のなさはどうした! 死にそうになっている暇があったらいつもみたいにお札や水でさっさと祓ってしまえ!」

 まったくもう、簡単に言ってくれますね。

「大和! お前も泣いてないで祓え! 跡継ぎなんだろう!」

「……呪いの侵食が深すぎて、いま祓っても遅いんだよ。あれは触れたらアウトなんだ。……俺が、もっとはやく来ていれば……」

 私を抱きしめる大和の力が強まった気がしました。あらあら、いいのですよ、そんなこと。過ぎたことは仕方ないのです。お姉ちゃんのことは気にしないで。

 あぁ、本当に、大和にケガがなくてよかった。

「なに満足そうな顔してんだ、いろは!」

 え~、そう言われましても。しっかり満足でして。

「こんなところで死ぬなっ‼」

「柊……?」

 すでに目を閉じ、何も見えませんがわかります。ひいちゃんの小さな手が私に触れている。私の命を蝕む強い呪いが吸われていく。……ひいちゃんに。

「いろは、また一緒にここあ飲もう!」

 耐え難い苦痛が薄らいでいくのを感じながら、私は心の中で答えました。

――はい、もちろん。



 一週間後。

私は記憶に残る痛みを振り払うよう、目一杯伸びをしながらほうきを掃きます。

「ふわ~ぁ~むにゃ~」

 間抜けなあくびをしていると、隣で腕を組んだ大和がじとっと私を見つめました。

「まだ安静にしなきゃだめだろ」

「もう元気になりましたよ?」

「俺の服に血反吐撒き散らしたくせに?」

「うぎゃっ。い、痛いところを突きますねぇ」

 ほうきを盾に身を守ります。大和は事あるごとに正論攻撃をするので最初から勝ち目がないのです。耳が痛いですねぇ。

「……ほんとに無茶しないでよ」

 心配の色が濃い彼に、ひらひらと手を振って応えます。

「お姉ちゃんの生命力を舐めてもらっては困ります」

「寝不足は不健康」

「いやぁ、ゲームが止まらなくてですね」

 そう笑えば、彼は「なにがゲームだよ」とため息をはきました。

「でも、役に立ったでしょう?」

「……まあ」

 私の意識がなくなったあと、山から合流したお父さんに私を任せ、大和はひとりコトリバコの対処に向かったそうです。しばらく放っておいたコトリバコがやけに静かだったのには理由が二つあったらしく。

 一つ目は、コトリバコが呪い対象である私を呪い、役目を終えたから。

 二つ目は、駆け付けた大和が事前に放っていた物が効果を発揮していたから。

それは何か、ですか?

 私は軒先に連なる三つのお面を眺めました。

「絵面がやばいですね。あ、いい意味で」

「夜はまじで勘弁」

「確かに怖いですねぇ。おトイレついていってあげましょうか?」

「いつの時代の話してんだよ!」

「あの時の大和、可愛かったですねぇ。もちろん、今も可愛いですよ~」

「う、うるさいな……。男子高校生に可愛いとか言うなよ」

 そっぽを向いた大和。彼が『祓って燃やした』と言っていた三つのお面は、どうやら『封』の力があったようですね。いやぁ~、いいものを拾いました。いえーい。

「……知ってて拾ってるくせに」

「何か言いました?」

「別に。収集癖は構わないけど自分で管理してよね」

「もちろんです。お姉ちゃんを信じてください」

「じゃあ、お社の影から様子を窺っている自称呪いの人形の相手、よろしく」

「おや」

 大和の視線の先を見ると、綺麗な着物がちらりとはみ出ていました。

「ひいちゃん」

「…………」

 呼びかけに返事はないものの、見える着物の面積が増えました。

「私を助けてくれてありがとうございました」

「……我は呪いの人形だ。助けたのが我なものか」

「まだそんなこと言ってるんですか。うふふっ、ひいちゃんがそう言うなら構いませんけど」

「な、何を笑っている! 呪ってやろうか!」

「ねえ、ひいちゃん。お医者様から許可も出ましたし、一緒にココア飲みませんか?」

「……ここあ」

「はい」

 彼女はもごもごと口を動かし、やがて小さく微笑みました。

「……うむ。ここあ飲もう、いろは」

「大和が作ってくれるそうです」

「俺かよ。作るけど」

 呆れたように笑う大和。私たちを見てこちらに歩み寄ろうとしたひいちゃんは、

「ぴぎゃっ⁉」

 突然バランスを崩して前に飛び出してきました。

「いろはちゃん、やっほぉ~」

「世間話していないではやく溜まっていた巫女の仕事をやったらどうだ」

 ひいちゃんの背を押したまーさんとこーさん。

まーさんとはハイタッチしますが、こーさんは相変わらずですねぇ。

そう思った時、ただでさえ厳つい顔のこーさんがさらに厳しい顔をしてひいちゃんに向き直りました。なんでしょうか。戦ですか?

「いろはを助けてくれて感謝する」

「……な、なんだ急に」

「礼は言ったからな」

「あ、おいこら!」

 ひいちゃんの制止の声も聞かず、こーさんは境内の奥へと消えていきました。

「やれやれ、素直じゃないよねぇ。さて、ぼくからもお礼。いろはちゃんの呪いを祓ってくれてありがとね。おかげで我が家の可愛い巫女ちゃんが助かったよぉ」

 しっぽを振りながらこーさんの後を追うまーさん。ふと、振り返って「あ、そうそう」と言葉を続けます。

「我らの女神様も感謝してたよ~」

「はぁ……? 女神ってなんのことだ!」

「まったねぇ~」

「おいこら、お前もかー!」

 そそくさと消えていった狛犬たちにあーだこーだ言うひいちゃんの声を聞きながら、私は本殿がある方へと意識を向けました。

 ……感謝ですか。出てこなかったくせによく言いますよ。跡継ぎである大和に危害が及ばないことを知っていたからか、もしくは――。

「さ、さぁていろは。今日こそはお前を呪ってやるからな。覚悟はいいか!」

「柊さ、それいつまでやるんだよ。お前、呪うのがへたくそとかいうレベルじゃなくて、そもそも――」

「やかましいぞ、大和! 呪うったら呪うんだ! 黙って見とれい!」

「まじで姉さんが呪われるなら黙ってるわけにもいかないけど、柊は――」

「ええい! 今日はとっておきの呪いを用意してきたんだ! 我の頑張りを見んか!」

 駄々っ子のように手を振るひいちゃんに、大和は呆れたような、それでいて笑うように言いました。

「柊は呪いの人形じゃなくて浄化の人形だろ」

「……ぬぐぐっ!」

 そう、ひいちゃんは呪いの人形ではなく、私たちのような魔を浄化し、呪いを祓う力を持った呪物なのです。

 呪い。それはまじないとも言います。かつては同じものだったそうですが、いつしか意味が二つに分かれた。とっても簡単に言えば、悪い方がのろい。善い方がまじない。

私のような神に仕える者たちはまじないを使っているというわけです。そして、まじないの為に使う道具もまた、呪物と呼ばれるのです。ひいちゃんは呪物です。善い力を持った、とても強力なまじないの人形なのですよ。

誰がひいちゃんを作ったのかはわかりませんが、きっと、それはそれは強い神職の人なのでしょうね。

 だって、呪いを肩代わりし、自身の中で浄化してしまう人形なんて聞いたことがありません。あるとしても、もっと有名な神社に奉納されているでしょう。

 ここにあるには場違いすぎる呪物。けれど、ぴったりな気もしてしまうのです。

「…………」

 謎の言い訳をしゃべり続けるひいちゃんと若干面倒くさそうに聞く大和。二人を微笑ましく見守りながら、私たちが仕える神様を想います。

 ……ねえ、くーちゃん。浄化の女神様。同じく浄化の力を持つひいちゃんを感じ、自分の出る幕ではないとでも思ったのでしょうか。

「わ、我は呪いの人形だ! お札がぴりりっと来たのを忘れたか!」

「うちの札、山から下りてきた動物にも効くように軽く薬を塗ってあるんだよ。ちょっと痺れるやつ」

「て、手水舎の水はどうだ! めちゃくちゃしみたぞ! 我が呪いの人形だからだ!」

「ああ、あれはうちの土地から湧いてる温泉。あの刺激が血流促進や肩こり解消、疲労回復によく効くって人気なの知らなかった? 近くに源泉を提供した銭湯があるよ」

「ん、んなぁぁぁぁぁ⁉」

「私、ココアを飲んだら朝風呂に行ってこようかなぁ。ひいちゃんも一緒にどうですか?」

「人形ってお風呂入って大丈夫なのかよ」

「ちゃんと拭けばいいんじゃないですか?」

「そういう問題……?」

 くすくす笑いながらほうき片手にひいちゃんを見ます。

「行かないんですか~?」

「ちょっ、ちょっと待て! 今日の呪いを見てからにしろ!」

「あ、そうでしたね。さて、本日の呪いはなんですか?」

「ふふん。聞いて驚け見て驚け腰抜かせ! この紙に書いた文字が呪いだぞ」

 ほうほう、文字ですか。字には言霊が宿り、力が生まれます。いいところをついたんじゃないですか? あれ、でも……。

「ひいちゃん、あなた字は書けましたっけ? もしかして私が入院している間に練習したんですか?」

「そ、そんなことするか! 最初から達筆だぞ!」

「せがまれて教えたよ、俺」

「大和は黙ってろやぁ!」

 息を切らしながら叫ぶひいちゃん。ぜえはあ言いながら巻物らしき紙を取り出し、

「とくと見よ! そして我が力を思い知れ!」

 勢いよく広げました。そこに書かれていた字を見た私たちは――。

「…………ふふっ」私は笑みをこぼし、

「あっははっ!」大和は吹き出し、

「な、なんで笑うのだ⁉」ひいちゃんは不満の声をあげました。

「なにがおかしい! はっ、わかったぞ。あまりに強い呪いに笑うことしかできないんだろう。そうだろう!」

「はー……、笑った笑った。柊、やっぱりお前、呪いの人形には向いてないよ」

「はぁ⁉ なんでだー!」

 いつかの警戒は微塵もなくなった大和は目に涙をためて私を見ました。

「姉さんの命は柊からの祝福ってことだね」

「そうみたいですねぇ。ひいちゃん、ありがとうございます」

「なんだ突然……。お前を呪うと言っているのに感謝するとはどういうことだ」

「ひいちゃんがそう言ったじゃないですか。ほら、その紙」

「紙には呪いの言葉を書いたんだぞ!」

 少々不格好な字は彼女の頑張りを思わせました。それをまじまじと睨んで訝しげなひいちゃんに、私は書かれた字を読んであげることにしたのです。

「ひいちゃん」

「なんだ、いろは」

「それ、なんて書いたんですか?」

「そりゃあもちろん、『呪ってやる』だ。呪いの人形にぴったりだろう。ふんす」

「それなんですけどね、ひいちゃんが書いたのは『呪ってやる』ではありませんよ」

「なんだと⁉ じゃあこれは……」

 健気で頑張り屋さんな彼女の可愛らしさと、今日も呪えなかったひいちゃんと私のいつもの日々に微笑んで言いました。

「『祝ってやる』ですよ」

後編をお読みいただきありがとうございました。

『呪って祓って祝われて』はひとまずここで完結です。最後までお付き合いいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


まだまだ暑い日が続きますので、体調に気をつけてお過ごしくださいませ。

それでは、またご縁がありましたらお会いしましょう。

天目兎々でした。

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