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前編

こんばんは、天目兎々と申します。

初めましての方は初めまして。いつも読んでくださっている方はありがとうございます。


暑い夏にぴったりな巫女と呪いの人形と呪物のお話です。

冷房をがんがんにつけてごゆっくりどうぞ。

 ほうきを持ちながら境内を散歩していると、気持ちの良い風が巫女装束を揺らしていきます。木々の隙間から差し込む日差しは温かく、春の到来を思わせました。

 朝五時。うん、いい朝です。

こんな日は山のてっぺんで優雅なティータイムでもしたいところですが、あいにく休日でも家の手伝いがありまして。

まだ重いまぶたがゆっくりと閉じそうになる。お布団に入ったのが三時過だったのでさすがに眠いですねぇ。あとでお昼寝するとしましょう。そんなことを思っていると、とろりとした微睡みが近寄ってくる気配がしました。おっと、いけないいけない。お役目を果たさなくては。

 バックレて家出するのもいいですが、お天道様が私を見ている気がしたのでやめました。まあ、我が家でお祀りしているのは太陽神ではありませんけれど。

「八百万の国なので祀ってるようなものですよね。お祀りお祀り~っと」

 石畳の道をほうきでさっささっさ。日課です。

 言っておきますが、決してふざけているわけではありません。掃除が面倒なのと、朝食がまだでお腹が空いたのと、もうひとつ。

「今日こそお前を呪ってやる! くらえ、呪いの力!」

「また来た。毎日毎日飽きませんねぇ」

「余裕の態度もそこまでだ。今日こそは!」

「朝から元気ですね」

 勢い凄まじく私のところに走って来るのは美しい着物を身にまとった少女。目を見張るような黒髪を揺らしながら恐ろしい形相で向かってきます。

 でも、怖くはありません。なぜならば。

「ひょいっとな」

「いたぁ⁉ お、おのれお前……。なかなかやるではないか……」

「真っ直ぐ走ってくるものですから」

 彼女の『小さな体』は石畳にうつ伏せになり、額を押さえて恨めしそうにこちらを見上げてきます。

「人形にも痛覚があるんですね」

「ゆえに絶対燃やされたくない!」

「私に言われても」

 袖を濡らすフリをする彼女に手を差し出します。

「さて、朝ごはんにしましょう」

「ぐぬぅ……。呪いの人形の執念は凄まじいのだ。我は諦めんからな!」

「はいはい。今日も一日よろしくどうぞ、ひいちゃん」

「ぜぇーーったい呪ってやるから覚悟しろ、いろは!」

「曲がりなりにも神様に仕えているので応援はいたしかねます」

「ひとりで頑張るからいいもんねーだ!」

 べっと舌を出しながらも私の手を取るお人形さん。その手は小さく、ヒトのそれとは異なるものです。けれど、しかと私の手と重なって握りしめるのでした。

「呪われてぴーぴー泣いたって知らないんだからな」

「事あるごとに私にあしらわれてぴーぴー泣いているのは、どこの誰でしたっけ」

「う、うるさーーいっ! もう怒った! 呪う! 呪ってやるー!」

「未だに一度も呪えたことがないくせによく言います」

「こっちにもプライドってもんがあるんだよこのやろー!」

「神様のお膝元で言うことではありませんよ」

「あー言えばこー言うな、お前は!」

「お互い様です」

 朝からやかましいと思うでしょう。私もです。でも、これが私の、いえ、私たちの日常です。

巫女と自称呪いの人形。おかしな関係のおかしな日々のお話、その一幕。



 私の家は神社です。その家に生まれた娘は巫女としてお手伝いをするのですが、まあ、いわゆる家事のひとつみたいなものです。たぶん。

神社の敷地内に山を持ち、当主や跡継ぎが修行の場として使っています。居住区域のある境内には社殿や鳥居、手水舎、参道、社務所、廻廊など挙げたらキリがありません。そこそこ広いのだと思います。おかげで掃除するだけでも一苦労なわけで。はあ、広けりゃいいってもんじゃありませんね。山にいると連絡を取るのも大変ですし、緊急の時でもしばらく時間がかかります。以前、お父さんに直通エスカレーターの要望を出しましたが普通に却下されました。残念。

地域に寄り添い、長く続いてきたおかげで人々からは愛されていると思います。頼り、頼られ、助け合う。そうして繋がってきた絆というものは素晴らしいですが、舞い込んでくる厄介ごとは素晴らしくありません。

 例えば、心霊写真。よくできた偽物も多いですが、中にはしっかり本物があります。見るだけで悪影響を及ぶすこともあるので、早々にお祓いをして燃やします。

他に、人を呪う物。一般的に呪物と呼ばれるものです。家具らやおもちゃやら書物やらなんやら。特に多いのが人形です。

 まったく、日本人形なんてよく作りますよね。大祓で人形(ひとがた)を使うのを知っているのでしょうか。あちらは災いを祓う方ですが、ヒトガタというのは良くも悪くも力がこもるのです。

呪いに対抗する力を持つ道具もあります。私たちのような神職が使うものですね。それらは破魔の役割を持ちますが、何も知らない人からみれば呪物みたいなものです。ゆえに、玉石混交、実に様々なものが存在するのです。

 とまあ、そんな愚痴はどうでもよくて。我が家には古今東西多種多様な物々が運び込まれ、「お願いしますありがとうございますそれではさいなら!」と置いていかれるのでして。

ひいちゃんこと自称呪いの人形もそのひとつ。どうぞよろしく、と手渡してくれる人はいいのですが、実際は無言置き去りが多いのです。普通に不法投棄なので、一度キレておまわりさんを呼ぼうと思ったことがありました。ガチの呪物だったのでやめましたが。

 ひいちゃんが棄てられていたのはある晴れた日の朝でした。

鳥居の外側に寄りかかっていた人形に気づき、ルーティンの掃除をしていた私は、

「ねむーい……」

 スルーしました。ゾンビを滅しまくるゲームで夜更かしをしていたのです。構ってあげられる優しさは荒廃した世界に置いてきました。

明らかに雰囲気が一般的な人形と違いましたが、我が家ではよくあることです。ほっといても死にはしません。それなのに。

「お前! 無視するとは何事だ!」

「いつかロケランぶっ放してみたいですね」

「我が呪いの威力に気づかんか!」

「手榴弾でお手玉してみたいです」

「許さんぞ! 呪ってやる! 呪ってやるー!」

「近接攻撃の感覚が忘れられません……。巫女の武器もナイフにするようお父さんに提言してみましょうか」

「聞こえてるか⁉ おーい! あと物騒だなお前!」

 朝から元気なお人形さんです。寝不足な私はあくびをしながら鳥居の外を指さしました。

「お帰りはあちらですよ。ふわぁ~あ」

「巫女ともあろうやつが呪いの人形をほっぽっていいのか……?」

 呆れた様子の彼女はわざとらしく咳ばらいをすると、

「気を取り直して、いざ呪ってやるー!」

「とりゃ」

 袖に入れてあったお札をお人形の額にぺたり。

「ぎゃああああーー! な、なにするんだお前ぇ!」

「呪うというので巫女らしいことをしたまでです」

「おでこピリピリするぅ……。うえぇぇぇぇん!」

「血流を良くする電気効果がありますよ」

「人形に血も涙もあるかー!」

「今しがた泣いていたのは誰ですか」

「うるさーーい! 今からお前を泣かせてやるから覚悟しろ!」

「しくしく」

「おまっ……、めんどくさそうにオノマトペを言うなー!」

「ほんとに元気な子ですねぇ」

「ペースを崩されたが、ここからが本番だ。いいか、よぉく聞け。我が呪いは――」

「あ、そろそろ朝ごはんの時間です」

「聞けやー!」

「よければご一緒にどうですか?」

「敵である巫女とご飯を食べるわけ――」

「今日はふわふわのフレンチトーストとベーコンエッグ、コンソメスープとココアです」

「ふれんちとーすととはなんだ? ここあ?」

「甘くて美味しいですよ」

「あ、甘いのか?」

「えぇ。さて、どうしますか? 私を呪ったらココアはなしです」

「……い、今だけは見逃してやろう。命拾いしたな、お前」

「いろはと申します。こちらへどうぞ」

 我が家の方へ手招きします。

「……ひ、柊だ」

 目線を右へ左へ動かしながら遠慮がちに名乗ってくれました。

「柊……。では、ひいちゃんですね。可愛い名前です」

「呪ってやろうか!」

「えぇ……、情緒どうしたんですか」

 鳥居の内側にとことこ入ってきたひいちゃん。下駄の音がカランコロンと可愛らしいです。

私の隣まで来ると、黒曜石のごとく深い色の瞳がこちらを見上げます。

「ここあを所望する、いろは」

「いいでしょう」

 ふと、思い出したことがありました。

「そういえば」

「なんだ?」

「一度結界内に入ったら呪物は出られませんので」

「先に言えーー! お前、嵌めたな⁉」

「ココアに釣られたのはひいちゃんです」

「釣ったのはお前だ!」

 外へ走り出したひいちゃんは、見えない壁に額を強打してひっくり返りました。

「おでこがぁぁ!」

「大丈夫ですか? ほら、痛いの痛いのとんでいけー」

「……巫女のくせに変なやつ」

「呪いの人形ならこの隙に呪えばいいのです」

「ハッ! い、いざ呪――」

「はい、ご飯ご飯。フレンチトースト楽しみですねぇ」

 ひいちゃんを抱き上げて家へと帰る私。「離せ! 下ろせ! うにゃー!」とやかましい彼女ですが、格好のチャンスである今は呪おうとしませんでした。

 どうやら、呪いの人形に向いていないようですね。やれやれ、変な子を拾ってしまいました。

 とまあ、これが私たちの出会いです。ちなみに、ひいちゃんは目を輝かせて朝食を一通り平らげました。人形のどこに食べ物が入っているのか気になりましたが、呪物は常識の外側の力を持っているので考えるのをやめました。

「ここあ好き!」

 よほどお気に召したのか、三杯も飲んでいました。人形のどこに以下略。

さらにさらにちなみに、呪物と一緒に朝ごはんを食べる私を見たお父さんは、

「人形って食事するんだな」

 と、関心した様子で新聞を広げていました。

拾ってきた私が言うのもアレですが、気にするところ、そこでいいのでしょうか。

現当主であるお父さんに若干の不安を抱きつつ、私は大きなあくびをしました。

「姉さん、また寝不足? ちゃんと寝ないと体に悪いよ」

親のようなセリフは弟の大和からです。私の一つ下で、家事全般が得意な少年です。

「しかもまた変なの拾ってきたの? その収集癖やめてくれると嬉しいんだけど」

「ひいちゃんはいい子ですよ」

「こないだ姉さんが拾ってきた三面の呪物が深夜に廊下を歩いているのを見た俺の気持ちもわかってほしい」

「あぁ、失くしたと思ったのですが、お散歩していたのですね。捕まえてくれましたか?」

「祓って燃やしちゃった」

「お姉ちゃん、悲しい」

「暗い廊下で三つの顔に追いかけられた僕に対しては?」

「我が弟は跡継ぎに相応しい強さを持っているので心配していません」

「褒めてる?」

 眉をひそめた顔には大きな傷跡が残っています。

普段はそれとなく髪で隠していますが、動いた弾みでわずかに見えていました。

 今から十一年前、大和が六歳の時にできた傷です。それを見るたびに、小さな弟が「姉ちゃん!」と後をついてまわっていた幼き日々の記憶が鮮明に蘇ります。

「もちろんですよ。お姉ちゃんは大和が元気ならそれでいいのです」

 私の視線が傷に向いていることに気づいた大和は自然な手つきで隠しました。

「話逸らしたでしょ。まったく……。フレンチトーストおかわりは?」

「食べます。大和は将来、いいお嫁さんになりますね」

「そこはお婿さんにしてくれると嬉しいんだけど」

「どっちも似たようなもんですよ」

「違うからね?」

 なんだかんだ言いつつ食事を用意してくれる大和。優しいですね。

「大和! ここあのおかわりもくれ!」

「くれ、じゃないよ」

 不満そうな顔でひいちゃんにフライ返しを向けました。

「『ちょうだい』か『ください』だろ」

 指摘するところ、そこでいいのでしょうか(二度目)。

「大和、ここあのおかわりください」

「いいよ。……ていうか、きみに呼び捨てされる筋合いはないんだけど?」

「いまさら言うか?」

 フレンチトーストを頬張りながらツッコむひいちゃん。同感です。

 大和とも良い関係を築いているような、いないようなひいちゃんは、そうして一緒に食事をするようになったのです。最初こそ懐疑の目を向けていた大和ですが、面倒くさくなったのか、最近は、

「柊、ココアは一日二杯までだから」

「なんでだ⁉」

「ココアパウダーと牛乳の減りが激しいんだよ」

「せめて三杯……! 朝昼晩に一杯ずつにしてくれぇ……」

「飲み過ぎは体に悪いからだめ」

「そんなーーっ‼」

 と、仲良くおしゃべりするまでになりました。大和とひいちゃんの絆が深まったようでお姉ちゃん、嬉しい。

 少しだけ変わった生活が日常と呼べるものになっていった頃。まあ、それが今ということなのですが。

 ひいちゃんは相変わらず、私を呪おうと一生懸命です。頑張る子は応援しなくては。

「今日こそお前を呪ってやるからな」

「心意気は認めます。ところで、手に持っているバケツはなんですか?」

「こ、これは今日の呪いだっ」

「どう見ても水ですが」

「我が呪いの力をこめた呪いの水なのだ! この水をかぶった者はたちまち全身に呪いが広がり、三十分とか一時間とか苦しんだ後に死ぬかもしれん!」

「曖昧な水であることはわかりました」

「ふふん! 言い残すことがあるなら聞いてやるぞ」

「それ、手水舎の水ですよね。柄杓でちまちま汲んだんですか? 頑張りましたね。偉い偉い」

「こども扱いするなー! 見た目はこんなだが、生まれたのはいろはよりずっと昔なんだからな⁉」

「下駄を履いていて足腰大丈夫ですか?」

「お年寄り扱いするなー!」

 憤慨したひいちゃんがバケツを抱えて突撃してきました。

うーん、当たってあげてもいいですが、巫女服が濡れるのはちょっと。

ひいちゃんのプライドより服をとった私は、例のごとくひょいっと避けました。

「なっ! よ、避けるなお前ぇ! あっ……、と、止まらな――」

 重いバケツにバランスを崩したひいちゃんは、勢いそのまま石柱にぶつかりました。

ひっくり返ったバケツが宙を舞い、水がひいちゃんに降りかかります。

「ぴゃあああああああああっ‼ しみるぅ! いたいぃ! あびゃああああ!」

手水舎は身を清める為の場所。山から湧き出る水が川となり、境内にいくつも分かれて流れています。この水には浄化の意味があるのですが、他にも効果がありまして。

「もー……、気をつけてくださいね」

 巫女服でごしごし、てしてしと拭いてあげます。せっかく避けたのに、結局びっしょりになってしまいました。

でもまあ、びーびー泣いているひいちゃんをそのままにしておくことはできませんからね。

「いろはぁ~……。うえぇぇぇぇん……」

 しゃがんだ私に抱きついてくるひいちゃんは幼い子そのもの。なんだか、昔の大和を思い出して懐かしい気持ちです。

「動かないでください。……はい、いいでしょう。痛いところはありませんか?」

「うん……、ぐすっ」

 尖った葉の模様が広がる綺麗な着物から水が滴っています。あちゃあ、これは着替えないとだめですね。

そう思った時、頭上から「今日も失敗だな」と声が降って来ました。

「ある意味では成功じゃなぁ~い? いろはちゃんの巫女服びしょ濡れだし」別の声が斜め上方向から聞こえました。

「成功ならいろはは呪われたということだが、どうなんだ?」

問われ、私は一瞬ののちに答えます。「ひいちゃんが泣いている時点でお察しですよ」と。

「柊は呪いの人形に向いていないようだ」

「それにはど~か~ん。そろそろ諦めたらどう? ひーいちゃん」

「絶対諦めるものか!」

「意固地なやつだな」

「頑固者っていうんだよぉ」

 呆れたような声とくすくす笑う声。

「違いますよ、こーさん、まーさん。これは強靭な意思を持っていると言うのです」

 犬のような獅子のような対の像。一方は口を閉じて気難しい顔をし、一方は口を開いて牙を見せています。

彼らは守護、魔除けの役割を持った狛犬――。

「ペットの朝ごはんは今からですよ」

「誰がペットだ」

「誰がペットってぇ~?」

 同時に言った彼らは、どろんと変化して私の前に降りてきました。その姿はまんま犬です。おかげで、近所の人は私の家では犬を二匹飼っていると思われています。

「あ、ドッグフードの在庫ありましたっけ」

「飼い主ならしっかりしろ」

「お腹すいたよぉ」

「ていうかこいつら、ドッグフードでいいのか……」

 呆れた様子のひいちゃんにまーさんがしっぽでちょっかいを出します。顔にまとわりつくしっぽをてしてしと手ではたき、慌てて私の巫女服に隠れる彼女。いーっと歯を見せて威嚇しますが、こーさんまーさんに両隣を囲まれて泣きそうな目をしました。

「あんまりいじめないでくださいね?」

「遊んでいるだけだ」

「だけだよぉ」

「ひいちゃんを泣かせたらご飯抜きですよ」

「なぬっ」

「うそぉん!」

 それだけは勘弁、とひいちゃんからぱっと離れた二匹。やれやれ、まだ朝なのに騒がしいことです。そんなことを思って息を吐いた時でした。

「――っ!」

「いろは」

「いろはちゃん」

 私がそれを感じたと同時に、狛犬たちが牙を見せました。

「な、なんだ? どうしたのだ?」

 わからずにきょろきょろしているひいちゃんを後ろに下がらせます。

「なんなのだ、いろは!」

「呪物です。これはまた厄介なものがきたようですね」

「まだ飯も食っていないというのに」

「朝飯前って言葉を使えってお告げなんじゃない?」

「食べた方が力を発揮できるに決まっているだろう、吽の」

「それもそうだねぇ、阿の」

「おしゃべりはそこまでです。大和を呼んできてください」

 阿の犬は風のごとく走っていきます。さて、私は……、困りましたね。跡継ぎでもなんでもない怠惰な巫女ゆえ、お札をぺたぺたするしか能がないのですよ。他にもできることはあれど、今は……。

 ちらりと周囲を見渡します。

 ここにいるのは守護、魔除けの狛犬の片割れと……。

「おわっ⁉ な、なんかぞわぞわするぅ! い、いろはぁぁぁ~!」

 涙目で私にくっつくひいちゃん。

ううむ、困った。困りました。大和~、はやく来てください~。

「いろはちゃん、来るよ」

「まじすか。ちょっと待ってほしいのですが」

「呪物に『待て』は通じないよぉ。ぼくじゃないんだからさ」

「まーさんの『待て』はお利口さんですもんね。って、そうじゃなくて。げっ」

 肌を刺すような魔の感覚。あちらさんが私を見つけたようですね。見つけるなこのやろう。

「動きやすいように服は乾かしてあげる」

「助かります。ついでにあれも倒してください」

「それはちょっとぉ~……。あはは」

「ああもう朝っぱらから!」

 袖から数枚お札を取り出し、指にはさみます。さて、どうしましょう。

悪寒がやばいです。これなんの呪物でしょうか。また誰かが不法投棄していったのでしょうけど、監視カメラつけて地の果てまで追ってやってもいいんですよ。お祓い代も払ってもらいましょう、お祓いだけに。

「うわぁこれまじでやばいよ、いろはちゃん!」

「狛犬でしょう! 魔を避けてください!」

「うちらの神様に向けられたものならいけるけど、この呪いは――」

 まーさんの声が途切れました。ある方向を見て硬直しています。

どうしたのかと訊かなくてもわかりました。

『いる』。近くに来た。それが来た。

 私の中に流れる血が警告の音を鳴り響かせます。えぇ、言われなくともわかっていますとも。境内にいる限りはやってやりましょう。

呪物か私。さあ、生きる残るのはどちらでしょうね。

前編をお読みいただきありがとうございました。

後編もお楽しみくださいませ。

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