小さな一歩
いつもは子供らしからぬ華美な衣装で身を包み、女王様のようにふるまっていたが、年相応な愛らしい衣装で済ませ、花柄レースの日傘を持ち、過去にはあまり出歩くことは無かった、手入れされた庭を散歩していた。
すぐ後ろでついてきている侍女二人がとてもそわそわとしており、時折小声で何か会話しているのだが……
「お嬢さま、どうしてしまったのかしら」
「分からないわ。お散歩のときはいつもすぐそばに日傘係と、抱っこ要員とすぐ飲めるお茶係とでいつも最低六人は傍に侍らせておいでだったのに」
「何も持たなくていいだなんて」
手の付けられない暴れん坊だった子が、急におとなしくなったらそりゃ疑いたくもなるだろうけど。目の前に主人がいるってのにひそひそと言われるのは気分が悪い。
最初は我慢していたがどんどんイライラが募っていく。
「頭を打ってしまったのかしら」
「それかそっくりな誰かといれかわ――」
「ちょっと!」
持っていた傘を思いっきり二人にぶつける。
人がおとなしくしていれば調子に乗って失礼なことばかり!
「全部聞こえていましてよ! 気分転換に散歩に来たのに、気分を害したわ! どうしてくれるの!」
腕を組んで見下すように(背が低いので見上げているのだが)そう叫ぶと、二人は唖然とした後、ちょっとホッとした顔をして跪き冷や汗をかきながら謝罪してくる。
悪い癖がでたとハッとしたのだが、それよりも二人がほっと顔を見たことで苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
そうだった。
過去に戻って私は二つの絶望を味わった。
一つは国を滅亡へと導くきっかけとなってしまったこと。
もう一つは……
「お嬢様、申し訳ございません。どんな罰もお受けします」
「そう……じゃあ、出て行ってくれるかしら。この屋敷から」
「えっ! そんなお嬢さまそれだけは! ほかはどんな罰もお受けしますのでどうか」
もう一つは、こいつらが私を恐れているふりをしながら本当は影で馬鹿にしているという事。
ただ陰口をたたくという事じゃない。
私が愚かだったのは生まれついての高貴な生まれだから勘違いしたのだと思っていた。でも、それだけじゃなかった。
あの日、必死に家に戻った私が見たのは、荷物を抱え屋敷を出ていく大半の従者たち。
どこへ行くのかと怒鳴りつけた後、彼らは誰も私に従うことなく鼻で笑ってこういった。
貴女が立派に役目を終えたので、国から奨金を十分いただいたから里に帰る―――のだと。
私が、私達が果たした役目は愚かさを振りまき、周りを振り回し、王子や周りの高貴な子どもたちのための「当て馬」になること。それが私達、ディアドール公爵家の存在理由。
それを知るのは王宮で働く大人たちと、大人になった貴族。そしてごく少数の従者のみ。
ディアドール公爵家の直系はだれも知らないのだとあざ笑った。
「ロージーお嬢様は何を考えているのか分からず苦労しましたが、あなたとアイザックご令息様は本当にお利巧でしたね。―――ちょっとおべっかつかっただけですぐ調子に乗って。とても助かりましたよ」
やっと我儘の世話が終わったと言いながら馬車に乗り込んでいく侍女。
肩をぶつけても謝りもせずさっさと歩いていく従者。
にこにこと微笑んでいる目の前の執事も、カバンを片手に上品にお辞儀した。
「先々代のときからお世話になりました。みなさん無能ばかりで没落させないようにするのが大変でしたよ……」
見下すような目で私を見つめた後、こほんと咳ばらいをして歩き出していった。
長年勤めた彼の裏切りは悲しかった。本当の祖父のように思っていたのに……彼の腹の内は違っていたのだ。私達は、貴族として長くその足で立っているのだと思って信じて疑わなかった。でも気が付いてみればただのマリオネット。
だれかの踏み台になるために飼い馴らされている。
過去に戻ってきたのだ、もう二度とあんな思いはしたくない。
自分のせいで誰かを陥れたりなんてもうしたくない。だから心を本気で入れ替えて、いいこになろうとしているのに……
従者が走ってきてどうしたのかと聞くので、二人をくびにしたといって私は部屋に戻った。
幼いころはお気に入りだったピンクのソファーに倒れるようになだれ込む。
「はああああ」
過去に戻って来たって、心まで幼くなるわけじゃない。未来ぶんの記憶も経験もある。ともすれば培った性悪根性がすぐ直るわけじゃない。いいこぶったってすぐぼろが出てしまう。あと普通に腹立つ。
でも勢いで口に出したものの、追い出すというのは悪くないかもしれない。
「唆す悪者を追い出せば、普通に暮らせる……?」
扉がノックされる。
返事をすれば来訪者が部屋に入ってくる。その人物の顔を見て思わず顔をしかめた。
「お嬢様、侍女を二人追い出されたそうで。なにか粗相をなさいましたでしょうか」
過去に見た冷ややかな目線を思い出す。
長年勤めた執事、イーサク。ずっと彼は味方だと思っていたのに。
「わたくしのことをずっと後ろでひそひそと小ばかにしていたの、不行儀極まりないと思わないこと?」
「それは確かにいけませんな。ディアドール公爵家は王族に匹敵する高貴な血筋、敬うどころかそれをバカにするとは。罰を与えられて当然です」
今思えば、私達がなにか不機嫌になり手に負えなくなったり、彼らにとって都合が悪いと思えるところでは、必ずと言っていいほど「高貴な血筋」を口にしていた。
そうして虚構の自己肯定を高めさせ、調子に乗るように仕向けていたのだろう。
ああ、なんて滑稽なんだろう。こんなにも分かりやすいのに
「そうでしょう。私は間違っていないわよね?」
彼はうんうんと頷き「お嬢様のお言葉に間違いなどあろうございません」と思ってもいない事を軽々しく口にする。腹の中で沸々と怒りがわいてくる。今は子どもとはいえどこまでも馬鹿にして……!
「じゃあ分かっているわよね」
「ええ、明日と言わずにすぐ荷物をまとめさせ、追い出させ……」
「あなたも罰を受けるのよイーサク」
彼は追い出すように指示をだしていたが、思いもよらぬ言葉にぴたりと動きを止めた。
「聞き間違いでしょうか、わたくしめも罰を……と聞こえましたが」
「ええ、聞こえなかった?」
彼は少し焦ったような顔をしたが、すぐににこりと困ったように微笑む。
「ご冗談をお嬢様。老人には優しく接するモノですよ。聡明なお嬢様ならお分かりいただけますよね」
では私は別の仕事があるので、とどこかへ去ろうとするイーサクを呼び止める。
ソファーから立ち上がり、彼の前に足を進め困惑しているその顔を冷ややかな目で見上げた。
「いいえ、冗談なんかじゃないわ。もう忘れたのイーサク。さっき自分で言わなかった?『お嬢様のお言葉に間違いなどあろうございません』って」
彼が拳を握ったのが分かった。きっと内心この小娘がって思ってるんでしょうね。
「優秀なあなたなら言わなくともわかると思っていたのだけれど、違ったのかしら」
首を傾げながら訪ねると、ははは、と笑いながらイーサクは膝を曲げ目を合わせてきた。
「お嬢様、意地悪はおよしになってください。ご機嫌が斜めになってしまわれたのですね。気分を変えてなにかよいものをお持ちしましょう。ケーキか洋服か、おもちゃか、なんでも用意いたしますよ」
どれがよいですか? と手を伸ばしてくるので、その手をすかさず払いのけ、腕を組んで叫んだ。
「聞こえなかったのかしら!」
その気迫に圧されたのか、彼は後ろに無様に尻もち着く。周りにいた従者が彼に手を差し伸べ起こそうとしたが、目でぎっと睨み、けん制した。
「いい大人が誤魔化さないでくださる? なぜあなたが罰を受けるのか分からない? じゃあ教えてあげるわ」
イーサクは口が上手い男だった。そしていままで無能公爵に仕えてきて保ってきたのだから腕は良いのだろう。当然のように彼の地位は高い。部下の責任を取るのは上司の役目。
「お父様が侍女の採用や、教育は貴方に一任しているでしょう。礼儀知らずをのさばらせ公爵の品位を落としかねない事態を作った。その責任を取り罰を受けるべきだわ」
あとすこしすればお姉さまがデビュタントに参加する。そうなれば大人の仲間入りと判断され、家のこういった役割を請け負ってくれる。
本来なら女主人としての仕事はお母様がすることなんだけれど、私が言葉を話せないぐらい幼いころに亡くなってしまった。
私のあまりの剣幕に周りは呆気に取られている。
「ふ」
彼は、尻もち着いたまま高笑いをする。
「ふうやれやれ、お嬢様も賢くお育ちになり嬉しゅうございます」
かれは自分の力で立つと、ぽんぽんと私の頭を撫でた。
「残念でございますが、お嬢様。わたくしめはこの屋敷の最高位の従者でございます。先々代から雇われており、父君にその決定権がございます。お嬢様のわがままを通してさしあげたいのですが」
と勝ち誇った笑みでこちらを見ている。
確かにそこらへんの侍女と違って、彼を勝手にどうこうできる権利はない。
我儘だってわかって今までどんな無理難題も受けてきたくせに、こういうのから逃げるのはうまいんだから本当に腹ただしい。
「ではお嬢様、あとで甘いものでもお持ちいたしましょう」
「結構よ!」
「そうね、甘いものを用意する余裕などないでしょうもの」
部屋の外から聞こえてくる声にハッとして顔をあげた。
私よりもすこし赤紫がつよい髪色に、さらりとした髪の艶。父親譲りの私とは違い細い眉毛に切れ長の瞳。
同年代よりも年上に見間違えられるほど落ち着きを払い、どこか冷たい印象を持たれやすいロージーお姉さまがそこに立っていた。
いつも何かしらの扇子をもっているが、今日も口元をそれで隠してこちらを見ている。
「お姉さま……」
「立ち聞きをするつもりはなかったのですけれど、扉が開いていたので聞いてしまったの。ごめんなさいね」
そう言いながら扇子を閉じ、イーサクのほうに向けた。
「確かにあなたを裁く権利はマリネットにはない。あなたの言い分は正しい」
「そ、そうでしょうとも。お嬢様には困ったもので」
「でも」
ロージーは目を細めた。
「彼女がいう事も一理あると思わないです?」
「お嬢様まで、老人をからかうのは」
「ああイーサク。あなたにはがっかりですね」
「え?」
お姉さまはやれやれと首を横に振った。
「あなたは誰よりも勤勉で誠実に、この公爵家の事を想ってくださっていると思っていたのに、違ったのね」
「そんなことはありません、長くここに勤めているのも公爵家が一番大事だからこそ心より忠誠を誓っています」
「へえ、そうかしら?」
「勿論ですとも。わたくしめが嘘偽りなくいままで生きております」
「本当かしら」
「ええ、命に代えても」
どの口がぬかしてんだと思わず口に出そうになったが、ロージーはにっこりと微笑んだ。
「じゃあ。罰を受けるということですね」
「え!?」
「『公爵家の為に生きてきた』『命に代えても本当』というのなら『公爵家にとって悪しきものを招き入れた罪』は見て見ぬふりをするつもりかしら」
さすがのちのお茶会で「薔薇の棘よりも危険な女」と言わしめたお姉さま。
正直私もなんども喧嘩をふっかけて倍返しされたからちょっと、いやかなり苦手なのよね……。
「いえ、ですから公爵様の指示でなければ」
「えぇ、大丈夫です。みなまで言わなくてもわかってますよ。あなたなら、我々が命令を下さずとも自分自身が許せないはずですよね」
彼の顔から冷や汗が落ちる。
ちょっと床が汚れたじゃない。とちょっと不快だったが、彼の間抜けな顔を見たらちょっと愉快な気分のほうが勝ったかもしれない。
本当に公爵家に忠誠を誓っているなら、自分が許せないだろう?
本当に忠誠を誓っているなら、――――どうするべきかは明白。
(これで「先々代から」も「高貴な血筋」も通用しないわ)
だってこれは彼自身の問題だから。
彼は握る拳とともに震えた声を絞り出した。
「……わ、わたくしめがまちがっておりました。どうぞわたくしめを」
「さあ、私はこれで失礼するわ」
「え」
お姉さまは扇子を広げて口元に持っていった。
「マリネットこのあとバレエのレッスンでしょう。準備なさい」
「は、はい」
お姉さまは失礼しましたといって歩いていった。
ちらりとイーサクを見れば、冷や汗をだらだらと蛙のように流している。
「イーサク」
「お、お嬢さま。お嬢様、私はどのような」
「着替えるからさっさと出て行ってくれる?」
顔を真っ白にして彼は出ていった。
あとから入ってきた侍女は困惑しており落ち着かない様子だったが、私は真逆に鼻歌を歌いながら授業の準備をする。
過去の鬱憤を少しだけ晴らせたような気がした。




