愛された子
プロローグ
君が目の前に現れた時から氷の様な時間が溶けていく。私は今まで人を信じたり好きになる事も愛する事もなく、ずっと孤独だった。両親とは他の家庭と比べると割と仲は良かった。君が目の前に現れてから一体どれ程の月日が過ぎたのだろう。私はふと君との事を考えた。
第一章
あれは私が高校生の時の話。それは今みたいなとても暑い夏のこと。私は最近失恋したばかりで気分が落ちていた。この頃に、学校に気になっている人がいた。私は人の名前や顔をすぐ覚えることが出来たけど、その人は顔も名前も知らなかった。でも一つだけ覚えてた事があった。それは、その人の服装だった。こんなに暑いのに長袖のカッターシャツに茶色のベストをいつも着ていた。私はこんなに暑いのによく着ていられるなと思った。失恋する前から気になって登校する度に無意識に探していたが、いつの間にか見かけなくなった。そして、もうすぐ前期が終わり夏休みに入ろうとしていた。私の学校は卒業生になるとほとんどの人が前期終了と共に卒業式まで学校に来なくなる。私は、好きかどうかは分からなかったがせめてお友達になりたいと思って前期最終登校日に休み時間その人を必死に探した。でも、昼休みになってもその人は見つける事は出来なくて私は寂しく一人でご飯を食べて御手洗に行き教室に戻ろうとふと隣の教室を覗くと、ずっと探していた人が一人でいた。私は慌てて食べ終わったご飯を片付けてその人の元へ向かった。
第二章
あの頃の私は本当にどうかしていた。悲しかった気持ちでやけくそで恋人選びをしていた。若気の至りってやつだ。それが今では夫になってるのが驚きだ。あれから数年間付き合ってめでたく夫婦になった。夫婦になるまでは本当に沢山の事があった。彼は私より一年早く卒業して専門学校へ進学して順調に進級もして会社にもすぐ内定が出て凄く才能に溢れていた。一方私は彼とは真逆で感染症が流行っていたのもあるし、社会人としての礼儀や常識が全くもって欠けていた。当然のごとく何十社受けたが、内定を貰えず絶望していた。その事を理由に私は彼に度々当たるようになっていた。でも彼は怒らなかった。
「辛いのは分かってるから大丈夫、一緒に頑張ろう」
とむしろ励ましてくれた。私はその言葉に何度も救われた。次に誰かを信じたり好きになって駄目だった時はその人を最後の人にしようと心に決めていた。私という人間を大きく変えてくれた彼の存在は私にとって大きかった。彼には心配ばかり掛けていた。そして、私はある年の春頃に倒れてしまった。それからというもの私が倒れた事がきっかけで昔より怖いくらい更に優しくなった。そんな段々と変わっていく彼を悲しそうに見ていた。
エピローグ
あれから数年が経ち私は母になった。子供達はとても元気に遊んでいる姿を眺めていた。私は今病室のベッドにいる。先日病に罹ってしまって医師には長くて十年だと言われて私は悲しかった。子供達が大人になる姿が見れないのが歯痒く感じた。でも私は幸せ者だった。良い夫を持ち、愛する子を持てただけで私は十分嬉しかった。そう思い馳せながら眠りについた。