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Distance〜夢までの距離〜  作者: 市尾弘那
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エピローグ

 十月二十二日。

 あれから、四ヶ月が経つ。

 由依ちゃんの声がきっかけになったのかどうかはわからないが、あの時微かに意識を取り戻した遠野は、それから数日して完全に意識を取り戻した。

 そして今は……。

「おっけ?」

「おっけ」

 ――ライブハウス『GIO』。

 ここのステージに立つのは、一年以上ぶりだ。

 節操なくあちこちボキボキ折りまくって傷だらけだった遠野だが、本人の意地と脅威の回復力で、後遺症もなく今ではピンピンしている。名残が残っているのは、手術で刈られた髪の毛が少しまだ短いかなと言う程度だ。

「じゃあ宜しくお願いしまーす」

 PA席の方から小柄な若い男性が挨拶をくれた。瀬名の後任についたと言う栗橋さんだ。あの日の瀬名の言葉通り、瀬名は『GIO』に姿を現さなくなった。

「きゃーッ。彗介くん、まーぢーで、かっこいいんだけどッ」

 リハで一曲目、二曲目と演奏するその切れ間に、甲高いあほ声が聞こえる。うんざりして顔を上げると、ちょうど千夏が蓮池に足蹴りを食らわせたところだった。

「うっるさいなあ、新入りッ」

「ちょっとおッ。髪が乱れるじゃないのよッ」

 Blowin'の復活にあわせてライブハウスにまででしゃばってくるようになった蓮池は、すっかり千夏と気が合ったらしい。顔をあわせてはいがみあって、『ライバルごっこ』を楽しんでいる。知ったことではない。

「やっぱさ、ここの歌詞、ちょっと違うよね?」

「また変える気ぃー? あのさあ、最初に作る時に吟味してから決めなよねー」

 相変わらず遠野の『本番直前になると歌詞を変えたい病』は健在だ。死に掛けてもあほは変わらないらしい。

 ギャラリーでは蓮池と千夏が、ステージでは遠野と北条が喧々囂々とやっているのを他人事のように眺め、俺は小さく息をついた。

 そこへ、千夏から逃れた蓮池が俺の真ん前へと移動してくる。それを追って、千夏がやはり俺の正面へ来る。正直、気が散ってしょうがない。

「お前ら、リハに関係ないんだからどっか行って来いよ。メシでも食って来たら?」

「何であたしがこのオンナとゴハンしなきゃなんないのさー」

「ちょっとお。それはわたしのセリフじゃないのッ?」

「彗介、後で千夏とゴハン行こうねー」

「ちょっとー。気安く呼び捨てにしないでよ」

「うるさい、新入り」

「新入り新入りってあんたこそうっさいのよ。ペチャパイ」

「何だとおおおおおお」

 楽しそうで何よりだと思う。

「彗介。今日って、山口さん、見に来れるんだって?」

「え? ああ、うん。来るらしいよ」

 ガレージレーベルとの話は、進んではいないが消えてもいない。

 Blowin'の復活にあわせて、これからどう転がるかは俺たち次第だろう。

 とりあえずは今日、彼らにBlowin'のライブを見せ付けてやらなければ。

「うっしゃあ。チャンス、チャンス。何人連れて来るって?」

「あ、そうだった。八人くらい連れてくるから、ゲストパス出してもらわなきゃだな」

「八人ッ? そりゃまたご一行様で」

 遠野の声を聞きながら、狭いライブハウスを見回す。

 いつもここに、瀬名の姿を探していた。

 いつもここで、瀬名の笑顔を見ていた。

 いつでもここの思い出は、瀬名の笑顔と共にある。

 忘れられない。忘れたいとも思っていない。痛みはまだ癒えないけれど、いつか消える時が来るだろう。

 その時にまたもう一度出会えたら、その時には胸を張って会える自分になっていたい。

「本番も宜しくお願いしまーすッ!」

 その夢を、必ずこの手に掴んで――――――。






 ――――――うっすらと目を開けると、部屋は薄暮にそまっていた。ぼんやりとした頭で辺りを見回す。

(ああ……何だ)

 夢か。

 あまりに鮮明にあの頃の夢を見ていたので、一瞬タイム・スリップしたような気がした。

 二十四歳の俺じゃない……今の俺は、プロとして活動するBlowin'のギタリストだ。三十歳になった、俺。

 そう言えば、遠野が来てたんじゃなかったっけ。

 そう思いながらベッドから身体を起こすと、床に写真が散らばっており、遠野はその中に埋もれて眠っていた。……おいおい。何でお前まで眠ってるんだよ。

「おい」

 足でその背中を軽く蹴飛ばすと、遠野が軽く呻いた。眠そうな目を俺に向ける。

「何すんのさー」

「何でお前まで寝てるんだよ」

「何でだっけ」

「知らん」

 ぼさぼさの髪の中に手を突っ込んで、軽くかきまぜる。そして小さく独りごちた。

「懐かしい夢見ちゃったな」

「懐かしい夢?」

「いや、何でもない」

 遠野が、瀬名の写真のことなんて言ったからだろうか。

 床に散らばったままの写真から、その一枚を拾い上げる。

 記憶の中のそのままの姿で、懐かしい『GIO』のPA席で卓のフェーダーに手をかけながら、真剣にステージを見据えている瀬名。

 俺の手元に残った瀬名の写真は、たったこの一枚きりだ。

 まさに『瀬名』という感じがして、捨てることが出来ずに手元に残してあった。

「今頃、どうしてんのかなー」

「さあな」

 あの日を境に、俺と瀬名は完全に音信不通だ。

 ただ、狭い業界だから、一度だけ噂を聞いた。何とかって言うアイドルのツアーを回った後、何年かしてロンドンに言ったという話だったが、それが本当かどうかはわからない。

「いつか、どっかで会うかもね」

 冗談ぽく遠野が笑う。その言葉に俺は、無言で苦笑した。

 いつかどこかで会う日が来るだろうか。

 来るかもしれない。

 来ないかもしれない。

 それは誰にもわからない。

「さて。腹が減ったから、メシでも行こうかな」

 ベッドから立ち上がると、バラ撒いた写真をそのままに遠野も後をついてきた。ふわふわとあくびをしているのが聞こえる。

「俺も行く」

「何だよ。尚香ちゃん家で作ってんじゃないの?」

「夜食に食う」

 何だそりゃ。

 呆れながら遠野を放置してシャワーを軽く浴びると、簡単に身なりを整えた。その辺で適当に食うつもりなので、手抜き極まりない。

 玄関へ向かう俺に続きながら、遠野が口を開いた。

「何食うの」

「ファミレス」

「チープだなあ」

「貧乏生活長かったもんでね」

 彼女は、俺の現在を知っているだろうか。

 どこかから聞いてはいるかもしれない。

 瀬名はどうしているだろう。相変わらず、気取らない服装でかっこいい仕事をしているだろうか。



 もしも。

 もしも会うことがあったら。



「あの時代を乗り越えたから今がある」

「偉そうに」

 今もまだ夢は継続中――いつか胸を張って、彼女に会えるように。











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