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Distance〜夢までの距離〜  作者: 市尾弘那
27/40

第7話(2)

「あんたも今度会ったら、瀬名ちゃんに謝っとくんだね」

「俺がですかぁ? 何でぇ」

「余計な揉め事を起こす原因になったのは確かでしょーが。あんたの口の軽さが」

「うッ」

「どうでもいーが、思いっきり話、逸れてないか?」

 藤谷が北条にやり込められているのを眺めながら自分とマスターの分のカップを取り出してそう意見すると、北条が「ああ、そうだね」と我に返ったようにこちらを向いた。

「千夏がさ、ぼやいてたから」

 ……いや。俺の言っている『元の話』は、遠野の結婚パーティのことなんだが。

 そうは思いつつも、興味をそそられる。コーヒーサーバーを取り上げてカップにコーヒーを注ぎながら、ついつい聞き返した。

「ぼやいてた?」

「最近、瀬名ちゃんが綺麗になったって」

「……それはぼやくところか?」

「絶対彗介と付き合ってるって」

「……」

 なぜ。

 俺の表情を読んで、北条は問うまでもなく自動的に答えた。

「薄々、疑ってたみたいだよ。『GIO』の店員なんかも『怪しい』とか言ってたらしいし」

「……加藤?」

「じゃないみたいだけど。……『彗介には幸せになって欲しいんだけどなあ』って言ってたよ」

 何気なくその言葉を聞き流して新聞を広げ始めたマスターにカップを渡しかけ、ふと、北条を振り返る。

「その言い方じゃ……俺が不幸になるみたいじゃないか」

「それはあたしは知らないけどさ。ま、千夏がそう言ってたって話」

「ひどいな」

 マスターがカップを受け取ると、軽く肩を竦めながら俺もカップに口をつけた。たまにはホットを入れてはみたものの、やはり熱くてほとんど飲めないまま、口を離す。

 千夏が、俺に懐いてくれているのはわかってはいるつもりだ。

 その本心がどこにあるのであれ、ああして纏わりついてくるくらいだから、普通なり普通以上なりの好意を持ってくれてはいるんだろう。

 そう考えれば、「幸せになって欲しい」と言ってくれた気持ちは本心かもしれないと思えるし、素直に嬉しいと思いはする。

 けれど……。

 ――約束して

「さぁて。じゃあ、彗介に彼女が出来やがったのも確認取れたし」

「……出来『やがった』って何だよ」

「亮のパーティの話でもしよおかあー」

「あ、思音さん、5万カンパして下さいね」

「呪われろ」




 ――お互いの夢を、尊重しようって


          ◆ ◇ ◆


「あ、如月。久しぶりじゃん」

 22時からPRICRLESS AMUSEでスタジオに入る約束を控えていて、それまでの時間を持て余した俺が『GIO』に足を向けてみると、その途中で偶然セレストのギタリスト川崎に遭遇した。

「ああ。……どこ行くの」

「ナノハナに呼ばれて……あ、もしかして如月も?」

 俺に追いついて並んだ川崎の言葉に、思わず足を止める。

「何? 今日、ナノハナ出んの?」

「うん……? あれ? ナノハナ見に来たわけじゃないの?」

「単に時間が余ったから、上手いバンドでもいたらいいなと思っただけなんだけど……やめとこう」

「何だよ、一緒に行こうよ」

 背中をぱしっと軽く叩かれて促され、つい足を再び動かしながら、前髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。

 先日、北条から千夏の話を聞いたせいか、瀬名と千夏が同一空間にいるそこに更に俺まで居合わせるのは、何だか複雑な気がする。

 でもな……ナノハナが遠野のパーティのカンパをどうするかの確認はしなきゃならないんだよ、確かに。

 誰を呼ぶとかってのは当然遠野とも話をしていて、来る人から結婚祝いの代わりに参加費用を徴収するつもりではある。

 ではあるが、新郎新婦はそれなりの装いをしてもらわないわけにはいかないし、衣装費用や花などなど、意外と費用はかかるものだ。

 そうじゃなくたって出産費用を必死で稼ぐ状況の遠野と尚香ちゃんに負担を余りかけるわけにはいかないし、場所代には足りないがマスターへの感謝と遠野たちの今後へのフォローも含め、余剰金を作りたい。

 その為に、身内の有志でカンパを集められればと考えているわけだから、ナノハナに確認したいのはもちろんのことなわけで……。

(……)

 どうせ、遠野のパーティで会うんだ。

 その前に連絡だって当然取るんだ。

 それが今でいけないわけはない。

 半ば強制的に自分を納得させて『GIO』の間近まで来ると、その俺の内心を試すかのように『GIO』に入る前から千夏に遭遇した。

「あッッッ。彗介ぇーッ。見に来てくれたの?」

 騒々しい奇声に顔を顰める。『GIO』の前にたまっている数人の間から千夏が飛び出してきた。良く見れば『ダンボちゃん』こと大谷の姿もある。店の前でたまっているのはナノハナ周辺の面々だったようだ。

 俺の隣で、川崎がひらりと片手を挙げた。

「そこで会ったから、一緒に来たんだ」

「手柄だよ、カワピーッ。褒めてつかわすッ」

 カワピー……。

「ナノハナ、どうするって」

「え? ああ、あれね。みんなで話し合ったんだけど、メンバーみんなで3万円くらいならって。駄目?」

「助かる。悪いな」

「如月が謝ることじゃないだろ。亮のお祝いだからさ」

 大谷が人懐こい笑みを浮かべて笑った。千夏が俺の腕にしがみつきながら、「後ね、後ね」と飛び跳ねる。

「千夏がウェルカムボード作ろうかと思ってるんだけど。自分たちで用意しちゃうかな?」

「うぇるかむぼーど?」

 何だそれは。

 きょとんと千夏を見下ろすと、千夏が「嘘ぉ〜」と呆れたような顔で俺を見上げた。

「知らないのぉ? パーティの出入り口に『ウェルカム』って書いたボードだよぉ」

 ……。

「そのまんまじゃないか」

「良くあるでしょ? そういうの。新郎新婦の写真飾ってあったりさ。手作りで作るんだよー。駄目だなあ、男の子はー」

 大谷も川崎も俺と同様よくわかっていない顔をしているので、千夏が俺の腕から離れて偉そうに腕組みをしながら顔を顰めた。

「でも、材料買ったりするのも結構お金かかると思うし。だから千夏が作ってあげようと思って」

「偉いじゃん。作れるの?」

「悪いけど、あたし、こう見えて器用なんだからね」

 むくれる千夏の頭を、大谷がぽんぽんと軽く撫でる。

「そうそう。その辺は信用して大丈夫だと思う。センス良いし」

「そうなんだ。じゃあ、頼んで良いかな」

「うんッ。任せてッ。んでね、それに必要な写真を集めたいから、彗介と和弘と思音ちゃんで写真適当に見繕って貸してよ」

「おっけ。聞いてみる」

 なし崩しにそのまま『GIO』に一緒に入っていく。出演者ではない俺と川崎が受付で金を支払って中に入ると、ステージ上でバンドが「んじゃあ次でラストでーす」と気の抜けた声で言っているところだった。

 客席は空いていて、俺の定位置に足を向けると壁に背中を預ける。ちらりとPA席を見ると、瀬名は俺に気づいた様子もなくステージに視線を向けていた。

 大谷が人の間を抜けてバックステージの方へ行ってしまうと、川崎と千夏に挟まれて黙ってステージを眺める。やがて転換に入りバンドがステージ上からはけると、客電が点った。

「如月、何飲む?」

「え? ビール」

「じゃあ俺、替えてくるよ」

「悪いな。さんきゅ」

 川崎の申し出に、受付でもらったドリンクチケットを渡すと、その背中を見送ってそのまま壁際にしゃがみ込んだ。一緒になって隣の千夏もしゃがみ込む。俺の目の前で、こちらに気づかない瀬名が皮手袋を嵌めながらステージに向かっていく姿が見えた。凛々しい横顔。

「彗介さぁ……」

「ん?」

「どっちから?」

「は?」

 次のバンドがセッティングの為にステージに出て来る。笑顔で彼らと話しながら、セッティングに邪魔になるマイクを避け、アンプの位置を調整している瀬名を眺めていると、千夏が隣でぼそっと言った。問われている意味がわからずに、千夏に視線を向ける。

「何が?」

「彗介と、瀬名さん」

「……」

 ああ……それか。

「どっちからでもいーだろ」

「彗介からなの?」

「……」

「そうなんだ」

「……」

「えぇぇ〜……そうなんだ〜……」

 唇を尖らせてしょげたような顔をしてみせる千夏に、思わず呆れる。俺はともかくとしても、そうやって男に勘違いさせる言動は、勘違いする男が可哀想だからやめるべきだと思うのだが。

「彗介、瀬名さんのことが好きなんだぁ……」

「うるさいな。何だよ、関係ないだろ?」

「あるー。あたしこんなにアイシテんのに」

「はいはい。さんきゅーな」

 ほとんど受け流して視線をステージに戻す俺に、千夏が腕を伸ばして俺の頬を引っ張った。

「いて」

「もうちょっと申し訳なさそうにしろよ」

「何でだよ。そうする理由がない」

「でもさあ」

 千夏の指から解放された頬を軽く指先で撫でていると、千夏が僅かに声のトーンを変えて瀬名を眺めながら、言った。

「そりゃあ彗介は相手にしてくんないけどさ、でもあたし、少なくとも瀬名さんよりは彗介のことを好きだと思うけどな」

「何だよそれ。どういう意味だよ」

 思わず、声に少しだけ険が入った。

「だって瀬名さん、彗介よりも自分のことを大事にすると思うけどな」

「知りもしないで勝手なこと、言うなよな」

 むっとしながら、千夏の額を軽く指先で弾く。「いてッ」と額を押さえた千夏は、また唇を尖らせて恨めしげに俺を見上げた。

「あたし、おうちで彗介が帰ってくるのを待っててあげてもいーんだけどなー」

「嘘つけよ。お前が家にじっとしてられるとは考えられない」

「そんなことないよ。普段ならそうだけど、好きな人が望むならそうしたいもん」

「……」

 意外なほど殊勝な言葉に、目を丸くすると、千夏はふてくされたような表情のままで言葉を続けた。

「好きでもない彼氏の為だったら、そんなことしてやんないけどさ」

「好きでもない奴と付き合う時点で間違いが生じてるぞ」

「よくある話でしょ、別に。そんなら相手をあたしに合わさせるよ。……彗介と瀬名さんは、どっち?」

「は?」

「合わせるのは」

「……」

 咄嗟に言葉に詰まった。

 それは……俺、かも、しれないけど……。

 ……だけどそれは、最初の時点で俺が瀬名に言ったことだ。予定を動かせるのは、俺の方なんだから。

「……合わせるとか合わせないとかって話じゃないだろ、付き合うってのは」

「そうかなあ? 別々の生活してんだから、譲歩しなきゃ合わないじゃん。どっかでどっちかが合わせるのは絶対でしょ?」

「だから合わせるのは当たり前のことで、いちいち論じることじゃないだろ」

「だけど、合わせる方がストレスたまるよね?」

 ……。

「別に」

「女より、男の方が合わせらんないんだよ」

「何だよそれ」

「あたしは絶対そうだと思ってるもん。女の方が、本質的に自分を柔軟に曲げられる性質持ってんの。全く均等に譲歩し合うなんてあり得ないから、それだったら女性が男性に合わせる比重がちょっとだけ多い方が、絶対上手くいくの」

「根拠はどこだよ」

「女は守る生き物だもん。女の方が、男より柔軟だもん。与えられた環境の中で楽しみを見つけ出すことが出来るもん」

「性格によるだろ、そんなの」

 ひとまとめに決め付けるな。

 しゃがんだ自分の膝に頬杖をついている俺の視界の中で、瀬名がステージの隅をペンライトで照らしている。ギターアンプから後ろへ乗り出すようにして何かを探っている顔は真剣そのもので、その隣をギタリストが心配そうにうろうろしているのが見える。

 時折首を傾げながら話しかけるギタリストに、瀬名は顔を上げて笑顔で答えながら、尚もその裏を片手で探っていた。

 それからステージを下りると、PA席から短いケーブルを持って戻って来る。ギタリストと何かを話しながら、アンプの方へ戻っていく。

 ステージの上で困った時に、ミュージシャンに頼られる存在。まごつくようなことなく、堂々と安心させる笑顔で渡り合う姿。

「そうだよ。性格に寄るよ」

 ぽつっと千夏が呟くように言った。

「瀬名さんは、合わせる比重が大きくて平気に見える?」

「……」

「彗介は、合わせる比重が大きくて平気なの?」

「……」

「あたしより、彗介をちゃんと幸せにしてくれる人と付き合ってよ」

「幸せだよ、十分」

 千夏の言葉に苛立って、短く反論する。

「決め付けるなよ。別に、一生そうだってわけじゃ……」

「そうかな」

 遮るような千夏の言葉に、言いかけた言葉を飲み込んだ。

「瀬名さんとこの先ずっと一緒にいたって、あたしはずっと彗介が過剰に我慢して合わせていくしかないように思えるけどな」

「だとしたってそれでいーんだよ」

 千夏の言葉は、的を射ているような気がする。

 それが却って、俺の語調を強くさせた。千夏が口を噤む。

「それならそれで、仕方がないだろ。自分に合わせてくれる好きでもない奴と付き合うより、自分が合わせてでも自分の好きな奴と付き合う方が意味がある。別に俺はストレスなんて感じてないし、大体、大して合わせてるわけじゃない。我慢をしてるわけでもない。瀬名がやりたいようにやっているのが俺も良いんだから、いーんだよ」

「いつも、仕事の後回しでも?」

 ステージ上のトラブルが解決したらしい。変な音を出していたギターアンプから、ギュイ〜ンとひずんだギターの音が鳴り響いた。それに満足をしたらしいギタリストが多少の音を出してバックへ姿を消すと、瀬名もステージを下りてPA席へと戻っていく。

「瀬名さんは、仕事と彗介だったら、彗介を後回しにすると思うよ」

 ほぼ同じタイミングで、ドリンクカウンターに行ったまま店員と遊んでいた川崎がこちらに戻ってくるのが見えた。

「彗介は、瀬名さんに合わせる為に、仕事を後回しにするの?」

「そうやってわざと不安に陥れるなよな」

「あ、ばれた? ちッ。早く別れちゃいなよ」

「縁起でもないこと、言うな」

 軽く頭をはたいてやると、千夏は舌を出して笑いながら「あ、そうだ」と小さく呟いた。

「Blowin'、前にさ、サイクロンに応募、してたでしょ?」

「え? うん」

「あれさあ」

 客電が、消える。

「セレスト、通過したらしいよ」

「……え?」

 呆然と問い返した俺の小さな声は、大音量で響き始めたSEの音に掻き消された。






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