第5話(4)
「いやー。そうすか?でも何か恐縮しちゃって」
何で恐縮するんだよ。
「でも、まあ……じゃあ、そう言ってもらえると少しは気が楽になるけど」
俺の音を全く知らないでいきなり本番もしくは本番前に音合わせで、「ないわ」と言われても俺も困るわけで。
俺の音や弾き方を前から知っているんだったら、読めてるだろう。そう思えば、少しだけ肩の荷が下りる。
「俺、昨日、良く藤谷に聞かなかったんだけど、預かった音源ん中で、リストに丸ついてる奴で良かったの」
「そうですそうです。5曲」
「ふうん」
「コピんなくて、いーす。曲に合わせて、ギターフレーズ、アレンジしちゃって良いんで」
「ああ。そう聞いたからそのつもり。……と、聞きたかったんだけどさ、ソロはどうすんの。ソロも勝手に変えちゃうと曲のイメージ大分変わっちゃうから、ソロだけは何となく似た方向でやった方が良いんだろうなと思ったりしたんだけど」
「あー。そうすねー。そうしてもらえると助かるかなー……いやでも、どっちでもいいっす」
そんなに俺に迎合して良いのか?
どうせ数少ない客にも動きがないので、しばらくそこでメンバーに確認したいことや俺への要求などを確認しながらつらつらと話していると、やがてマスターが戻って来た。いつの間にか16時になっている。
「自分らのリハは、もう済んでるんだろ?」
カウンターの方へ戻りかけて背中を向けてからふと振り返ると、新里がこくこくと頷いた。
「はい。ギター抜きでとりあえずリハは終わってて。本番前に時間あったら、ちょっとやらしてくれって頼んであります」
「助かる。じゃあ……ま、あと30分、適当に時間潰してて」
言ってカウンターへ戻ると、文庫本を読んでいたらしい蓮池が、顔を上げた。にやーっと笑う。
「何か、面白かった」
「は?」
「聞いてて」
「盗み聞きするなよ」
「聞こえるよ、だって」
トレンチをカウンターの内側に戻して、また蓮池のカップにコーヒーを注いでやる。今日は大当たりだったらしいマスターは、カウンターの内側にしゃがみ込んで鼻歌を歌いながら紙袋を漁っていた。景品だろう。
「面白かったって何」
「彗介くん、あの人たちのボスみたいなんだもん」
「やめろよ。大人しい俺を掴まえて」
「うーん。暴力団って言うよりは、マフィアって雰囲気だよね」
「勝手に人をアウトローにするな。善良な一般市民だよ」
蓮池の言葉に反論をしながら、機嫌良さそうに景品を抱えてカウンター内を移動するマスターの為に、背後を空ける。ふんふんと言う鼻歌が倉庫の方へ消えていくと、俺はふと蓮池に顔を戻した。
「お前、この後、どうすんの?」
「え?」
「俺、16時半で上がっちゃうけど」
「知ってるよ」
「……来る気じゃないだろうな」
先ほど「わたしも行きたい」と言っていた。それは確かだ。だが、本当に来る気か?
眉を寄せて聞く俺に、蓮池はきょとんとした顔を上げて、にっこりと笑顔になった。
「行く気だよ。彗介くんのライブ、見せてね」
◆ ◇ ◆
「あ、如月くん」
六本木『セオリー』は、六本木通りと外苑東通りの交差する道から数本裏に入った路地にある。
藤谷が、リタイアの危機に際して泡を食っていただけあって、客入りはそれなりにありそうだった。主催者であるBad Mountain Crownと言うのは、確かにそこそこの固定ファンを持っているらしい。ざっと見回しても、Bad Mountain Crownのピンバッヂやリストバンドをしているファンがそこここに見受けられる。
瀬名がオープン時間から来ると聞いていたので出入り口で待っていると、名前を呼ばれた。顔を上げた俺は、一瞬、それが誰だかわからなかった。
「……」
「……無視?」
「瀬名」
驚いた。
瀬名が、普通の服装をしている。
冷静に考えれば、非常に失礼な感想を持ちつつ、俺は背中を預けていた壁から背中を起こした。
「瀬名って、普通の服、持ってたんだね」
「如月くん、わたしと喧嘩したいと思ってる?」
「思ってない」
唇を尖らせる瀬名に笑いながら、とりあえず中へと促して歩き出す。
通常、ライブハウスでの仕事をしている瀬名は、基本的にはTシャツだのトレーナーだのにジーンズとスニーカーと言うような、極めてカジュアルなファッションだ。動きやすさと汚れても良いことに重きを置いているような。
もちろん組み合わせひとつでお洒落になるファッションなのは間違いないが、そして瀬名のそれはファッションセンスを疑うようなものでもなかったが、何にしてもスカートをはいている姿を見たことがないのもまた事実だ。
今日も、そういう意味ではカジュアルに違いはないけれど、「汚れてOK」とは種類の違うかっこ良いTシャツにロングカーディガン、黒のダメージデニムミニにチェーンベルトでアクセントをつけた女の子らしくお洒落なファッションではあった。頭に被った黒のゆったりとしたハンチングがまた、ちょっと可愛い。
「へえ……」
「何?変?」
「変じゃない。見慣れない」
「だって今日は、仕事じゃないもん。たまにはわたしだって女の子なんだってことを思い出してもらわないと」
Field Areaのメンバーは、『セオリー』がオープンすると同時にどこかへ散って行ってしまっている。俺は瀬名を待つ為にライブハウスに残ったが、その際に強引に、蓮池も一緒に連れて行かせた。
蓮池は、しっかり、ライブハウスまでついて来た。
『EXIT』を出る時にField Areaのメンバーも一緒だったので、当然蓮池も彼らも一緒くたにここに来る羽目になった。
可愛いと言って言えないこともない、ついでに目の保養とさえ言えるスタイルの持ち主が同行することを男共が嫌がるわけもなく、ここへ辿り着くまでの間に蓮池はField Areaの連中とも何となく打ち解けている。
俺がバイト中から『EXIT』に居座っていた蓮池に、藤谷が「彼女出来たんすかあ?」と言う問いを投げかけ、俺の否定も虚しく「そう見えますか?実は彗介くんの地元から追っかけて来てて〜」などと言う蓮池の回答で、「彼女?」との疑惑が勝手に浮上しているような気がする。事実を認識させようと試みたものの、今ひとつ正しい知識が伝わっていないように思うのだが、Field Areaの連中がどう思っていようがどうでも良いと言えば言えるので、気力が萎えた。
何せ、藤谷が俺の話を全く聞かず、蓮池が俺の話を全く聞かせない。
「わたし、『セオリー』って初めて来た」
受付でフライヤーをもらってフロアに入ると、きょときょとと辺りを見回しながら瀬名が言った。
「俺もあんまり良く知ってるハコじゃないな。前に1回何か見に来たくらいで」
「ふうん?音、どうだった?」
「そん時はどうだったか、良く覚えてない。でも、今日は俺、ちゃんとリハやってるわけじゃないけど、鳴りは悪くなさそうだった」
「へえ、スピーカ、何使ってる?」
『今日は女の子』とは言え、やはりエンジニアだ。真っ先にそういうことに興味を覚えるのが、らしいと言えば、らしい。
興味津々な瀬名と、ステージの方へ足を向ける。
「あー。やっぱなー。このくらいのトコって、これ使ってるトコ、多いよね。モニターは……こっちからじゃ良くわかんないな。でもこの後ろ姿は絶対あれでしょ……。あ、あのマイク、良いなー。高いんだよねー。でも低音出るから、ウチも欲しいんだよなあ。ヴォーカルマイクはウチと一緒か。やっぱライブハウスじゃ耐性が重要だよね……」
仕事熱心さに感服だ。
スタートの時間が迫るまで、瀬名の『セオリー』見物に付き合いながら時間を潰す。ヘルプを引き受けた時は、今日は会えないことになるかと思っていたから、これだけのことが嬉しかった。俺だって瀬名が興味を持つ部分に対して興味がゼロではないし、彼女の興味や話は単純にミュージシャンとして面白くもある。
スタート時間が迫ってきて、出順が1番目である俺は、一度瀬名と別れてバックルームへ向かった。他のメンバーを見かけていないんだが、戻って来ているんだろうか。
バックルームを覗くと、中には新里と田中が既にいた。
「何だ。戻って来てたのか」
「ええ。ついさっきっすけどね」
「結構、客、多いっすね」
やはりField Areaは、俺に対して敬語を使う姿勢を崩してくれないようだ。どうでも良いんだが。別に。
「藤谷と……大久保は」
「戻って来てますよ。さっきそこで会った」
「え?一緒にどっか行ってたんじゃないのか」
「最初はそうだったんですけど、途中で藤谷と大久保は楽器屋行くつって別れて。俺と田中と麗名ちゃんでメシ食ってて」
「ああそう」
じゃあ、蓮池もどこかその辺に戻って来ているんだろう。
……そう言や蓮池って、何時までいる気なんだ?新幹線で帰るんだろうから、あんまり遅くなるとまずいんじゃないだろうか。それともどこか泊まる気なのかな。一泊で来るほどでもないと思うんだが。
つまらないことを気にしつつ、椅子に座って煙草を咥える。ギターは既に、ステージにセッティング済みだ。後はもう、始まるのを待つ以外にすることがない。
そうしている間に、藤谷と大久保もバックルームに入ってくる。スタッフが「オンタイムです」と時間通りにスタートであることを告げて去って行くと、開演まではもう僅かな時間だった。
新里が、俺に向かって、にっと白い歯を見せた。
「じゃあ本番も……宜しくお願いします」
Field Areaの持ち時間は、転換含めて40分だ。
本番を終えると、次のバンドの為に楽屋を空けなければならない。すぐに撤収にかかるが、ライブの後はどうしてもメンバーは来客に引っ掛かる。正式なメンバーでも普段からのサポートでもない俺は最も来客を知らないので対応のしようがなく、撤収と言う負担を一手に引き受けることとなり、フロアに戻ることが出来た時には次のバンドの演奏はほぼ終わろうとしている頃だった。
演奏に合わせてノって暴れる客の合間をすり抜けて、瀬名の姿を探す。
後ろの方の壁際にその姿を見つけて足を向けると、瀬名が俺に気がついた。笑顔でこちらに手を振る。
「お疲れ様」
「疲れた」
「あはは。でも、結構楽しそうに弾いてたよ」
「うん。ちょっと今までにない緊張感があった」
何せ、ちゃんと楽曲をメンバーと合わせて弾くのが、ほぼぶっつけ本番と言える状態だ。それも、ろくに知らないバンドの。緊張しなかったら、人間じゃない。
「外してなかった?」
「全然。かっこ良かった」
「ギターが?俺が?」
「ギターが」
笑って答える瀬名に俺も笑いながら、煙草を咥えて火をつける。瀬名が、近くのテーブルの灰皿を、俺の方に引き寄せてくれた。
「さんきゅ」
「メンバーも喜んでたでしょ?」
「喜んでたけど、本番中のメンバーの言葉なんか、アテにならない」
楽しくてテンションが上がってれば、正直良くわからなくなってるもんなんだから。
とりあえず、瀬名から酷評を受けずに済んだことに安堵していると、人込みの隙間から藤谷がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。俺を目指しているらしい。近付いて来て一瞬きょとんと瀬名に会釈をしかけた藤谷は、それが瀬名だと気づいたらしくぎょっとした顔をした。そのままこちらに向かって来て、「えええ〜?」と言いながら足を止める。
「瀬名さん?」
「お疲れー。見てたよー」
「うっそ。別人みたいですね」
「……藤谷くんも、わたしと喧嘩したいの?」
そのセリフで、俺の感想も似たようなものだったとわかったらしい。藤谷が俺を見る。
「俺も一瞬誰だかわからなかった」
「薄情なんだよ、如月くん」
「ごめんなさい、俺もわかりませんでした。いやあ、化けるもんですね」
「誰が化けてんのよ。同じだよ」
「いやいや。スカートはくだけで女の子に見えますよ」
「見えるんじゃなくて、元々そうなのッ」
むくれる瀬名に藤谷が笑っている間に、ステージが終わる。客電が点ってBGMが流れ出すと、藤谷が瀬名に首を傾げた。
「どうしたんです?今日は」
「今日はー……如月くんに聞いて。最近Blowin'のライブも見てないし、如月くんと藤谷くんが出るんだったら、見に来ようかなあって思って」
「そうなんすかー。ありがとうございますー」
その言葉を素直に受け止めた藤谷は、にこにこと瀬名に頭を下げて礼を言うと、俺の方に向き直った。
「あ、彗介さん。蓮池さんが探してましたよ」
「は?いいよ。探さなくて」
「何でもそろそろ帰ろうと思ってるみたいで」
「ああ……」
それなら、一応挨拶くらいはしとくべきだろうか。
蓮池は、『セオリー』まで一緒に来て、Field Areaのスタッフでも何でもないくせしてオープン前のライブハウスに一緒に入り込んでField Areaと俺の音合わせまで見ていたけれど、それ以来顔をあわせていない。意図していないとは言え俺が連れてきたようなものだから、このままは悪いような気はする。
そう思って煙草を灰皿に放り込んでいると、瀬名が首を傾げた。
「ハスイケサン?」
「うん……まあ……」
どう説明すべき人間なんだか、良くわからない。
曖昧に言葉を濁すと、脇から藤谷が、壮絶にとんでもない説明をした。
「彗介さん、彼女が出来たらしいですよ」
「……はッ!?」
「……へッ!?」
俺と瀬名にしてみれば『俺の彼女は瀬名』なわけであって、話題が突然横にすっ飛んだような気になるのも仕方がない。素っ頓狂に聞き返す俺と瀬名に、藤谷はにこにこしながら悪気のない顔で、続けた。
「その蓮池さんって言うのがね……」
「……」
無言で瀬名が、俺を見る。咄嗟に否定しようと口を開きかけた俺に、瀬名が視線をふいっと藤谷に戻した。
「へえ?そうなの?何で彼女?」
「だって、今日Field Areaの顔合わせと打ち合わせを兼ねて、彗介さんのバイト先に行ったんですよ。そしたらそこにいて。あれ、ずっとお店にいたんでしょ?」
「いや、それは……」
「わざわざ彗介さんの地元から上京して来て、バイト先までくっついてったらしいですよ。んで一緒にここまで来て、そっからずーっとリハとか見てて、彗介さんにべったりでしたもん」
べったりじゃないだろ別にッ。
「藤……」
「知り合ったのはわりと最近みたいですけど、あれでしょ?実家とかも行ってるんでしょ?」
「藤谷ッ」
「何ですか?俺、彗介さんのお母さんが家で花屋さんやってるって初めて知りました。お母さんとも仲良さそうですよね」
「藤谷、黙……」
誰かこの男の口を塞げ。
否定する前にともかく藤谷を黙らせようと声を上げると、藤谷の視線がふと逸れた。つられて視線を追うと、迷惑なことに蓮池がこちらに向かって来ようとしているところだった。……勘弁。
とにかく藤谷が俺の話を聞かず、蓮池は俺の話を聞かせようとしない。
揃って瀬名の前でおかしな話を展開された日には、口の立たない俺など太刀打ち出来る隙がない。
「あ、あの人ですよ」
「……へえ」
抑えた瀬名の声が、少々怖い。
「瀬名、違……」
「可愛いですよね。スタイルとかめちゃくちゃ良いんですよねえ。こっちで彗介さんがどんな感じ?ってすっごい聞かれました」
「……ふうん。そうなんだ」
怖過ぎる。
「蓮池さん、今から帰るんでしょ?送ってってあげた方が良いんじゃないですか?駅までわかんないみたいだし」
良いから黙れ。
言葉での抵抗を一度諦めた俺は、藤谷の足を蹴り飛ばして、蓮池を迎撃することに決めた。ここにだけは来るな。
「瀬名、ごめん、ちょっと行ってくる……けど……」
後半が、やや恐る恐ると言う感じになった。
俺の言葉に、瀬名がにーっこりと笑う。
「気にしないで。わたしは適当に帰るから。『彼女』によろしく」
違うって!!
と言って、何も知らない藤谷の前で必死に瀬名に言い訳はしにくく、曖昧な視線を投げてため息をつく。
「そういうんじゃなくて……」
「何照れてんすか、彗介さん。意外と照れ屋ですよね」
誰が照れてんだよッ。
もう一度無言で藤谷を蹴り飛ばすと、蓮池をブロックする為に俺はテーブルを離れた。
「彗介くーん」
「お前、帰るんだって?」
あー……どうすっかな、もう。藤谷が余計なことをべらべら言いやがるから、完全に瀬名の誤解を招いている。とりあえず、俺にやましいところは何もないのだから、説明すればわかってはくれるだろうが、藤谷があそこにいると遮られるばかりで説明にならない。
ため息混じりの浮かない顔で蓮池を出口の方に促すと、蓮池は俺につられて回れ右をして歩き出した。
「うん。そろそろ新幹線、ヤバくなっちゃうし」
「ああそう……駅までわかるか?」
「わかんない」
「……送るよ」
仕方ないじゃないか。勝手に行けよってわけにいかないだろう。東京の人間ならばまだともかく、そうじゃない蓮池を放り出すのは可哀想な気はする。
「やったあ」
「お前さあ……」
こうして、蓮池と『セオリー』を出て行くのが危険だとわかってはいる。
だけど、説明すれば別にわかってくれるはずだ。
駅までなんて大した時間じゃない。戻って来て藤谷を追い払ってしまえば、弁解出来るチャンスなんかあるはずなんだから。
……楽観的に考え過ぎだったのかもしれない。だけど俺はその時、そう気楽に思っている部分は確かにあった。
だって実際、俺と蓮池は何があるわけでもなく、疑われるようなことはないわけだから。
「何?」
「藤谷に余計なこと、言うなよな」
「何?余計なことって」
「あいつ、俺と蓮池のことを完全に誤解してるんだけど」
駅の方へ向けてすたすたと歩き出しながらクレームをつけると、追いついた蓮池が小さく舌を出した。
「面白かったから、あんまり誤解、解かなかった」
「と言うより、煽ったろ」
「煽っちゃった」
ああもう……。
戻って瀬名に何て説明し始めれば良いんだろうと思いつつ、蓮池を六本木駅に放り込んで速攻で『セオリー』に戻る。
ステージでは3つ目のバンドの演奏が始まっていて、瀬名の姿を元の場所に探した俺は、足を止めた。
(あれ……)
藤谷だけが、同じ場所でステージを眺めている。
人込みに瀬名の姿が埋もれているのかとも思ったが、近付いて行くに連れて嫌な予感が胸を駆け上った。
「藤谷……」
「あ、おかえりなさい。意外にあっさり戻って来ましたね」
蓮池を駅に送るだけで、他に何をしろと言うんだ。
「瀬名は?」
藤谷の言葉を黙殺して尋ねる俺に、藤谷が罪のない顔でステージに顔を戻しながら、あっさりと答えた。
「帰りましたよ」
「帰った……?」
「はい。彗介さんに伝言です」
「……何」
「『彼女と仲良くね』って。良かったですね」
何ぃ……?
(良いわけあるかよッ!!)
冗談だろ!?