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Distance〜夢までの距離〜  作者: 市尾弘那
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第1話(1)

 ライブハウス『GIO』のドアを開けると、人はまだ全然いなかった。スタッフも来たばかりらしく、床をモップでこすっている。入ってきた俺に気づいて、すっかり顔見知りになった同い年の店員、加藤明憲かとう あきのりが笑顔を向けた。

「はよーっす。ケイちゃん。早いじゃん」

「うん。早くつき過ぎた。どこかで時間潰して来た方が良ければ、そうするけど」

「俺は構わんよー。ケイちゃんがヒマじゃなければ、その辺で茶ぁでもしてて」

「じゃあそうする」

 親指で自動販売機を示す加藤の言葉に頷いて、俺は肩にかけたギターケースを床に下ろした。

 ここのライブハウスは四六時中使っているから、スタッフ連中ともかなり気心が知れている。文字通り重荷を下ろして軽く肩を鳴らした俺は、ポケットから財布を引っ張り出して自動販売機に硬貨を押し込んだ。点灯したランプと短く睨み合って、ボタンを押す。ゴトン、と言う音と共に落ちてきた缶コーヒーを取り出し口から抜き出してステージを振り返ると、ライブ音響――PAエンジニアの瀬名明日香が、黙々とマイクを立てているのが見えた。

「あ、如月くん。おはよ」

「おはよ。今日も宜しくお願いします」

「宜しくお願いしまーす」

 自販機の前に立ったまま頭を下げると、マイクに繋いだケーブルのたるんだ部分を巻きながら立ち上がった瀬名が、元気良く返事を返してくれた。

 瀬名は、確かまだ俺より2,3歳上……24,25歳じゃなかっただろうか。若い女性がメインのPAエンジニアに立っていると言うのは、それほどたくさんいるわけではない。少なくとも俺が行くライブハウスでは、余り見たことがない。照明スタッフの方が、まだ見かけるような気がする。

 俺がこのライブハウスを使うようになったのは2年ほど前くらいからで、その頃にはまだ年配の男性……小林さんと言う人がエンジニアをやっていたのだが、いつの間にか姿を現わすようになった瀬名が、気がついたらひとりでここのエンジニアに立つようになっていた。それがいつ頃からだったのかは、俺はもう良く覚えていない。

 することもないので、缶コーヒーのプルリングを引いてPA卓の隣にある一段高い場所に座り込むと、俺は見るともなしにステージ上を歩き回る瀬名を眺めていた。

 緩くパーマをかけた金髪と見紛う茶髪が、後ろで1本に束ねられている。どちらかと言えば華奢な体つきをしていてほっそりしているのに、その細腕で小型のモニタースピーカだったら平気で運んだりするような女の子だ。取り立てて目立つような外見的特徴があるわけではないけれど、いつも素直な笑顔で毅然と仕事をこなす印象がある。腕は悪くない。

 マイクを繋ぎ終えたらしい瀬名が、ステージから飛び降りた。こちらへ向かって歩いてくる。ぼーっとしている俺にくすっと笑って、隣のPA席に上りながら俺に声をかけた。

「亮くんとかは?」

「来ると思う?この時間に」

 PA席は、俺が今いる台より更に高い位置にある。立ち上がった俺の腰くらいの位置にあるそこに立ってコンソールと向かい合った瀬名は、その数ある意味不明なボタンや摘みに指を伸ばしながら、吹き出した。

「うん、無駄な質問だろうなとは思ってるけど。一応社交辞令」

「社交辞令って言うのか?そう言うの」

 俺がギタリストを務めるバンドBlowin'は、俺を含めた4人メンバーで構成されているが、俺以外の人間は恐ろしいくらいの遅刻魔である。リハにまともに間に合った試しがない。おかげでリハの順番が終わりの方に回される傾向にあったが、遅い時間にしたからと言ってまともに来る奴らじゃない。「どうせ何番にしても誰かかけるんでしょ?」と、最近ではライブハウスも諦めてきている。

 笑いを浮かべたままですとんとPA席から降りた瀬名は、またステージの方へと駆け戻っていった。並べたマイクを指で弾いて回る。スピーカから、マイクに触れるぼそぼそ言う低い音が、ノイズのように響いた。

 手持ち無沙汰なので、ギターケースからギターを取り出して、ケーブルでチューナーと繋ぐ。指先で弦を弾きながら煙草を咥えていると、しばらくマイク片手に声を出したりモニタースピーカのチェックをしたりしていた瀬名が、再び戻って来た。

「如月くん、何聴きたい?」

「ヴァン・ヘイレン」

「んじゃスピーカのチェック終わったらそれかけたげる」

 ギターのチューニングを続けながら俯いて言った俺の頭の上から、瀬名が返事を返す。視界を、モップを引っ張って去って行く加藤の足が横切り、スピーカから柔らかいR&Bの曲が流れてきた。

 どこか宗教めいた色合いの、ギターの音。深い色合いを含む、厳粛な音色。

 顔を上げると、瀬名が真剣な顔でスピーカを見つめていた。時折、コンソールの隣に積み上げて組んである機材の前にしゃがみ込み、何かしてからまた立ち上がる。スピーカのチューニングをしているんだろう。

 邪魔をしては悪いので、チューニングを終えてケーブルを抜きながら、俺はその曲を耳で追っていた。『GIO』で良く聴く曲だ。早い時間に来ると、瀬名がスピーカのチューニングをするのにいつも使っているような気がする。

 少し気だるげな、女性の声。耳に柔らかく、聞いているだけで安心していくような、低めのハスキーな歌声だ。R&Bは、俺は余り聴かないので何と言うアーティストなのかはわからない。

「♪my oh my yeah yeah yeah……」

 チューニングを終えたらしい瀬名が、PA席のところで小さく鼻歌を歌いだした。曲に合わせて小声で歌いながら、卓のつまみに指を伸ばす。妙に楽しそうなその様子が可愛く見えて、思わず俺は小さく吹き出した。

「今、わたしのこと笑った?」

「ああ、やっぱりわかった?」

「……変?」

「いや、楽しそうでいいんじゃないの」

 チューナーから先ほど抜き取ったケーブルを巻きながら言う。

「瀬名っていっつもこの曲かけてるね」

「好きなんだもの。それにスピーカのチューニングは、決まった曲でやった方が良いんだよ。好きな曲だったら、良く聴いてるからベストな音出しがしやすいもん。でもこの曲、高音域が足りないから本当は向いてないんだよね」

 でも、これ聴くと気合入るんだ、と瀬名は真っ直ぐ前に目を向けた。

「へえ?気合?」

「そう。……『頑張れ』って。『前を向いて、賢くなれ、強くなれ』って。そういう歌なの」

「そうなの?」

「うん。サビがね、繰り返してるでしょ?韻を踏んで」

「ああ……うん」

「言葉を変えてるけど、意味は近しいのよ、全部。『タフ』とか『ストロンガー』とか、言ってるでしょ?」

「言ってんの?」

「言ってんの。……好きなんだ。厳粛に、強く生きなきゃって思わされる」

 何かを思うような目つきをして、瀬名はちらりと俺を見下ろした。

「こんな仕事してると、時々怖くなるし負けそうになるから」

「怖くなるって、何が?」

「ふふ。いろいろ。……だから、負けないようにね」

 そう言ったその横顔は、どこか必死な思いが滲んでいるように見えて意外だった。いつも毅然としているように見えるし、余裕すらあるように思えていたんだが。『いろいろ』の意味はわからないけれど、『毎日真剣勝負』で挑んでいるんだろうかと思わせる……。

「……誰?」

 俺の問いに、瀬名は短く俺の知らないアーティストの名前を挙げた。

「ふうん。ソロ?」

「ソロ。……さてさて、如月くんリクエストのヴァン・ヘイレンかけますか」

「え?いいよ、別に。これかけてて」

「いいの。毎日聴いてるんだもの。それにバンドでの音もチェックしたいしね」

 言いながら再生を止めた瀬名は、CDを差し替えるとPA席から降りた。卓の上に置いてあった煙草に手を伸ばして、俺の隣に腰を下ろす。

「一仕事終了。休憩」

「お疲れ様」

 今しがたとは打って変わった、尖ったギターの音がスピーカから流れて来た。咥えた煙草に火をつけた瀬名のために、先ほど使ってた灰皿を引き寄せてやりながら、つられて俺も煙草を咥える。

「ねぇねぇ、馬鹿なこと聞いていい?」

「何」

「如月くんって、何型?」

 は?

「血液型?」

「そう」

「AB型だけど」

「なぁんだ、そうなのかー」

 なんだと言われても。俺が決めることじゃないんで仕方ない。

「何で」

「いっつも早い時間にちゃんと来るじゃない?Blowin’の他のメンバーガタガタなのにさ」

 笑いながら瀬名は膝を抱えた。抱えた膝に頬を寄せるようにして俺を覗き込む。

「だから。几帳面なA型さんなのかと思った」

「あのさ、ウチのバンドで俺までリハに間に合う時間に来なかったら、常に誰もいないだろ……。成り立たないじゃないか」

 どんなバンドだよ。

「あいつらって、スタジオ練習とかでも遅刻魔なんだよ。だから、せめて俺くらいは時間を守ろうという習慣がついちゃってさ。これが冷静になると虚しいんだよな……」

「あはッかわいそー」

 くすくす笑ってから瀬名は、ふぅーっと煙を吐いて天井を見上げた。

「瀬名はO型だろ」

「あったりー。わかった?」

「大雑把」

「何をー?」

 瀬名がこつんと俺の頭を軽く小突いたところで、「おはよー」と言う声が出入り口の方から聞こえてきた。聞き覚えのある声……ウチのベーシスト北条思音ほうじょう ことねだ。背中まで伸ばしたさらさらの黒髪をラフに後ろで縛っている。スレンダーできりっとした目つきをした美人なのだが、口を開けばガサツこの上ない。

「はよー……っと、彗介、早ッ。今日は絶対あたしが1番だと思ったのに」

「珍しいじゃん。どしたの」

「朝まで遊んで、友達の家から直接来た」

「あ、そ」

 もうちょっとまともな理由で早い時間に来られないものだろうか。

 北条は瀬名にひらりと手を振ってこちらへ来ると、肩からベースを下ろして壁に立てかけた。

「あああああー……眠いよー……。おっはよ、瀬名ちゃん」

「おはよ。少し寝てても良いよ」

「瀬名ちゃんは、もう仕事終わり?」

「そう。一仕事終わった一服休憩」

 北条はどうやら、瀬名のことを結構気に入っているらしい。実力主義の北条は、モニターもステージ内の反響も気持ち良くてステージが演りやすく、録音してもらった音も直録りにしては良いバランスで収められているところに重きを置いている。

 しばらく女性2人で何やら盛り上がっていて、元々そんなに口数の多くない俺は聞くともなしに聞きながら煙草をくわえてぼけっとしていた。徐々に他の対バンのメンバーも集まってきて、にわかにライブハウス内が活気付いてくる。

 加藤に渡された曲順表に予め予定してあった曲順を北条と書き込んでいると、ドラマーの藤谷和弘が、やや遅れてヴォーカルの遠野亮が到着した。リハ開始時間ギリギリだ。まぁ間に合っただけマシだろう。

「ごめんねー、瀬名ちゃん。確か俺らリハ、トップだったよねー」

 本当に悪いと思っているのか全く疑問な笑顔を浮かべながら、遠野が謝る。それを横目で見ながらギターとエフェクタ―ケースを抱えてステージに向かっていると、瀬名の苦情が聞こえた。

「そうだよ。亮くん来なかったらもうお仕置きで、ライブの出順まで変えちゃおうと思ってたんだからね。早く準備して」

「瀬名、ついでだからもっと厳しく言ってやって」

「ケイちゃん。つらい時に支え合ってこそ仲間でしょ?」

「俺はつらくない。残念ながら」

 瀬名が予めスタンバっておいてくれたマーシャルのアンプにギターを繋いで、電源を入れながら言う。遠野が反論する前にギターの音で掻き消してやると、遠野がクロスチョップを構えて踊りかかってきた。……やめんかい。

「ちょっとおおおお。遊んでないで早く準備する!!」

 咄嗟に遠野を足で蹴り返していると、卓上マイクから瀬名の怒鳴り声が飛んできた。俺まで怒られる羽目になったじゃないか。

 見ず知らずのバンドにまで笑いと拍手をもらって、設置されたセンターマイクから「やあ、どうもどうもありがとう」などとわけのわからん謝礼を言っている遠野を放置して、俺は音とバランスの調整に入った。エフェクタ―を踏みかえる後ろで、藤谷がドラムのチューニングをしている音が聞こえる。

「曲順、この前決めた通りに書いて出しちゃったけど」

「おっけーおっけー。俺さぁ、『リスク』の歌詞変えたいんだけどさぁ……」

 あほぬかせ。

 遠野はヴォーカルではあるが、曲によってはサイドギターもやるギターヴォーカルなので、ようやくギターの準備をしながらそんなふうに言った。ので、その背中にまた蹴りをくらわせる。

「馬鹿も休み休み言え」

「ぎゃああああ。ケイちゃんがいぢめるー」

「そこの2人!!やる気あるの!?ないの!?」

「……すみましぇーん」

 また瀬名に怒鳴られた。

 そこからは遠野も大人しくセッティングに入り、瀬名もステージと卓を行き来しながらマイクの立ち位置を決めて、準備完了だ。既に10分押しである。

「Blowin’、罰として2曲半!!それ以上は駄目!!」

「ふわぁい」

「もういきなり曲で入っちゃっていいから。巻きでお願いしますねッ」

 瀬名に宣言されてしまったので、仕方がない。チェックしたいところだけ出来れば、まあいいだろう……。

「どれやる?」

「……『リスク』の歌詞、変えたいんだろうが」

 このヴォーカルは、本番直前に歌詞を変えたくなると言う病気を持っている。アマチュアだから良いようなものの、プロ志向である以上……いつかプロになれた時にこの病を引き摺っていたらどうしたら良いのだろう。殴れば治るだろうか。

「うん。んじゃ『リスク』……宜しくお願いしまーす」

 遠野がくるっと正面に向き直り、瀬名に頭を下げた。俺たちも次々と頭を下げる。

 親しき仲にも礼儀あり、と言う奴だ。すっかりタメ口を利き、お互いの名前を覚えるほどには親しくはなったものの、俺らはライブの前には必ずスタッフには頭を下げる。そしてそれは、瀬名も、加藤ら他のスタッフも必ずそうだった。『GIO』を気に入っている理由のひとつでもある。

 挨拶、謝罪、感謝……これらのことが出来ないアーティストやスタッフだって、少なくない。そして俺は、少なくとも礼儀知らずにはなりたくない。

「えっと、とりあえず3曲目やりまーす。んで、俺、ギター持ちまーす」

「はーい。どうぞー」

 藤谷のカウントが聞こえ、俺はギターの弦に指を滑らせた。滑らせながら、周囲の音に耳を傾ける。いつもながら、不思議になるくらい瀬名の作る音場おんじょうは心地良い。いつだかそう言ったら、瀬名は「Blowin'が作る中音が安定してるからだよ」と笑った。

 「こんな小さなステージなんだから、わたしがしてあげられることは限られてるんだよ」と。

 だけど、俺たちだって違うライブハウスでやる時にも同じように音を作っているはずだけど、その出来上がりは全然違うことだってある。やっぱり俺はエンジニアの腕だと思うんだが、どうなんだろうか。

(瀬名って、何を思ってエンジニアなんかやってるんだろうな)

 なんかって言い方は失礼だけど。

 その華奢な容姿からは、ライブハウスでバンド相手にひとりで立つエンジニアをやっているなどとは、到底想像がつかない。普通にワンピースでも着て歩いていれば、ごく普通の女の子と見分けがつかないだろうに。

「……こんなとこ?」

 1曲目、2曲目の途中、3曲目の頭と少しだけ確認を済ませ、遠野がくるりとこっちを振り返る。途切れた歌に、俺たちも演奏の手を止めた。

「いーんじゃないすか?俺、問題なし」

 藤谷がスティックを右手でくるくる回しながら、頷いた。腰まで届く金髪にびょうの入ったフェイクレザーのファッションと言う、ハードロックと言うよりはメタルかパンクに近い服装をしているわりに、あどけないくりっとした目がその雰囲気を全て台無しにしている。俺たちが知り合った当初はサングラスまでつけていたんだが、外した時のギャップに最近は諦めモードに入ってきているようだ。

「おっけー。……んじゃ、瀬名ちゃん、Blowin’、おっけーです!!本番も宜しくお願いしまーす」

「お願いしますー」

 遠野が頭を下げたのを皮切りに、今度は撤収準備に入る。加藤と同じくライブハウスの店員の笹本春香が、次にリハ予定のバンドに準備お願いしますーと声をかけているのが見えた。

「どーする?メシでもいく?」

 アンプを切ってエフェクタ―からケーブルを抜いていると、同じくケーブルを撒いている遠野が頭の上から声をかけた。今は3時。オープンが6時と聞いているから、時間はたっぷりある。1度家に帰れるくらいある。

「そうだな……」

 生返事をしていると、瀬名が皮手袋を両手にはめながらステージに上がってきた。

「お疲れー。中、どうだった?」

「いつも通り。安心してライブが出来ます」

「良かった」

「外音は?って言うか、こっちの演奏、大丈夫そう?」

「Blowin'は演奏に不安を感じたことはないよ」

 信頼出来るエンジニアの言葉と言うのは、ミュージシャンに安心を与える。こっちは自分たちの演奏を客観的に聞く機会などありはしないので、意見があれば遠慮なく言ってくれるだろう瀬名の言葉は本番に臨む精神に安定をくれた。

「そう……さんきゅ」

 とりあえず転換の邪魔になるので、適当にエフェクタ―やケーブルをまとめてステージを下りる。下りた先で座り込んでケーブルをくるくると巻いている一方で、ステージでは次のバンドのスタンバイが始まっていた。それを見るともなしに眺める。

「北条は?」

「寝るってバックステージの更にスタッフルームに押し入ってった」

 ……慣れると人間どこまでも図々しくなるものだ。

「俺、CDショップ行きますけど、どうします?」

「何か買うの?」

 遠野と藤谷の会話を後ろに聞きながらエフェクタ―ケースを閉めると、次のバンドのヴォーカルがステージに上がった。俺たちのリハの時にはいなかった……と思う。今到着したのかもしれない。遠野が小声で「SMショーでも始まるの?」と呟くのが聞こえた。……いや、それはさすがにないだろう。

 とは言え、遠野がそう呟きたくなるのも道理なファッションセンスだ。別に他人のファッションについてあれこれ言うつもりはないし、そもそも俺の人生にデメリットが生じるわけではないので知ったことではないのだが、本番ならともかく本番前に既に真っ黒いレザーのボディコンシャスなトップスとショートパンツに編みタイツとくれば、いっそ鞭でも持って欲しい。ワンレングスの長いストレートヘアと真っ赤な口紅が、一層だ。本番にはもっと凄いことになってたらどうしよう。……いや、どうもしないんだが。

「……お前が叩けば。ドラム」

「……何でですか。俺を里子に出さないで下さいよ」

「お前の服装とマッチしそうだから」

「俺、いくら何でもあそこまで激しくないです」

 ぼそぼそと藤谷と言っていると、それを横で聞いていた遠野が吹き出した。

「美人だけどなー惜しいなー」

「あれだけ上モノ塗ってて良くその造作なんかわかるな」

 余りと言えば余りに失礼な会話を密かに交わしている脇を、ステージセッティングを終えたらしい瀬名が走り抜ける。ステージの上の『女王様』を見た後だと、化粧気も飾り気もない瀬名が妙にあどけなく可愛らしくさえ感じられた。

「超絶うまかったらどうする?」






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