第5話(1)
「じゃあ……これでどうだ?ちょっと聴いてて……」
「……うん。あ、このメロディライン、ツボだな。これで行こうよ」
「おっけ。じゃあ……ええと、ここが変わるのか……」
「彗介さあ」
「Am……で、次が、G……あ?何」
北条と2人ぼっちの寂しいスタジオで、Blowin'復活に備えて曲を詰めている最中だ。
変更した箇所を、コードしか書いていない譜面にシャープペンで書き込んでいる俺に、斜め前に座り込んでいる北条が何やら物言いたげに口を開いた。
顔を上げると、妙に真面目な顔つきで俺を見ている。
「え?」
「いや……何か、あった?」
「は?」
持ったままのシャープペンでぺしぺしとあぐらをかいた自分の膝を叩きながら、首を傾げる。太腿を横切るような形で抱え込んだギターに肘をつきながら、北条に問い返した。
「何かって?何が?」
「知らないけど」
「何だよそれ」
「何となく。何か最近、妙にテンションが高い気がする」
「……」
俺のテンションが高いと、問題か?
シャープペンのケツで顎を軽く叩いてから、床に投げ出したコード譜を取り上げて、鼻の頭に皺を寄せる。
「そりゃあ俺だって人間だし」
「何よそれ。……ま、いーんだけどさ」
瀬名と付き合うことになった、と言うことは、実は誰にも言っていない。
別に隠すことでもない……と言うか、俺自身は困ることはもちろんありはしないのだが、何せホームグラウンドと言える使用率のライブハウス、彼女はそこのエンジニアだ。俺と瀬名が付き合っていると言うことで、Blowin'のメンバーだの『GIO』のスタッフだのに、妙な気遣いをされても嫌だと言うのはある。それはそれ、これはこれだろうと言うか。
どちらにしたっていずれはバレていくものなのだろうが、敢えて俺の口から吹聴することでもない。
そう思っているので、もちろん北条も、知らない。
「そんなことは良いから、ちょっと頭っから鳴らすぞ。北条も鳴らしてよ」
「うん。……亮とさあ、最近連絡取ってる?」
「取ってないことはないけど。でもあいつも家にいないこと多いから、尚香ちゃんに伝言とかになりがち」
「今日のスタジオは?」
「尚香ちゃんに伝えたけど、夜までバイトだってさ」
「ふうん」
ちなみに藤谷がいないのは、Field Areaと言う、前から藤谷が助っ人をしているバンドのライブが今日あるからだ。Blowin'が活動休止の今、俺がPRICELESS AMUSEのヘルプを増やしているのと同様に藤谷はField Areaのヘルプが増えているらしい。このままあっちに持って行かれなければ良いが……と危惧してはいるが、藤谷が決めることで、俺がごちゃごちゃ言えることでもない。
遠野は、俺に宣言した通り、今はひたすら働くことに打ち込んでいるようだ。Blowin'のメンバーでスタジオに入る時は一応連絡することにしているとは言え、複数のバイトを掛け持ちで日々のスケジュールを埋めているらしい遠野は、掴まらないことも多かった。結婚することに決まってから尚香ちゃんが遠野の部屋にいることが多いらしく、電話をかけて尚香ちゃんに伝言を頼むと言うことが多い。折り返しの連絡があるのかないのかは知らないが、俺自身も大概家にいないので……結果として、遠野本人と言葉を交わすことはこのところなかった。
今日スタジオを借りたのは、19時からの1時間だけだ。20時を回って北条と2人だけのスタジオを終える。
「彗介、この後、どーすんの?バイト?」
「この後?いや、ちょっと約束」
瀬名と会う約束をしている。
「ふうん。あそう。んじゃ、またね」
「うん。お疲れ」
あっさり踵を返した北条と別れて肩のギターをかけ直すと、俺は駅とは逆方向――『GIO』の方角へと足を向けた。
瀬名と付き合い始めて、3週間近くが経過しようとしている。10月に入って、空気はすっかり秋めいていた。
その間、瀬名の仕事終わりに少し会うだけの短いデートではあるが、週に3日くらいのペースで瀬名と会っていた。
瀬名に合わせるとは言ったものの、俺自身夜から明け方までのキャバクラのバイトに入っていたりすると、合わせようがないと言うか……そういう日がないわけじゃないけれど、それでも夜のバイトに毎日入っているわけでもない。うまく、俺が『ELLE』に行くまでの時間に瀬名がリハから本番までの休憩に入れば、一緒にメシに行くくらい出来たりもする。
お互い不規則な生活をしているながらも、僅かな時間を作って、短くとも会えることが、嬉しかった。
2人で過ごす時間が増えるほどに、彼女に惹かれていく。知らなかった彼女の姿を見るたびに、瀬名のことを一層好きになる。
街を歩いて通り過ぎるどんなに可愛い女の子にも、目が行かない。どれほど魅力的な人にも、興味がない。
俺の目には、瀬名の姿しか、見えなかった。
「あ、お兄さん、今なら安くするよッ」
今日は俺は、夜のバイトがない。スタジオ終わりでもう予定も取り立ててないし、たまには『GIO』に客として行ってしまおうかと思っていると、途中、そんなふうに声をかけられた。ださいハッピを着た男が示しているのは、型落ちした携帯電話だった。
(携帯か……)
ふと、興味を引かれる。
携帯電話が流行り始めたのは、ここ数年のことだ。とは言っても、まだ誰も彼もが持っていると言うほどでもなく、都心の大学生などは流行りに敏感だから持っている人も少なくないだろうが、地方に行けばその限りでもないんじゃないだろうか。通話料が高いと言うし、俺は家に固定電話がないわけじゃないし、それほど使う用途があるような気もしなかったから俺は持っていない。と言うか、Blowin'のメンバーは、今のところ誰も興味がなさそうだ。
が。
(便利なのかな……)
まあ、便利なんだろうな。
そう言や、『GIO』の加藤なんかは持ってるよな。出入りするバンドの奴らも、ウチみたいに誰ひとりとして持っていないバンドと言う方が少ないかもしれない。
「お兄さん、今、何か機種持ってる!?」
「……」
「今ならねえ、本体、安いよッ」
「……」
「この辺になるとちょっと高いけど、こっちはほら、去年とかに出た機種だからさ」
店員に声をかけられて興味を覚えたくせに、男のセリフを完全に受け流しながら、俺は店頭に展示されている携帯電話に目を向けた。
直径15センチくらいだろうか。固定電話の子機より更に小さなボディに、小さなディスプレイがついている。パソコンメールみたいな機能を持つ機種も最近はあるみたいだけど、ここに置かれている型崩れ商品には多分そんな機能はついてないだろう。別に使うわけじゃないから良いんだが。
何となく手にとって眺めながら、迷う。
余分な金があるわけじゃないから、余計なものは買わないに限るんだ。しかも電話である以上、これを買ったらそれで出費は終了ってものではないだろうし。
だけど、俺も瀬名も不規則な生活をしているから、正直家の電話と言うのが余り役に立たない。せめて帰宅時間くらい読めれば良いものの、ライブなんか何時に終わるかわかったものじゃないし、場合によっては帰って来ない場合だってある。そしてそれは、俺も同様だ。
そう考えると、こういうのって、便利だよな。
どこにいるとしたって、とりあえず連絡がつく可能性はかなり上がるだろう。
出られない状態であることだって少なくはないだろうが、それでも家にいなきゃ掴まらないってのより、随分とましなはずだ。
(……って言ったってな)
俺ひとりで持ってても、仕方ないような気もするはするよな。
そんなこともないだろうか。どうだろう。
……まあ、いいや。
片手で無意識に弄んでいた携帯電話のイミテーションをショーケースに戻し、無反応な俺から興味をなくして別の人に声をかけている店員の前を通り過ぎる。
別段、今すぐ買う必要があるものでもないだろう。また今度改めて考えてみれば良い。
そう思いながら店先を離れて、『GIO』へ足を向ける。20時過ぎ……もうじき、20分になろうとしている。今頃3バンド目くらいだろうか。何バンド出るんだか知らないが。
今日は、何時終わりなのかな……。
「きっさらっぎさん」
ぼーっと歩いていると、背後からいきなり名前を呼ばれた。と、同時に、軽く肩を叩かれた。振り返ると、そこににこにこと立っているのは『GIO』の笹本だった。
「あれ。おはよ」
「はよーざいまーす。久しぶりですねえー。ライブですかあ」
「俺?違うよ。北条とスタジオ行ってただけ」
「あ、そうなんだ。思音ちゃん、元気?」
「知らない」
「……今一緒にスタジオに入ってたんでしょ?」
「うん」
「元気かどうかわかんないんですか」
呆れたように笹本が隣に並ぶ。どうせ『GIO』に向かうのだろうから一緒に歩き出して、俺は顎を軽く掻いた。
「不健康じゃないんじゃないか、少なくとも」
「何なんです、それ。亮さんは?」
「遠野は知らない。最近会ってない。本当に」
「え?そうなの?」
なあんだ、と笹本が唇を尖らせる。
「如月さん、今からどこ行くの?」
「あー……たまには、『GIO』を覗いてみようかと思って」
瀬名と会う時は、やっぱり『GIO』の店員に知られるのが気まずいので、外で待ち合わせている。俺自身が『GIO』に行ったのは、3週間前、PRICELESS AMUSEのライブ終わりで閉店後の『GIO』に行ったのが最後だ。
「あ、ほんと?今日加藤さん、オフなんですよねー。寂しがるんじゃないかなあ」
「ああ。加藤、休みなの?それはタイミング悪かったな」
「だからまた近々、今度は亮さんと一緒に来て下さいよ」
だから俺は遠野のマネージャーじゃないっつーの。
軽く笹本の頭を叩いている間に、『GIO』のある建物が見えてくる。店の前には相変わらず、ライブ終わりのバンドだかそのバンドのツレだかがたまっていて、笑い声を上げていた。
「笹本、何でこんな時間にふらふらしてんの」
「今日、深夜あるから。あたし、遅番なんですよ」
「深夜出なんだ。何?ヤミナベ?」
「ヤミナベ。如月さん、深夜まで付き合ってって下さいよ」
「嫌だよ」
ふうん。深夜があるってことは……通常枠のライブはそんなに馬鹿みたいに遅くはならないだろう。あれ?でも深夜のPAって誰がやるんだ?今の時間に瀬名がやってるはずだよな?で、瀬名って今から俺と会うはずなんだけど。
「今ってPA、瀬名?」
試しに聞いてみる。
「そうですよ」
「深夜って誰やんの?瀬名?」
「ううん。今日は深夜は小林さんって聞いてます」
ああ。師匠のお出ましか。
まさか通常枠終わりと深夜のリハまでの僅かな時間じゃないだろうなと思わず焦った俺は、その回答を聞いてほっとした。僅かな時間でも会えれば良いと言ったって、僅かじゃない方が良いに決まっている。
笹本と、『GIO』の階段を下りていく。受付のところには、俺と余り縁のない山崎と言う店員が座っているのが見えた。眼鏡をかけたひょろっとした風貌で、ほぼ灰になろうとしている煙草をぼーっと咥えている。
「いらっしゃいませ……って、春香さん」
「おはよ」
「如月さん、今日は?」
「客。いくら?」
「今日は1500円プラス1ドリンクです」
「んじゃ2000円」
くそ、きついな。せめて上手いバンドでもいれば、金を払う甲斐もあろうと言うものだが。
「今日は、誰を見に?」
「誰ってことなく……ふらっと来ただけだから……。上手いの、いる?」
「うーーーん、今日は、ビミョっすね」
笹本が俺にひらひらと手を振って、さっさと防音扉の内側に姿を消した。山崎から受け取ったフライヤーを無意味にぱたぱたと振りながら、受付の前にあるモニター画面に目を向ける。ここから聴く限り……まあ、将来的にはどうなるかわからないけどな……。誰しもあらゆる可能性を秘めているわけで。
手の中でドリンクチケットを弄びながら、中に入る。途端耳についたサウンドは、ちょっと1500円の価値には満たなかった。フロアにいる客はすかすかと言うほどではなかったが、半分くらいは出演バンドだとか関係者だとかだろうと予想される感じだ。
奥まで行くのも面倒なので、ドアに入って比較的すぐの壁際に背中を預ける。メロディーも歌詞も、良くはないものの悪くないが、何せ演奏がどうかと思う。とりあえずそれだけ指が『滑る』のなら、早弾きをやるには少し時期尚早と言う奴だ。やりたい気持ちはわかるんだが。
演奏途中にフロアを横断してドリンクを取りに行くのは気が引けるので、とりあえずこのバンドのステージが終わってからにしようと、ドリンクチケットをポケットに押し込む。何気なくフロア後方に顔を向けると、瀬名が目を丸くしてこちらに視線を向けていることに気がついた。
……照れ臭いな、何か。
今更と言えば言えるのに、どうして今はこんなに照れ臭く感じるんだろう。ややぎこちなく微笑んで小さく会釈をすると、瀬名の顔がはにかんだような笑顔になったのが見えた。その笑顔がまた、心を揺さぶる。
いつまでも見ているのも馬鹿みたいなので、目線をステージに逸らしながらも、まだ照れ臭い。
それと同時に、妙な誇らしさのようなものを感じる。
バンドの演奏はこの際置いておいて、今、このライブハウスに音を響かせているのは、瀬名だ。金を払って見に来ている客の耳にバンドの音を届けているのは、間違いなく瀬名の技術だ。それが、彼女の仕事なのだから。
誰にでも代わりが出来る仕事じゃない。それこそ体調崩していきなり今日休むと言ったって、ライブハウスのスタッフには瀬名の代わりをすることは出来ない。仕事における、それだけの責任。ライブにおける、彼女の存在の重要さ。俺にとってだけではなく、ここでステージをやる人間誰にとっても代わりのいない彼女。
その瀬名が、自分の彼女であると言うことが、何だか妙にくすぐったいような気がした。
「如月くんッ」
バンドの演奏が終わり、転換に入る。明るくなったフロアに、ドリンクカウンターへ行こうかと思っていると、PA席から体を弾ませるようにして降りてきた瀬名が、俺に駆け寄った。ひらひらとチケットを振りながら、改めて笑みを向ける。
「お疲れ」
「お疲れ様ッ。もう、スタジオは終わったの?」
「うん。どうせ北条と2人だったし」
「へえ?藤谷くんは?」
「あいつはヘルプのライブ」
「そうなんだ」
話しながらも瀬名は、両手に皮手袋を装備して、ちらちらとステージに目線を向けている。
「今日、何バンド」
「ええと、今日は4バンド。今のが3つ目だから次で最後だよ。押しても、21時半には終わるかな?多分」
「そうか。気にしないでいいよ。俺、適当にここでライブ見てるし」
「うん。楽しんでってね」
「はは……努力はする」
全部のバンドが今のバンド並だったら、楽しむのも一苦労だ。
俺の言葉の意味がわかったんだろう。瀬名が苦笑いを浮かべて、それから体を翻した。ステージに駆け寄っていく。
ドリンクカウンターで笹本から缶ビールを受け取ると、今度はステージセンターの正面の壁際に移動をして、煙草を咥えた。転換準備でステージの上をくるくると動いている瀬名の横顔は、既に今さっき俺に見せていたような甘さの名残は微塵もない。
プロの、顔。
俺は多分、こうして瀬名が仕事をしている姿を見るのが、結構好きなんだろう。それを見ていると、俺も頑張ろうと言う気持ちを煽られる。今すぐ帰って、新しい曲でも作ろうかと言う気が逸る。もちろんそんなことをするはずもないが、やる気が湧いてくるのは確かだ。
Blowin'が活動していないのだから出来ることには限りがあるが、それでも俺たちの名前を知ってくれている狭い世間の中で忘れられないように、何か対策のしようもあるだろう。それを考え、考えるだけじゃなくて実行し、活動再開に向けての土台は作っておかなきゃならないと言う気を強くさせる。
(ウェブサイトとかな……)
このご時世、作る必要があるんだろうな。
だけど俺はパソコンなんて持っていないし、買ったところで使える気がしないし、そっちの世界は余り良くわからないし……藤谷辺り、わりかしそういうの好きそうだよな。ちょっと、相談してみようか。
つらつらとそんなことを考えていると、ステージ上の瀬名に、ギターを持った男が近付くのが見えた。様子を見ている限り、次の出演バンドだろう。何の気なしに眺めていて、次の瞬間、カチンと来る。
ギタリストの男が、瀬名の腕を軽く引っ張るようにして、耳元に口を寄せた。
当たり前だが、転換上のステージ、客の見守る中で痴漢行為を働くわけがないので、何かを言っただけだろうと言うのは俺にだって判断がつく。別にそこまで嫉妬に狂ってるわけじゃない。それはわかるんだが。だけど。
(必要ねーだろ……)
耳元で囁く必要性がないだろうが。
男が何を言ったのか知らないが、それに対する瀬名の回答は、別段耳元に返す様子ではなかった。と言うことは、ステージ上の音が凄いことになっていて聞き取れないと言うわけではもちろんない。と言うか、そんなことはここから見ていたってわかる。
瀬名が笑顔で何かに答えるのに、男も笑いながら何か言っていた。会話の内容までは聞こえないし、興味もない。
やがて瀬名がステージを下りて、バンドが一度ステージ上からハケる。客電が落ちてSEが流れ始めると、改めてメンバーがステージの上に登場した。だらけていた客が、拍手で出迎える。
始まった演奏は、さっきのバンドに比べて随分とましだった。
上手い!!と感嘆するほどではないけれど、聞き苦しさは全くない。音楽性の方向は俺のわりと好きな傾向だったから、思ったほど『楽しむ』のは苦ではなかった。さっきのギタリストが思いの外上手いのが、少し癪だが。
やがて最後のバンドの演奏が終わって、飲み干したビールの空き缶を片手に煙草を弄んでいると、先ほどのギタリストの男がPA席の方に足を向けるのが見えた。何だか嫌な予感がして視線を向ける。と、予想通り、瀬名にしきりと話し掛けているのが見えた。
(何だよもう……)
いつだかの宮枡みたいだな。
見ているのも不愉快なので、視線を逸らして煙草に火をつける。吸い込んだ煙を吐き出して、各々バラけて行くギャラリーに目を向けながら、「これが瀬名の職場なんだな」と改めて思ったりした。
いつだか千夏が言ってたっけ。
PAにしては若くて可愛いから、ちょっかいかける男の子も多いとか何とか。
瀬名は、彼氏である俺が言うのも何だが、その辺を歩いていて極めて目立つ容姿をしているかと言うと、そう言うわけじゃない。驚くほどひどい細工をしているわけじゃないけれど、見惚れずにいられないほど可愛いとかそう言うわけではないだろう。ごくごく普通の、容姿だ。
だけど、肉体労働と程近い裏方仕事をするには余りに華奢で余りに普通の瀬名の姿はその仕事の持つイメージとかけ離れていて、それが多分バンドの男の瀬名に対するイメージを、押し上げている。で、下手なちょっかいを出される。
それは別に瀬名のせいではないし、ライブハウスのカラーにも寄るが『GIO』はこういうところだと俺だってわかり過ぎるくらいわかっているし、嫉妬心を燃やしたところで無駄でしかないこともわかりきってはいるが、実際目の前でちょっかいかけられているのを見ていて愉快なはずがない。不愉快だ。
それを表に出すほど子供じゃないつもりだけど、イライラするのが本音ではある。
そりゃあ、バンドの男だって、馬鹿じゃない。いろんな奴がいるから軽いのがいたとしたって、ライブハウスに出禁食らうような真似をすることはそうそうないだろうけれど、しつこい奴がいないとも言い切れないし、酒が回って酔ってくれば馬鹿になる奴だっていないことはない。と言うか、俺の知人にもいる。酒癖が悪くて、女癖が悪いのが。PRICELESS AMUSEの木村と言う男だが。
「彗介ぇ」
そんなことを考えていると、外へ向かう客の間を縫うようにして、加藤がこちらへ向かって来るのが見えた。あれ?
「加藤。今日、休みだったんじゃないのか」
「おう。オフ。誰に聞いた?」
「笹本」
言いながらドリンクカウンターに顔を向けると、笹本がひらひらと手を振るのが見えた。
「山っちに彗介来てるって聞いたからさあ。今日は?」
言いながら加藤が俺の隣に座り込む。煙草に火をつけながら、少し、迷った。
瀬名に会いに来たとは、何となく、言えない。
「別に。用事まで時間潰し」
短く答えると、「ふうん?」と首を傾げた加藤は片手に持っていた缶ビールのプルリングを指先で弾きながら、ちらっと目線を上げた。
それから。
小声で。
「彗介ってさあ」
「……うん」
「瀬名ちゃんと付き合ってんの?」
……………………なぜッ!?
肯定しているようなものだとわかっていながら、言葉を見つけられずに加藤を凝視すると、加藤はぺろっと舌を出して肩を竦めた。ようやくプルリングを開ける。
「ごめん、前に一緒にいるとこ、見ちゃってさ」
「あー……」
なるほどね……と、片手を前髪に突っ込む。がくりとうなだれると、加藤の苦笑が聞こえた。
「まずかった?」
「いや別に」
「そりゃあ腕組んでただの抱き合ってただのってわけじゃなかったけど、ここで見るより親密そうに見えたから」
「そうか?」
「うん。何か良い雰囲気で、声かけにくかった」