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Distance〜夢までの距離〜  作者: 市尾弘那
16/40

第4話(2)

「外で内山さんと何か話してましたよ。終わりのタイミング、確認とってきますか」

「うん。お願い」

 また瀬名が外に飛び出していく。それを見るともなしに見てから、再度コンパニオンの方に向き直った。

「あの、すみませんけど俺、関係者じゃないんで……小林さん、打ち上げのお誘いだそうですけど」

「中日なのに打ち上げちゃうの?」

 俺が小林さんに投げると、返って来た小林さんの返事にコンパニオンの女の子は小さく舌を出した。くすくす笑いながら、「じゃあまた今度で」と引っ込んでいく。目を瞬いていると、小林さんが眉を上げて苦笑した。

「現金だなあ」

「え?」

「若い男の子がいるから、急遽飲みに行くことにしたんじゃないの?僕、こういうイベントで打ち上げとか聞いたことあんまりないよ」

「は、はあ……そういうもんですか?」

「いいなあ、若い人は」

「……」

 俺はどう答えたら良いのだろう。

 何となく回答に詰まって、俺はのそのそと椅子から立ち上がった。何にしても邪魔になりそうだし、ここにいなければならない理由もないわけだし。

「邪魔になりそうなんで、俺、外にいますね。出来ることあったら声かけてくれれば、手伝います」

「ああ、うん。ありがとう。もう少しで終わるからね」

「はい。お疲れ様です」

 小林さんに断って風船をそこに置き去りにすると、頭を下げてテントの外へ出た。俺とほぼ入れ違いに瀬名が戻ってきて、俺の前で足を止める。

「あれ?どこ行くの?」

「いや、邪魔になりそうだから外にいようかと思って」

「そう?もう音も止めちゃうし、今日搬出もないから、すぐだからね」

「うん。気にしないで」

 それからテントの中に駆け込んで、「音止めておっけーですー」と叫んでいるのが聞こえた。

 元気だな。

 凄く一生懸命楽しく仕事をしているのが、わかる。これは小林さんだって可愛くて手放せない弟子だろう。何せ休みの日を返上して、勉強がてら手伝いに来る熱心さだ。それに俺が見てた短時間でも、自分がすべきことは把握してるし、テキパキとこなしているように見える。

 やっぱり、かっこいいよ。

 それに……。

(可愛いよな……)

 一生懸命な姿が。

 自分がやりたいことを目一杯頑張っているせいか、目鼻立ちの整った顔に綺麗に化粧をしたコンパニオンの女の子達よりも、俺にはずっと瀬名の方が可愛く見えた。

 生き生きとしている姿が、惹き付けられる。

 目が、素通り出来ないほどの、彼女の存在感。

(まずい……)

 胸の内で、小さくひとりごちる。

 どうも、洒落にならないくらい本気になっているような気がする。

 最初に立っていた場所まで戻って、同じように柱に背を預けながらテントの方を眺めると、ややしてBGMはフェードアウトしていって、それから瀬名と小林さんが連れ立って外へ出てきた。スピーカーを三脚から外して下ろすと、瀬名は小林さんからも三脚を受け取ってテントへ戻った。小林さんがスピーカーを一台持ち上げているので、俺ももうひとつのスピーカーに近寄る。

「これ、テントに運べばいいんですか?」

「ああ、如月くん。悪いね。お願いできる?」

「はい」

 スピーカーを両手で持ち上げて小林さんの後をついてテントに戻ると、瀬名が「あ、ありがとう」と言いながら外へ走り出ていった。小林さんはそのまま中の椅子に越を下ろして、散乱した短いケーブルだとかマイクだとかを機材ケースに丁寧にしまう。

「小林さん、外おっけーです」

 どこからともなく長いケーブルを2本持って戻ってきた瀬名は、それをケーブルがたくさん入っているケースにしまいながら小林さんを振り仰いだ。

「そう?じゃあ終わろうか。お疲れ」

「お疲れ様でしたー。また何かあったら呼んでくださいね」

「うん。ありがとう。じゃあ如月くん、また」

「あ、お疲れ様でした」

 これで、完了らしい。

 頭を下げて、瀬名に続いてテントを出る。

 出たところで瀬名は、「ごめんちょっと待ってて」と言い置いて、車の前で何やら話しこんでいる男女2人のところへ走っていった。関係者らしい。頭を下げると、女性の方が瀬名の肩をぽんぽんと叩いて笑顔で手を振った。それに応えて、瀬名も手を振りながらこっちへ戻ってくる。

「お待たせッ。これで終了。行こうか」

「あの人たちは?」

 並んで歩き出しながら尋ねると、瀬名は髪を直しながら自分の肩口だの袖だのの匂いをかいで、「ふえ?」と情けない顔で俺を見上げた。

「ああ……イベンターの寺田さんと内山さん。小林さんがいっつもイベントの仕事してるイベント会社さんの担当さんでね。わたしも、よく会うから。……ねえ、やっぱ汗臭い?」

「え?別に……」

「男の子とごはんに行く服装じゃないよねえ?」

 唇を尖らせて言うと、自分の姿を見下ろす。への字に曲がった眉毛が、さっきまでかっこよく仕事をしていた瀬名とのギャップをかもし出していて、思わず俺は吹き出した。

「何気にしてんの」

「だって、悪いじゃない。如月くんだって、汗臭いTシャツにジーンズの女の子より、さっきのコンパニオンのコたちみたいな綺麗にしてる方が嬉しいでしょ?」

「別に」

 他人の目とか気にするタチじゃないし、俺も。

「そう?……さっき飲みに行こうって誘われたんだって?」

 なぜそれを。

 思わず無言で瀬名を見返すと、瀬名がしゅんとしたような顔のままで続けた。

「小林さんが言ってた。『俺にはそういうこと言ってくんないのに、若い男の子がいるとすーぐ声かけるんだもんな〜、ずるいよな〜』って」

「……」

「本当は行きたかったんじゃないかなーと思ったら……せめて服装くらいちゃんとしてないと申し訳ないような気がして。わたしと約束してたから断ったんでしょ?ごめんね」

 話がおかしい。

「瀬名を誘ったのは俺だし、瀬名と約束してなきゃそもそもここに来てないだろ。大体俺、知らない人と話せって言われても困るから、あんまり行きたいと思えない」

 それに、そういうことじゃなくて……綺麗とか、綺麗じゃないとか、そういう話じゃなくてそれ以前に。

「……瀬名とメシ食ってる方が楽しいと、思うし」

 最後のセリフは、照れが混じってかなりそっけない言い方になった。けれど瀬名はそんな俺の性格を薄々読んでいるのか、目を細めて小さく笑った。

「そう言ってくれると、嬉しいな」

「思ったから、言っただけ」

 話している間に、駅の方にまで辿り着く。瀬名が俺を見上げて、首を傾げた。

「で、ドコ連れてってくれるの?」

「ああ……。あんまり選択肢があるわけじゃないんだけど。俺が良く行くようなとことかでもいーかな」

「いーよ。……あ、でもあんまり高いのダメ」

「俺が高い店にいつも行くと思う?」

 俺の言葉に、瀬名が吹き出す。

「それも、そーか。んじゃあ、『安い早い旨い』あたりをキーワードに選択お願いします」

「……別に、メシくらい奢るけど。『お洒落』とかそういうキーワードはいらないんだ?」

「だってー。こんな服装でお洒落なとこ行ったら、浮くもん。やだもん」

 結構気にするものだな。

 そんな瀬名が意外で、普段見ているよりもうちょっと女の子っぽく見えて、可愛らしく思える。

「『安い早い旨い』になると、店、汚くなるよ」

「じゃあむしろその方向で」

「むしろ、かよ」

 くすくす笑いながら頭の中で店を選び、とりあえず俺が知っているこの辺の店の中では安さと旨さについてはイチオシの店に決めた。但し、言った通り「お洒落」とは無縁の店だ。駅からほどない場所にある、ちょっとうらぶれた通りにある定食屋。おばちゃんとおじちゃん2人で切り盛りしていて、店には土方のおっちゃんとかトラックの運ちゃんばっかりがたむろしているような、まさしく「安い早い旨い多い」がウリのような店。

 さすがに瀬名は一瞬きょとんとした顔で店内を見回し、俺の向かいの席に越を下ろした。店内にいる女性は目下のところ、瀬名と店のおばちゃんの2人だけだ。

「あらー、おにーちゃん久しぶりじゃないー。ちゃんと食ってる?」

 のしのしとおばちゃんが威勢良く近づいてきて、水をテーブルに置く。それから瀬名を見て、にこにこ笑った。

「あら、とうとう彼女出来たんだねえ」

「……おばちゃん」

「心配してたんだから。この人ウチに来る時はいっつもひとりか男友達ばっかりで、女の子連れてきたことなんていっちどもありゃしないもんだから、あたしも亭主も心配してたんだよ。せっかくご両親がイイオトコに生んでくれたのにねえ。良かったねえ、こんな可愛いコがねえ」

「は、はあ」

「おばちゃん、いいからメシ。俺いつもの」

 どうしてこういう人の話は大袈裟なのか。いつまでも続きそうなので思わず口を挟むと、おばちゃんは、はいはいと苦笑しながら瀬名に今度は向き直った。

「お嬢さんは?」

「え?あ……じゃ、じゃあ同じもの……」

 あ。瀬名、席ついてから、おばちゃんのトークで遮られて全然メニュー見れてないんだ。

「はいはい、同じものね」

「あ、待っておばちゃん。瀬名、メニュー見てね……」

「何言ってんだよ、おにーちゃんと同じものを食べたいに決まってんだろー。恋する乙女心ってやつだよねえ。まったく鈍いんだから」

「じゃなくてッ」

「あ、あの、ホントに同じもので……」

「あいよー」

 半ば強引なオーダーを書き留めておばちゃんがカウンターに戻ると、思わず俺は瀬名を拝んだ。

「ごめん」

「え?な、何が?」

「幾らなんでも、やっぱり女の子連れて来る店じゃなかった」

 そういう気は、してはいたんだが。まだファミレスの方がましだっただろうか……。

 でもまさか「やっぱオーダーなしで」と言うわけにはいかない。俺にも日頃のおばちゃんたちとの付き合いがある。

 けれど瀬名は、さして気に留めていないような顔で、ひらひらと片手を振った。気を使っているのか、本当にそう思っているのかは、俺には良くわからない。だけど、瀬名を見る限りでは、本当にそう思ってくれている、ように、感じる。

「え、何で?わたし、こういうお店好きだなー。わたしもここ、レパートリーに入れて良い?こういう肝っ玉かーちゃんの店みたいな雰囲気、大好き」

「けど、ひとりで来るのって、勇気いるんじゃないの」

 女の子がひとりでこの店にいるのを、今のところ俺は見たことがない。

 けれど俺の言葉に瀬名は、両肘で頬杖をついて笑った。

「わたし、ひとりでごはん食べに行くの、慣れてるし。ほら、ウチみたいなちっちゃいコヤって、PAはひとりでしょ?リハと本番の間にごはん食べに行くけど、スタッフはそこからオープン準備だし、まさかバンドさんとは行かないし。だから、結構平気」

「そう、なんだ」

 考えたこと、なかった。

 でも、そうだよな。バンドは自分の入り時間に来て、自分らのリハが終わったら適当に出てっちゃうけど、PAは遅くとも昼過ぎからずっとコヤに入りっ放しで、リハも通しでいて、本番が終わるのは9時10時だ。リハと本番の僅かな時間にメシを食いに行かなきゃならないだろうし、その頃ライブハウスのスタッフは当然オープン準備に入っているから、一緒にメシってわけにはいかないだろうし。

 大変なんだな、本当に。瀬名の、仕事って。

「わりとどんなお店でもひとりで入れるようになっちゃった。……やだな、これっておばちゃん?」

 言ってから、瀬名は自分で驚いたように目を見開いた。そんな表情がまた可愛く思える。

「別に。いーんじゃないの」

「うーん、何か恥も外聞もなくなってってるような気がする……。でもこのお店、絶対おいしそうだし」

「……旨いのは保証するけど、瀬名ってそもそも自分が何頼んだのかも知らないんじゃ……」

 そうは言うものの、実は俺の「いつもの」はおばちゃんにおまかせってことなんで、俺も何が来るかは来てみなきゃわからなかったりするのだが。

「来てのお楽しみってことで、解決」

 屈託のない笑顔が、嬉しい。俺が、飾らない私生活の中で気に入っている店を、瀬名も気に入ってくれたことが嬉しかった。……素の、俺自身を認めてくれているみたいな気がして。

「はい、おまちどおさまー」

 間もなくおばちゃんが、でかい盆をふたつ両手に抱えて戻ってきた。乗っているのはサバの味噌煮、がんもと大根の煮物、お新香、豆腐と長ネギとわかめの味噌汁。それに真っ白いご飯だ。湯気がほかほかと上がって、いかにも旨そうな匂いを漂わせている。

「うわー、すっごい。おいしそう〜」

 瀬名が、素直な歓声を上げた。おばちゃんがどかんどかんと各々の前に盆を降ろすと、カウンターからもうひとつ丼を取り出して俺達の前に置く。肉じゃがだ。

「おにーちゃんに彼女が出来たサービスだよ。どんどん食べな」

 出来てもいないのにサービスされると、騙しているみたいで悪いじゃないか。

 と言って反論する気力もなく、箸と味噌汁のお椀を手に取る。その目の前で、瀬名が肉じゃがに歓声を上げた。

「ええー。こんなに食べていいの!?」

「あんたたちはふたりとも細すぎるんだから。もっといっぱい食べなきゃ、おばちゃんみたいな元気な60歳にはなれないよッ」

「え、おばちゃん60なの?全然見えない!!若いね。秘訣は何?」

「よく食べてよく寝てよく働いてよく笑う。これが秘訣だからね」

「はーい」

「ほら冷めちゃうよ。早く食べな」

 おばちゃんに急かされて、瀬名は慌てて箸を取った。

「うわ。おいしーい」

 サバの味噌煮を一口放り込んで、瀬名が口を押さえる。さほど大きくない目がまん丸で、反応のひとつひとつが素直で新鮮だった。

「……うまい?」

「うんうん。凄いおいしい。おかーさんの味がする」

 言いながら瀬名は、ぱくぱくと元気に箸を動かした。見ている方も気持ちがいい。

「大根もすっごい味染みてるね」

「うん」

 味噌汁を箸でかきまぜながら、瀬名が俺に目を向ける。

「如月くんって、こういうお店いっぱい知ってんの?」

「……まあ。コンビニ弁当ばっかじゃ体に悪そうだし」

「そか。自炊はしないんだ?」

「う……ん」

 俺は味噌汁を口に運びながら、ちょっと言葉に詰まった。

 自炊してた時期も、なきにしもあらずだが。

 あんまり瀬名に語りたい事情ではないので、曖昧に濁す。

「……してたこともあるけど、今は全然」

 お椀をテーブルに戻しながら、無難な返事をする。箸でがんもを割りながら、瀬名がへえと呟いた。

「もうしないの?」

「面倒だし。瀬名は?」

「わたしはほら……どうせ仕事中に食べに行くし。お昼とか休みの日はまあ……適当に作るけど」

「ふうん。作れるんだ」

「しっつれいね」

 他愛のないささやかな会話が、楽しい。美味しそうに食べて、ささやかなことで見せてくれる素直な笑顔が、俺を幸せにする。瀬名は細っこい見かけの割りにしっかり食う奴で、肉じゃがまできちんと残さず食べた。最初から瀬名が「アタシ食べられなーい」というタイプとは全然思わなかったけど。

「あーおいしかった」

 店を出て、瀬名が思い切り伸びをする。約束通り俺が奢ったが、ふたり分あわせて1200円は安過ぎる。下手なところに行けば一人前にすらならない。

「ごちそうさまッ」

 と言われると、却って申し訳ない。

 駅の方へ向けて、暗がりの路地を歩き出す。時計を見ると8時ちょっと過ぎだった。

(早いなー……)






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