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Distance〜夢までの距離〜  作者: 市尾弘那
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第3話(4)

 彼女か……彼女ね。もう何年くらいいないんだろうな。高2の時にそれまで付き合ってた彼女と別れて、それっきりだから……。

 ……。

 考えるのをやめた方が良い。

 その間、潔癖な生活をしているのかと言われれば言葉に詰まるが、ともかくもちゃんと彼女と言うのは、冷静になってみると危機感を感じるほどの期間いないことに気がついた。

 瀬名がな……。

 彼女になってくれればな……。

 今頃、渋谷の『GIO』でリハの最中だろうか。時間帯からすれば、そういう時間だ。

 そんなことを心の片隅で考えて、瀬名の顔を思い浮かべながら、赤信号にブレーキをかける。対向車線の向こう側にシルビアが停車しているのを眺めて、ぼんやりと「いーなあ」と思った。

 車、欲しいな。でも、そんな金はどこを探したってありはしない。元々単車は持ってはいたものの、東京に行くにあたって売っ払ってしまった。あっちでの今の俺の足は、地味に交通機関に頼るしかない。だけどこれが、ライブ活動をするにあたってはひどく難儀で……それこそ、アンプを持ち込む気になった日には、誰かから車を借りるしかないわけで。……そりゃ、シルビアなんて持ってたって、どこにアンプを積むんだよと言う話でもあるが。

 そんなことをぼーっと考えながら、変わった信号にゆっくりアクセルを踏み込んでいると、蓮池が俺の視線の先と俺の顔を見比べて、目を瞬いた。

「何?車?」

「え?……ああ。うん。欲しいなと思って」

「ふうん?ああいう、スポーツカーみたいなのが好きなんだ」

「かっこいいじゃん」

 18歳になるなり親に強制されて免許を取って、取ったら取ったで今度は「しめた」と言わんばかりに軽トラの運転ばかりさせられてこき使われていた覚えがあるものだから、尚更、そういうファッショナブルな車に憧れるのかもしれない。

 短く答えると、蓮池がまた笑った。

「ちょっと意外かもー」

「何で?」

「クールな感じするから、実用性があるのとか好きそうな感じ」

「……乗って運転出来るんだから、十分実用的だ」

「そりゃそうかもしれないけどさ。だって、スポーツカーって燃費悪いとか、シート狭いとか言わない?」

 多分、概ね事実だろう。

 それはわかってはいるんだが。

「何か夢あるじゃん」

「夢?」

「子供の頃に『かっこいいな』って憧れたそのまんまって感じで。マシンって感じがする。ああいうメカメカしいの、結構好きなんだ」

 淡々と言うと、蓮池が盛大に吹き出して、助手席で丸まるように蹲った。……何だよ。

「……何」

「メカメカしいって日本語おかしいよ」

「言いたいことはわかるだろ」

「わかるけど。……結構、あれなんだね」

「どれだよ」

「……………………可愛い」

「……………………………」

 馬鹿にしてるのか?

 蓮池の言葉に不貞腐れて黙ると、蓮池はまだ顔に笑いを残したままで、俺の方を向いて口を開いた。

「怒ってるの?」

「別に」

「だって、何か大人びて見えるんだもん。意外に小学生の男の子みたいなこと言うもんだから」

 追い討ちをかけるな。

「悪かったな」

「悪くないよー。悪くないけどー。ふうーん、子供の頃ラジコンとかで遊んだ?」

「遊んだ。車とか単車とか、好きみたいで、ガキの頃、離さなかったみたいだよ」

 それを聞いて、蓮池がまた助手席でじたじたと足を動かしながら爆笑する。俺は今、非常に馬鹿にされているような気がしてならない。

「何で男の子ってロボットとかそういうの好きなんだろー。ヒーローに憧れた?」

「憧れない」

「なーんだ。そこは冷めてるんだなあ。……あ、ここ真っ直ぐ行くとね、交差点より手前……」

「あれ?」

「そうそう」

 馬鹿にされるだけされて、話を逸らされたまま蓮池の言う通りに見えてきたガーデニングショップの駐車場に軽トラを入れる。

 車を降りてみると、結構立派なガーデニング専門店みたいだった。いつ出来たんだろう。蓮池に促されて、弘美さんご要望の品を探して店内を歩き回る。

「……んで……次はこっちか。彗介くん、こっちこっち」

 店内のどこに何があるかなんて当然わからない俺は、蓮池に引きずられるままに品物を抱えて歩き、ついには手に持ちきれずに小さな台車を借りる羽目になった。フラワーケースを10個も要求されれば、持ちきれなくて当然だ。なぜ業者に頼まない。

「こんなところかな?これで全部だよね?」

「多分」

「おっけぃ」

 精算を済ませて、ごろごろと台車を押しながら店を出る。

「なーんか楽しいなあ」

「は?」

「ちょっとデートみたい?」

 ……。

「台車押しながら仕事道具の買い出しだけど」

「そうだけどー。だってわたし、男の子と並んで歩くのが久しぶり」

「乾いたこと言ってるな……」

 俺の呆れたような回答に、蓮池が笑う。

「もてそうなのに」

「何で?」

「何でって」

 顔は普通に可愛いと言えるだろうし、そんだけ刺激的な体つきしてりゃ……とは言えない。

「……何となく」

「ふうん?……あ」

 駐車場に入ってすぐのところにリードで柱に繋がれた小型犬がいるのを見つけて、蓮池が小さく声を上げて駆け寄った。

「かわいーい」

 白っぽい毛にところどころ丸っぽい茶色い模様の入った、やたらと目のでかい犬だ。俺は犬の種類なんぞ詳しくはないが、この犬だけはわかる。シー・ズーだ、確か。

 蓮池を遊んでくれる人と認識したらしく、ぱたぱたと忙しそうに尻尾を振りながら後ろ足で立つようにして飛び跳ねる。散歩中にご主人様はお買い物に行ってしまったらしい。

「動物好きなの?」

「好きー。生き物好きだからー。生きてるって感じして可愛いー」

「ナメクジとどっちが可愛い?」

「………………うーん」

 悩むところなのか?そこは。

 呆れていると、犬をじゃれつかせたままで蓮池が俺を見上げた。

「彗介くんは、動物嫌い?」

「俺?別に好きでも嫌いでもない」

「ふうん?飼ったことは?」

「ないな」

 あっさりした俺の返事に、蓮池は犬に「ばいばい」と手を振りながら尋ねた。

「今、東京でしょ?ひとり暮らしとか、寂しくない?」

「別に。大体、飼える部屋でもないし、責任取れない」

「何?責任て」

 軽トラを停めた方へごろごろと台車を押していく。天気が良いせいもあるのか、子供を連れた母親なんかが結構多い。

「生き物なんだから、責任があるだろ。おもちゃじゃあるまいし、自分の気が向いた時だけ構ってやれば良いわけじゃない。自分の都合で、家に閉じ込めといたら可哀想だ。だけど俺は帰らなかったり、帰っても遅かったりするし、その間ひとりぼっちで閉じ込められる身にもなってみろって感じじゃないか。飼えないよ」

 大体、ペットとは言え、食わせてやれない。

 俺のぼそぼそとした反論に、蓮池は妙ににこにこしながら俺を見上げた。

「……何」

「何でもない。……ね、でも帰らない日って何してんの?」

 そこを突っ込まれるとは思わなかった。軽トラのそばまでついて、とりあえずフラワーケースを台車から下ろす。

「バイトかスタジオ」

「スタジオ?」

「バンドやってるから」

 とりあえずは地面に下ろして、それから軽トラの荷台に積もう。

「あー。言われてみれば、そんな感じだよね。東京っていつ帰るの?」

「どんな感じだよ。東京には今日帰るよ」

 俺の返事に、蓮池は目を真ん丸にして「ええ?」と声を上げた。

「今日帰っちゃうの?早いな〜」

「いつまでもいても仕方ないだろ。せっかく男手が便利みたいで、悪いんだけど。……蓮池、台車返してきてくれるか」

「はーい」

 蓮池が素直な返事を返して台車をごろごろと押していくと、俺はその辺に適当に下ろした荷物を軽トラの荷台に次々と放り込んだ。一通り積み終わると、今度は移動中に転がり回らないよう固定すべく、荷台に乗る。屈んで、フラワーケースを手に取った。

「如月くん!?」

 名前を呼ばれたのは、その時だった。

「え?」

 聞き覚えのある声に、顔を上げる。荷台に立ち上がって振り返ると、予想通りの顔がそこにあって、けれど余りに久しぶりで、俺は目を見開いた。

「岸田」

 岸田智子――中学から高校時代までずっと付き合っていた、昔の彼女だ。

 荷台に突っ立ってそちらを見る俺に、岸田が駆け寄ってくる。荷台の淵にしゃがんでいると、やがて俺のすぐ前まで移動してきた。

「久しぶり」

「久しぶりだね。えー、どうして?帰って来たの?」

 俺を見上げて笑う岸田の顔が、懐かしい記憶を刺激する。あの頃、いつも肩口くらいまでの長さだった髪は、今は背中の辺りまで伸ばされていて、それが彼女の柔らかい雰囲気を一層柔らかく見せているように思えた。別れた理由は、一言で言えば俺の身勝手……だけど岸田は、別れた後、俺が東京に行く時に見送りに来てくれた。それ以来、会っていない。

「一時的にね。だけど、今日帰るよ」

「えー。そうなんだー。何だ、お店の車なんて乗ってるから、弘美さんのお店を継いだのかと思った」

「まさか。大体今俺が継ぐほどくたびれてないよ、弘美さんは」

「ふふ。お父さんは元気?」

「うん。かなりしぶといな」

 俺の返事に、岸田は「口が悪いなあ」とおかしそうに目を細めた。

 中1から俺そして遠野とも付き合いがあった岸田は、ウチの親のことも良く知っていて、俺自身も自分の彼女ってことで家に連れて帰ったりもしてたから、岸田と弘美さんは仲が良かったりする。「お嫁にもらう」つもりでいたらしいから、俺と岸田が別れた時には、俺が自分の親から責められた。

「そっかあ。今度お店にまた遊びに行こっかな」

「うん。たまには弘美さんと遊んでやって。喜ぶよ」

 それから岸田は、俺の背後に散乱するケースやらクロスやらを見遣ってから、改めて俺を見上げた。

「お手伝い?」

「そ。岸田は何でこんなとこに?」

「今ね、わたし、この近所に住んでるの。庭の手入れをしようと思って。わたしも滅多に来ないんだよ。すっごい偶然だね」

「それは凄いな」

「うん。遠野くんは、元気?今も一緒にバンドやってるの?」

 ……。

「うん……まあ。あいつも近々、一度戻ってくるんじゃないか」

「ふうん?」

 岸田が物問いたげに首を傾げるが、口を開く前に「彗介くーん」と声が割り込んだ。顔を上げると、蓮池がちょうど、戻ってくるところだった。片手を軽く挙げて、応じる。揃って蓮池の方を向く俺と岸田に、蓮池が大きな目を瞬いた。

「ありがとう」

「ううん。……こんにちわ」

 蓮池が岸田に笑いかける。岸田も柔らかい笑顔で、蓮池に応えた。

「初めまして。……彼女さん?」

 ああ、言われると思った。

「違うよ。弘美さんの配下。蓮池」

 がっくりとうなだれて紹介すると、蓮池が「配下って」と笑いながら、岸田に改めて頭を下げた。

「初めまして、蓮池です」

「で、こっちは学生時代の同級生。岸田」

「初めまして」

 なぜか元カノと母が雇っている人間を紹介していると、今度は岸田の方を呼ぶ声が聞こえた。「智子」と言う、男性の声。

 こちらもまた揃って顔を上げると、人の良さそうな、おっとりした雰囲気の男性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。俺は知らない人物だ。

 岸田は片手を振って、彼に「今行くー」と答えると、俺に向き直って小さく笑った。

「主人なの」

「……え!?」

 俺の反応に、岸田がくすくすと笑って、もう一度彼を振り返る。つられたように俺ももう一度そちらに顔を向けて、唖然としたまま会釈をすると、彼も俺に応えてにこやかに会釈をしてくれた。それからこちらへ来る足を止めて方向転換すると、少し先の方に停めてある車の方へ向かっていく。

「結婚、してんだ」

「うん。去年」

「じゃあ岸田って呼ぶのも変だな」

「今更変えられないでしょ?あ、だからね、本当は今は、立屋敷って言うんです」

 後半のセリフは、蓮池に向けて言ったものだ。さっきの俺の紹介への訂正だろう。

(ふうん……)

 何となく、軽いショック。

 『自分の元カノ』が結婚してるってことに対してもそれはあるんだろうが、それよりもっと、何だろう……遠野とまるで、リンクして感じられた。

 俺と同い年の彼女が、結婚していると言う事実。今まで考えたこともないその事象が、やけにいきなり身近に落ちてきたような気分になる。――俺自身は、全く無縁の状態だと言うのに。

 現実を歩かなきゃいけない年齢。

 夢だけで食っていけない現実。

 ……諦めきれない、夢。

「え〜優しそうな方ですねー。でも結婚してるなんて、見えなかった」

「ふふッ。まだ子供がいるわけじゃないし。……それじゃあ、如月くん」

 くすくすと蓮池と言葉を交わしていた岸田は、不意に俺の方に話を戻した。それからにこっと笑って見上げると、片手を軽く振った。

「わたし、行くね」

「ああ、うん」

「遠野くんにもよろしくね。……あ、お父さんと、弘美さんにも」

「うん、わかった」

「それじゃ。……蓮池さんも、また。お店に遊びに行きますね」

「はーい。お待ちしておりますー」

 岸田が、踵を返して歩き出す。

 それから数歩歩きかけて、ふと足を止めた。こちらを微かに振り返る。

「会えて良かった。またね」

「……うん。お幸せに」

「ありがとう」

 それを最後に、岸田が駆けていく。今は最愛のはずの『旦那様』の待つ車へ。

 何となく無言でその背中を見送っていると、一緒になって見送っていた蓮池が、やがて俺を細い目で見上げた。

「……何かイミシ〜ン」

「何だよそれ」

「何となく。女の勘?」

「はあ?……別に」

「ただの同級生じゃあないなあ」

 言いながら、蓮池もよいしょ、と荷台によじ登ってくる。軽く肩を竦めて、先ほど取り上げかけたフラワーケースに再び手を伸ばしながら、俺はその言葉に答えた。

「ただの同級生じゃないよ。元カノ」

「やっぱしな」

「弘美さんと仲が良いから、多分まじで今度店に行くんじゃないの」

 そうして俺はきっとまた後日、弘美さんに「智子ちゃんがウチじゃないところにお嫁にいっちゃった」と文句を言われるんだろう。

 重なったフラワーケースを適当にわけて、荷台の上に固定しながらそんなことを考えていると、後ろで「ふうん」とひとりごちていた蓮池が、不意に俺の背中に向かって言った。

「彗介くんってさあ」

「うん」

「ああいう感じの人が好きなんだ?」

「……どういう感じの人?」

 意味が良くわからずにしゃがみ込んだまま顔だけ振り返って問い返すと、蓮池は荷台に乗るだけ乗って何もせずに岸田が歩いて行った方に顔を向けてから、俺を見下ろした。

「何だろ……真面目そうって言うか。清楚?女の子っぽそう」

「ああ、岸田?真面目だし女の子っぽいよ」

「だからそういう感じ」

「……別に、そうとも限らないと思うけど」

「ふうん?そう?派手な人とか駄目な感じなんだ?」

「知らない。……そっちのクロスとか、あの辺のケースに入れたりしてくれると助かるんだけど」

「は〜い」

 好みのタイプ、ね。

 あんまりそういうのは、考えたことがないから、良くわからない。

 だけど……。

(今、好きなのは、瀬名だから……)

 瀬名と岸田がタイプが似てるとか似てないとかってのも、良くわからない。俺の視点から言えば、全然似ていないような気がする。

 だけど、俺が今好きになったのは確かに瀬名なんだから。

 だからきっと、今好きになった人が、今の好みのタイプなんだろう。

(岸田も結婚してるのかー……)

 もしかすると、あのままずっと岸田と付き合っていたら、結婚したいとかって思えるようになったんだろうか。それとも、それはまた別の問題なんだろうか。どうなんだろう。

 ……瀬名だったら。

 もし、瀬名とだったら、俺は……いつかそんなふうに思うことが、あるんだろうか。











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