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あんなペンネームを付けてしまったのに、  作者: 凛々サイ
1章『僕と君はいきなり出会い、』
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1章 4.僕はサイン会で、勇気出ず。

「お兄ちゃん、ほんとに私が行っていいの~?」


 軽やかな晴れた土曜日、僕は今日渋谷のツタタ書店へ一つ下の妹、僕とは違う高校へ通う由衣と早朝から来ている。なぜなら妹にとあるお願いをするためだ。


「うん、お願いします……」


 ただすごく心配なことがある。


「じゃあ、お兄ちゃんのこと、()()()()()とたくさん話してくるね~!」

「わーー!! だから何度もダメだって言ってるだろ!? まこさんの前で兄ちゃんの話は、ダメだって! ぜったい!」


 そう、この妹の性格だ。愛くるしさ100%な天然少女なのだ。それもかなりの。何をやらかすのか兄の僕でさえも分からない。


「うん! 分かってるよ~。任せて、お兄ちゃん!」


 本当に分かっているのだろうか。

 今日は『最上まこ』の写真集発売記念サイン会だ。10時スタートだからか、もうすでにファンの『エンジェラー』達がそわそわとしながらこの書店入り口に集まり始めている。

 

 僕もこの日をとんでもなく楽しみに楽しみにしていた。だけど、そのサイン会へ並ぶ勇気は僕にはない。だって僕は極度のコミュ障だし、なんせ本人『最上まこ』とクラスメイトだ。


 僕の存在が薄すぎて覚えられている気はしないけど、同じクラスメイトがサイン会に来てるって知られたら、『あなたを好きです』と告白しているみたいなもんだ。イケメンならまだしも僕なんて気持ち(わる)がられて終わりだ。『好きです』とも言ってないのに終わりなわけだ。でも、サイン付き写真集は欲しい、欲しすぎる……!

 

 きっとあの容姿や雰囲気からにじみ出る誰もが納得の『守ってあげたい少女ナンバー1』を獲得した可憐なショットが数多く溢れているのだろう。それにあのミカエルスマイルの数々を穴が空くほど見つめても誰にも気持ち悪がれないわけだ。だって写真だから。生では決して出来ないことが写真集では出来るわけだ。ましてや直筆サインだと!? 僕が地道にスーパーのレジ打ちをした甲斐があるってもんだ。


 そんな一大事イベントへの参加を自分の代わりに由衣にお願いした。だけどほんとに任せてしまっていいんだろうか。


「私もまこちゃん大好き~! お話出来るの楽しみ~! 絶対()()()()()のこと言わないからね!」

 

 なんだこの振りのようなセリフは……。これを素で言ってる妹が逆に末恐ろしい……。

 

「ああ、頼むよ……。兄ちゃん、お台場で先に待ってていいか?」

「うん、いいよ~。終わったら行くね~」


 まだ開店前の書店の入り口で店内を覗くようにボブの髪を左右に揺らしながら、わくわくが体中から溢れている由衣によろしくと言って書店を後にした。

 

 僕とは似ても似つかない可愛いオーラが溢れているミニマムサイズの妹だ。そんな妹とサイン会終了後にお台場で遊ぶ約束をしている。このサイン会のお礼といった感じだ。それにどうも渋谷という街は僕には場違いのように感じる。


「みじめな奴だと言ってくれ……」


 誰に言ったわけでもないけど、とぼとぼと歩きながらそう呟いてしまった。好きなアイドルのサイン会に行く勇気もなく、渋谷をぶらつく勇気もない、どう考えても心底情けない奴だ。


 するとスマホの通知音が耳に届いた。立ち止まり、スマホの画面を確認すると『クリンク』のアプリから『返信コメントが届いています』と表示されている。


「あ、あのゲイのおっさん……!?」


 僕の初めてのコメントになんと今日初めてコメントが返された。これは人類にとっては小さな一歩かもしれないが、僕にとっては大きな一歩なのだ。心臓が自然と高鳴る。一体何が書かれているのだろう。恐る恐る開いてみた。


『枕草子かよ』


「……やるな、ゲイのおっさん」


 『源氏物語』にインスパイアされたこの物語に対するこのボケを突っ込みで返すとは。それも5文字を5文字で返している。かなりの手練れだ。僕はますますこのゲイのおっさんに興味を惹かれ、昨日の話しの続きを読むことにした。


 その物語は一言で言うと、現代社会で『人に興味がない、愛が分からない』という問題を抱えた頭の切れるイケメン男性が平安時代にタイムスリップし、様々な問題に直面しながらも、その頭脳と巧みな話術、容姿で摂関政治を行う藤原家と密接に関わりながら出世し、真実の愛へ目覚めていく、という話のようだ。


 ……藤原頼通との関係が進んでいきそうな雰囲気だ。


 この物語は僕の中のBLというイメージを叩き壊すような構成になっていて、そしてまるでモデルが実在するようなリアルさに、僕の脳内では次々に物語の映像化が構築され始めた。


「これは……描かずにはいられない奴だ」


 答えは決まった。


 僕はアイディアの宝庫である、あの()()へ向かうことにした。

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