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 どうやらキーボードを背負って歩くと人目を引くらしい。

 さっき廊下を歩いてたら生徒だけでなく教師までもが不思議そうにこっちを見ていたし、教室に入った時も明らかにいつもより視線が集まってくるのを感じた。

 だけどその程度じゃ俺の日常はなんら変わりやしない。

 

 注目なんてのはほんのコンマ数秒の話で、一度(ひとたび)席に着けばあまりにもいつも通りなスクールライフが始まる。

 頬杖を突きながらさぞかし眠たそうに窓の外を眺め、そのくせ耳だけはしっかりとクラスの雑談に傾けている。そんななんとも情けない構図だ。


 一応うちのクラスには何人か軽音部員がいるものの、そいつらも俺のことなんてまるで興味なし。こっちがキーボードをチラつかせながら目配せしてみてもまるで相手にされなかった! ……まあ知ってたけど。


「…………はぁ」


 ぼそりと、誰にも聞こえない小さな溜息を一つ。


 どうしていつもこうなんだろうな。

 思えば一度だって誰かに胸を張って紹介できる友達なんていなかった。


 こっちが友達だと思っていてもそれは一方的な勘違いでしかなくて、グループや班決めになるといつも決まって俺だけ梯子を外される。

 なんならペアすらまともに決まらないし、それを良しとするオーラが教室から溢れていた。あれ、なんなんだろうな。あの(こいつならいいだろ)みたいなぞんざいな感じ。


 こっちはその度にいきなり崖から突き落とされたぐらいの衝撃とダメージ喰らってるんだから、せめてあっちも罪悪感ぐらい持ってほしい。まあ向こうに言わせれば十中八九俺に原因があるんだろうけど。

 しかしながら俺にその原因とやらを知る術があるはずもなく。そんなものに行き着くよりも早く、最早何も感じないようになっていた。


 要するに慣れた。


 ペアなんて最悪教師と組んでしまえばそれまでだし、どうやら周りは俺が思っている以上に俺に興味がないらしい。

 それに気付いてしまえば後は簡単で、初めから全部諦めてしまえばそれが緩衝材になって崖の下には分厚いクッションが用意されるようになる。そりゃまあ決してノーダメではないけれど、その度にボロボロになるなんて惨めなことはなくなった。


 いつからか俺はそれで十分だと思うようになっていた。ハッキリ言って楽だし。


 だけど〝これでいいのか〟って思う自分がいないわけじゃなかった。


 たとえば俺の両親は高校時代に出会い、恋に落ち、そのまま結婚に至ったそうだ。

 シンプルに凄いと思う。自分がそんな未来を歩む可能性は爪の垢ほども感じないから。

 しかも二人は別に仲の良さをこっちにまで押し売りしてくる漫画みたいなおしどり夫婦ではなく、寧ろいつも穏やかで喧嘩なんて見たこともない平和の象徴みたいな夫婦だ。


 特に親父なんて今の俺がそのまま成長したみたいな見た目と性格で、一体親父がどうやって母さんを口説き落としたのかはまるで想像できない。

 それでも二人が出会って俺がいるという事実はいつでもそこに横たわっているわけで。


 だからこそ、思ってしまう時がある。


 …………俺にだって、できることがあるんじゃないか、って。


 別に自分に期待してるわけじゃない。

 ただその可能性を捨て切れなかっただけの話だ。

 どうやら俺は全てを諦めてまでここにいたいと思えるほど図太い人間じゃないらしい。


 どれだけ意識を外に向けたつもりでも、繰り広げられている楽しそうな会話を遮断できやしないのだから。


 改めて思う。

 昨日黒木場先輩が言ってた通り、キーボード(こいつ)は俺にピッタリな楽器なんだって。腑に落ち過ぎて思わず苦笑いを浮かべてしまった。図星って突かれたら恥ずかしいもんだと思ってたけど、なんかもうここまで来たらいっそ清々しいな……。


 ……だからなんだろうか。


 ――まっ、ボロボロにならない程度に頑張ってみるとしますか。


 なんて柄にもなく開き直っている自分がいた。


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