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3


 先輩に先導されて舞台袖に行く。

 雑に仕舞われた機材や楽器に気を付けながら歩いて一番奥の非常扉を開けると、一気に視界が開けた。


 視聴覚室は第二校舎(四階建て)の二階にあるのだが、どうやら裏口が存在するのはこの部屋だけらしい。つまりここが最上階だ。


 裏口の踊り場は校内のそれよりも明らかに広い。畳六畳分ぐらいはあるだろうか。

 座ることに抵抗がない程度には綺麗なコンクリート、錆び付いて赤みがかった鉄柵。


 その先には抜けるような青空が広がっていて、春特有の包み込むような日差しが俺たちを温かく出迎えてくれる。さながらここは規模を縮小させた屋上だ。


「どうだい、素敵なところだろう? 皆ここでよく練習してるよ」

「……へぇ」


 そんななんともぎこちない会話をしながら二人して地べたに座る。

 俺の正面で堂々と胡坐をかく先輩は、いつのまにか黒くてごついケースを抱えていた。


 自然と視線がそちらに向いてしまう。

 それに気付いた先輩は朗らかに笑い、抱えていたケースをそっと地べたに置いた。


「とにかくまずは自己紹介だ」


 それからジッと俺のことを見つめて、


「私は黒木場成美。三年生だ。短い間だけどよろしくね、一年生君」

「……俺は相沢透っていいます。……その、よろしくお願いします」


 二人同時にペコリとお辞儀。直後に黒木場先輩はクスクスと笑って、


「君は随分と社交的だね。どうしてぼっちなんてやってるんだい」

「しゃ、社交的……?」


 思わず声が上擦ってしまった。

 いやでもこれは仕方ないだろ。俺が社交的だなんて逆張りか高度な皮肉にしか思えないのだから。同意した瞬間怒涛の勢いで全否定されるトラップでしょこれ。


 などと訝しんでるせいで沈黙が生まれる。

 先輩がそれをどう受け取ったのか定かではないが、相変わらず湛えた笑みを崩さず心底楽しそうに俺を眺めていた。


「まあでもなんとなく分かるよ。私もそうだったからさ。君と同じように気付いたらぼっちになっていて、それを脱却するために慌ててここに駆け込んだ。ここなら一先ずあぶれる心配はないからね。時期もほとんど同じだったから思わず二年前を思い出しちゃったよ」

「え、先輩がですか?」


 とてもそんな風には見えない。


「あぁ、こう見えて私は人見知りでね。特に同い年と喋るのは……どうも苦手だったんだ」

「あぁ……。でもそれ、分かります。俺も昔から年上の方が会話が弾みましたね。どうしてかはあんま分かんないですけど」

「話が合うねぇ。ますます嬉しいよ」


 黒木場先輩は微笑んで、


「バンドは好き?」

「…………」


 若干答えあぐねてから、


「興味はあるんですけど。……その、まだ好きって言えるほどよく知らないんですよね」

「だったらここでバンドを組むのは難しいと思うなー。新入生は毎日色んなアーティストの話で盛り上がってるからね。その結果意気投合してバンドを組むって流れが主流だし」

「……で、ですよねー」


 後先考えずここに来たものの、周りからすれば〝なんで今更来たんだよ〟って話だ。

 その蓋を開ければこんな打算の塊みたいな理由しかないんだから教室同様――いや、それ以上に俺に興味を持つ人間なんていやしないだろう。やっぱこれ、初めから詰んでるだろ……。


 言葉を失うと同時に途方に暮れてしまい、ぽけっと虚空を見つめる。

 そんな俺を見て黒木場先輩はますます楽しそうに笑っていた。


「いやー、まさかここまで同じ流れをたどるとは。偶然とは怖いものだ」


 昔を懐かしむかのようにそんな独り言を零して、


「さて、そろそろ本題に入ろうか」


 ゆっくりとケースのチャックを下ろし始めた。


「これは私の先輩の受け売りでね、こいつはぼっちにピッタリな楽器なんだ。居ても居なくても困りやしない。だけど居てくれればそれは確実にバンドの特色の一つになる。言うならば調味料だね。だけどこいつは時として主役級の活躍を見せてくれる。それは――」


 ケースから取り出したそれを俺に見せつけて、黒木場先輩は得意気に言い放った。


「キーボードだ!」

 

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