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大城先輩の練習が終わった途端、部室の空気が弛緩したのが分かった。
周囲の連中は感情を高ぶらせて口々に話し合っている。恐らくさっきの感想を語ってるんだろう。まああんなものを見せられたら熱くなるのも無理はない。実際俺も混ざりそうになったし。え? って感じの表情されたからすぐやめたけど。
仕方なく一人で視線をあちこち彷徨わせる。すると隅っこにてホワイトボードを発見。
そこには各バンドのタイムスケジュールや連絡事項が綴られていた。なんとなくそれを目で追っていると、この後の予定が判明する。
「一年お待たせー。ステージ来ていいよー」
丁度そのタイミングで大城先輩がマイクを使って招集をかけた。
どうやら今から楽器講座が行われるらしい。聞くや否や誰もが皆我先にと立ち上がり、続々と舞台へ上がり始める。
一番人だかりができているのはやはり大城先輩のところだった。ってうわ、スッゲー数。こんなん一人で教えるとか明らか無理でしょ。
なんて思っていると何人か上級生が加わって、大規模なギター講座が始まる。
言うまでもないかも知れないが、他の楽器だって負けちゃいない。人数こそギターに劣るものの、ベースやドラムの講座も賑わっていて、壁際に目をやれば発声練習をしているボーカル講座なんてのもあった。
いつまで経っても席から動かずその様子を眺めてるのは……まあ俺ぐらいなもんだろう。
だが、まだだ。
まだ慌てる時間じゃない。なんせこれは必要な作業なのだ。
楽器を決めてない上に初心者な俺が最適な選択をするためにはな!
まずギターは却下だ。如何せん人数が多すぎる。これでは本来の目的からズレてしまう恐れがある。
それにどうやらギターは経験者も多いらしく、大城先輩が感心して拍手をしたりしていた。別に俺は目立ちたいわけでも主役になりたいわけでもない。ただ気が合いそうな奴らと自然な流れでバンドを組めればそれでいいんだ。
その理由で考えればボーカルもなし。そもそも歌なんか全然上手くないし。練習してどうにかなるとも思えんからな。
となると自ずとベースかドラムになるわけだが。どっちだ。どっちが少なそうだ。競争率は低いに越したことないんだが……。クソ、上級生が混じってるせいで人数が把握しにくいな……。
まるで御三家を選ぶトレーナーのように慎重な顔つきで講座の様子を眺めていると、
「そこで何をしてるのかなー」
真後ろからいきなり肩を叩かれた。
奇声を発して飛び上がりそうになるのをなんとか堪え、そのまま振り返る。
そこには目を細めてニコニコと笑いながらこちらを眺めている女生徒がいた。
綺麗な人だった。大城先輩とはまた別のタイプの。
大城先輩は綺麗の中に少女然としたあどけなさがまだ若干残っているけど、この人はもう完全に垢抜けていた。まるで公園で遊んでいる我が子を見守る母親のような視線をこちらに向けている。
そいつに絡め取られてフリーズしていることに気付き、慌てて視線を下げる。するとこれ見よがしに机に乗せられたたわわなお胸に行き着いてしまった。
「ふーん……」
確認しなくても分かる。絶対今ジトっとした目で見られてる……。
「ぼっち? それとも……起?」
「ちですち! ぼっちです!」
勢い余って正直に答えてしまった! なんだよこの地獄めいた自己紹介は……。
しかし先輩(推定)はそんな俺を見て心底楽しそうにクククと笑って、
「知ってた。この時期に楽器決まってない子なんて普通いないもの。それに見ない顔だし」
先輩が言うこの時期って奴を正確にすると四月の二十二日になる。下旬も下旬だ。
「……あの、俺、今日入部したんです。だからその、どうしてもそうなっちゃいますよね」
「いや違う。順番が逆だー。君はぼっちだからここに来たんでしょう?」
「………………。そ、それ、そんな強調して言う必要あります……?」
「あるね」
そう言って先輩はおもむろに立ち上がり、
「ちょっと来てごらん?」
そう言われても生憎今は立てそうにない。いや、流石に大丈夫だと思うよ? でもほら、万が一のことを考えると、ね……?
俺は代わりに曖昧な笑みを浮かべてチラリと先輩を覗き見た。すると先輩は何度か目をパチクリさせた後、ニターっとわざとらしく口角を吊り上げてみせる。
それから俺の耳元までそっと顔を持ってきて、
「どっちもじゃん」
「…………」
よ、余計に立てなくなっちゃったでしょうが……。