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Old fashion  作者: 小坂戒
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女主人

 2月22日付けの手紙が今更届いていた。

 いくらお国仕事であろうとも7日以上空くのは感心出来ないものだ。

 送り主はパリのバスティーユの近くに住んでいて、名前がアンナ・クロードヴィス。

 生きていたことに何より驚きを覚えるが、囲われた女の身分で主人の姓を名乗る図々しさは変わらず、馬鹿で無教養のままだ。

 だのに、主人に尻尾を振るのだけは得意で政治思想だかなんだかを神妙にふむふむと聞いている内に感化されてしまったと見える。

 手紙のうちには、やれ社会思想だ市民の権利だ云々と喧しく並べ立ててあるのだから。

 パリでは夜毎に宴会名義で革命のための集会を開いていたところ22日にお上から突然の停止命令が来たのだ、だから私も只の女ではあるが声を張り上げるくらいは、座り込んで抗議するくらいならば可能なのだと、何とも勇壮な事も書いてある。

 アンナからの手紙はたったの半年振りなのに、愛人生活も決して凪の様に幸せになれるわけではないのか、自分とは違う方法を選んだアンナが幸せになっているかどうか少しは気にしていたというのに。

 半年で自分の服は大体4倍になったが、向こうは精々二倍程度であろう。

 常連には違う服で対応せねばならぬ上に、季節を8つに分けて衣替えもしているのだから何とも贅沢な暮らしをしているのだ、自分は。

 全くもって、場末の酒場で男にすり寄る生活や、路地で震えて家に帰れば銅混じりの水を飲む生活、はたまた遠い国で語り合う人も居らずただただ囲われて抱かれるだけの生活よりはマシなのだろう。

 けれど、そういう人は自分の好みで服を着るのだろうし自分でパンを買ったりも出来る。

 香水をつけずに済む生活を、入浴を拒んでペチコートを穿かずに済む生活があるならば、それはとても幸せなことだと想う。

 浅ましいまでに恋焦がれる自分と、きっと失望するであろう先が容易に想像出来る。

 破滅願望は願望であるうちでしか楽しくないものだと忘れないつもりだ。

 

 宛て アンナ・クロードヴィス様

 「君が変わることなく健やかな頭脳を誇っているのを何よりも嬉しく思う。君が向こうに行ってからドーバー海峡を前よりも意識するようになったことを書き記しておく。さて、フランス人のことだから革命を止めるのは不可能だとしても、僕はあの社会主義者、ルイ・ブランもアルベールもフランス人が信用すべきではないと考えている。彼らは社会主義を標榜しているのだ、フランス人の土地を根こそぎ奪う事業をすぐに始めなければ存在価値を失ってしまう。怒りんぼのフランス人にとって、由々しき事態ではないか。社会主義者に加えて、日和見を決め込んでいた資本家も陣営に引き込むべきではない。市民革命と豪語したのなら全ての資本家から金を差し出させるほどの威容が無くては恥ずべき事であろう。国に楯突くだけが革命ではない、貧しい市民以外の全ての人種よりあらゆる物を取り戻すのを革命と僕は呼びたい。

 君が君の考える理想に対して尽力される事を切に願っている。どうせなら、アンナ・クロードヴィスが女ナポレオンと成ってドーバー海峡を渡ってくるのが望ましいのだが。そうして会えたとしたら素敵な事だ。

 では、日々の生活に絶望のないことを。」

 マーガレット・レイバンド・キール


 この内容も逐一確認されて、写しを取られて、個人の文章への陵辱としか言い様の無い行為が繰り広げられるのだろう。

 折角良い紙を使って、綺麗に折まで付けたのに、ほとんどがまた無駄になる。

 三等紙を大量に持ってこさせて全部内容が無いままに綴っていったとすれば、お抱えの奴等の目を存分にいたぶってやる事も出来るのだから。

 今は耐えよう。

 近い内に娼婦殺しが現れて、手始めに私の内臓を抉ってくれるかもしれない、たまたま足を滑らせて頭を打つという運命にも恵まれているかもしれない。

 だが、その前に伯爵がまた変な召使を送り込んできた。

 主人に対して少し言葉をかけられただけで礼儀を忘れる馬鹿であるが、送られてきたこと自体に感謝する。

 遠くない日に何かが起こる、それはきっと愉快で下らなくて辟易するもので、とても自分を悲しませてくれるであろうから。

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