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Old fashion  作者: 小坂戒
8/9

発熱

 舗装されていない道を車輪が進むこと、ほぼ二時間、周りは既に緩やかな丘が広がる田園地帯になっていた。

 牧歌的風景と言っても差支えが無いほど強制されることの無い風景が広がっている。

 猫の細目の様な月に届きそうな丘には囲い込むための柵が、所々には林があり、音からは小川が幾らか流れていることが察せられる。

 一時間ほど馬車らしくないほどの速度で進んでいたのは、つまり此処を目指していたからで、目の前に取って付けられた様に建っている屋敷を除いては周辺に他の家屋を見つけることは出来なかった。

 足弱に取ってはこの環境は軟禁状態とさして変わらないのかもしれない。

 それに、屋敷が一棟、そこに建っているだけで厩舎も倉庫も無いということは、この屋敷とロンドンを繋ぐ手段は老執事と馬車だけだと考えても良いのだろう。

 馬車を玄関の前に寄せて、私たちを外に出すや老執事は明日の夕刻に迎えに来ると言い残し、寸刻と待たずにロンドン指して帰っていった。

 その際、馬車の後部に設えられた座席に馬丁と老執事がしっかりと間を空けて座っていた。

 階下の最上位と屋敷の内にすら居られない馬丁が同じ席に大人しく座っているだけでも充分平和的な光景だと思うべきか。

 

 鍵穴に差し込む音、鍵を回す音、扉を開ける音。

 続いてアリックスが寝起きにいつも立てる細い鳴き声を上げたので、後ろから叱るような口調の言葉が届いた。

 「黙れ」

 短く呟いただけで、片側だけ扉を小さく開けて屋敷へと入っていく。

 早足になって扉に寄ると、女主人がピッタリと扉に寄り添っていた。

 「お前は私の使用人。だが、鍵は常に私が持っている。これからも手放すつもりは無い。つまり、私が扉を開けたら走れ」

 一つ、首肯で返事とし、屋敷のうちへと足を運ぶ。

 扉の外は夜であり、内はまごうことなき闇であった。

 蝋燭に火が灯っていないのは当然のこと、この屋敷の窓には恐らく全て暗幕がかかっていたのだから。

 「陰気ですね。月の光程度なら眩しくはないでしょう」

 「慣れることだ」

 質問された事など意に介さないようにマリーが言葉を続ける。

 「お前の部屋は無い。二階の倉庫に幾つかベッドが転がっているはず、それを使え」

 それだけ無関心で、左に、恐らく扉へと爪先を四十五度捻るように向けた。

 「お前は二階。階段は見えるだろう。部屋が三部屋あるから、どれを使っても構わない」

 二言三言と言わずに文句も質問も抱えている。少しでも届けばよいと右腕を伸ばしてみた時に、またアリックスが鳴いた。

 加えて、伸ばした肘に鈍い痛みを感じた。

 ほんのりと体が上気しているのも感じられる。

 旅の疲れ、あるいは人と話しすぎたのかもしれない。

 熱に因る溜息をつきながら、階段をゆっくりと登っていった。

 肘は勿論、腰や肩にも熱を感じながら。 

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