とある宇宙船と人型アンドロイドをめぐる物語
人類は地球を脱出せざるを得なくなった。
太陽活動が活発化し、年平均気温は南極ですら50℃を超えるようになったためだ。
数百万年ぶりの大絶滅は地上の生物をほぼ絶やし、今では一部のサボテンや地衣類、他には微生物の類いくらいしか見かけることはなくなった。
人類は様々な手段で宇宙進出への道を模索。しかしその道は険しく、その過程で人類はその数を極端に減らすこととなった。結果として、ある国は衛星軌道上に居住基地を浮かせ、ある勢力は月、またある組織は火星に移住することとなった。
しかしそのいずれにしても、今のところは地球からの資源がないと存続することはできない。
結局のところ、地球という惑星で生まれた生き物は、地球でしか存続できないのだと思う。
これはそんな未来の、とある輸送船を巡る物語。
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プシューと音がして密閉扉が開き、男が入ってきた。その浅黒い肌と筋骨隆々の体からはハードな力仕事をこなしていることが伺える。
「よう、目覚めはどうだい?」
男が部屋の入口から自分の隣まで歩いて来ることによって、それまで丁度シルエットになって見えなかった顔が伺えるようになった。齢三十前半の黒人のように見える長身の男は、長い髪を編み上げて後ろで束ねている。
「--お前は何者だ?」
「こっちが聞きたいね。お前は俺の船に仕掛けてきたよくわからん連中の物置の中に転がってたんだ。おおかたなんか訳ありだろう。あんたの素性聞かせてくれや。」
しばし間を置いて答える。
「何も...思い出せない...。」
「記憶が、何も無いんだ。自分の...名前...生い立ちすらも...思い出せない。教えてくれ、ここはどこで、お前は誰で、私ははどう--」
「まあちょっと落ち着け。」
「素性の全く知れんあんたに教えられる情報はないし、その拘束も解かない。」
昂って飛び起きようとして鎖に弾かれ、床にたたきつけられた私を、男は元の位置に寝かせ直しながら言う。
「一応お前は擬似感情を搭載してるみたいだから形式に倣って聞く。お前のプログラムやログをスキャンするが構わんな。拒否すりゃそのままデータ上書きするだけだが。」
「待て、どういうことだ?まるで私が機械みたいな...えっ?」
そう言われて初めて自分の体を眺めて気づく。拘束たいの巻かれた腕は、ホンモノの皮膚のような質感ではあれどそこに人肌の温もりはなく、無機質な機械のそれであった。
「はっ、おいおい勘弁してくれよ。最近のアンドロイドは自分のことを人間だと思い込んでやがんのか?見た目じゃあもうよく見ねえと区別つかねえのに根っから人間のフリされちゃあもう俺じゃお手上げじゃねえかよ。」
「ちょっと待ってくれ。本当に...私は、アンドロイドなのか?私は今の今まで、自分のことを人間だと認識していたんだが...」
「ああ?まだ抜かすか?そこに鏡があるからそれで自分のことをもう一度よう確認しろ。」
男が指さす方向には鏡があり、そこに映し出された自分の姿を見て私は思わず仰け反って声を上げた。
私はつい先刻まで自身のことを確かに人間だと思っていた。というか自分が機械であるなんて考えもしなかった。視覚があり、聴覚があり、それらの情報をもとに外界の情報を自分の中で組み上げて認識とし、それを元にしていろんなことを推測し、それが私の感情を高ぶらせ、落ち着かせ、不安にさせ、怪訝に思わせていたはずだ。
これは機械とは違う。
そもそも機械の思考や感情とはパターンであり、その状況に合わせて適切な情報や表情を吐き出すだけで、それは自我とは違う。
でも私には確かに自我がある。考え、どの選択肢を取ろうか葛藤し、悩み、行動を自分の意思で選択していたつもりだ。
それなのに、鏡の中にいる自分はとてもではないが人間とは言えない見た目をしているのだ。外見こそ人間の女性を模して作られているようだが、その顔は損傷を受けて皮膚は破れ、大きく欠損していて、そこから配線やセンサーなどが露出している。左足は膝から下が外れており、そこからも赤や緑の線が垂れ下がっているのだった。腹部にも大きな亀裂ができていて中の機構が複雑怪奇なのが見て取れる。
「どういうことだ、これは...」
「スキャンするぞ、いいな。」
男の再度の確認に、私は最早、声を上げて返事することができなかった。
「スキャンするぞ。」
その声を最後に、私の意識は途切れたのだった。