???ダンジョン:第一階層
僕はダンジョンの奥へと進んでいるがこれといって進展がない。ただ薄暗い道が続いているだけ。途中分かれ道もいくつかあったのだが、どちらへ行っても何もなかった。
途中でゴブリンとも二匹と会っているが最初よりも落ち着いて倒せていた。全て闇討ちのようなもので倒しているのだが。
命を奪うのに抵抗がなくなったわけじゃない。ただ割り切っているだけだ。ただでさえ人に近い見た目をしているから心への負担もきついものがある。でも、割り切るのが上手くいくのも落ち着いて倒せるのもきっと楽のお守りのおかげだろうな。
しっかしどうしてこうも迷いやすいんだ?またあの壁の所まで戻って来ちゃったじゃないか。どうすればいいんだ・・・
そして、壁に隠れていた部屋で呼んだ本の内容が頭によぎる。
「あ!マッピング!」
本に書いてあったことを思い出し、思わず声に出てしまった。割と近くから足音が聞こえる。
声に反応してきたのだろう。
三回も戦闘してるし、僕も正面から戦うことくらい出来るようになっててほしいけど。
僕がゴブリンと面と向かうと今でも最初の戦闘時と同じ緊張が走る。僕は先に手を打った方がいいと判断してすぐに動き出す。ゴブリンが僕と対峙しようとしている頃には僕は走り出していた。そして一閃。
しかし、ゴブリンも刃物を持っており、僕の動きに対応してきた。刃と刃がぶつかり、金属音が鳴り響く。鍔迫り合いの状態で動きが止まる。今はただ純粋な力比べとなっていた。
僕は次の行動に迷う。だが、ゴブリンに迷いはなく刃の角度を変えて、そのまま振り抜いた。そして僕の腹部を深く切り裂くかと思われたが、咄嗟の判断で一歩下がり、刃物は僕の腹部を浅く切り裂く程度で済んだ。
「くっ!」
初めて味わった腹部を切り裂かれた痛みに動揺するけど、次にどう行動するか判断する部分は頭に残っていた。斬り抜けて隙ができたゴブリンの腹部を捉えて短剣を突き刺し、そのままゴブリンの脇を抜ける。
ゴブリンは悲鳴を上げて、じきに絶命した。息を整えてゴブリンを見る。やはり少し罪悪感はある。けれどすぐに気持ちを切り替える。
今回の戦闘で攻撃された後、すぐに反撃できたのは三体目のゴブリンに奇襲をかけた時、攻撃を外してしまったことがあった。それから慌てながらも何とか追撃できたことを経験していたからだろうな。
「はあ、攻撃を受けたときは少し焦っちゃった。でもゴブリンについても少しずつわかってきたな」
ゴブリンは攻撃の間隔が長くて、奇襲には対応できない。それにみんなポーチを持ってる。中身も一緒だ。だから今のところ、僕は食料や飲み物にも困っていない。
「この短剣も頂いておこう。なにか役に立つかもしれないし」
ゴブリンが使っていた短剣をポーチにしまう。しかし、この短剣と僕がもらった短刀を比べると刃の出来具合が段違いだ。短剣はボロボロだが、短刀は綺麗すぎるくらいだ。この薄暗い洞窟を照らす光すら反射しそうな程である。
「さて、戦利品も頂いたことだし、マッピングしようか・・・って紙がないな。真っ白になった本からもらってこようかな。なんか悪い気がするな」
あの部屋があると思しき場所の近くに最初に戦ったゴブリンの棍棒を立てかけておいたのだ。しばらく歩いて棍棒を見つけ、その付近の壁を伝いながら歩いていると壁が抜ける場所をもう一度発見した。
あの部屋に戻り、真っ白になった本の表紙を見てみると、読む前とは違うことが書かれていた。
“マッピングに気にせず使ってくれ。それにペンも机にあるものを持っていくといいだろう”
この文字を見て僕はまた感謝する。そしてもう戻っては来ないという意思を込めながら、壁を抜けてようやくマッピングを開始する。今いる場所をマップの真ん中にして歩いていこう。マッピングを開始していくと道中に戦闘を挟みつつ、順調に通っていない場所を潰していけた。
*
そして残った最後の道。そこだけ雰囲気が違った。注意深く進んでいく。すると大広間に出た。
この部屋を一周見渡して異変に気付く。なんと、どこを見渡しても壁でさっき通って来た道がない。そんな異常事態に会い、驚くのを置き去りにして僕はすぐに警戒をした。
しばらくして部屋の中央に禍々しい魔法陣が浮かび上がった。そして光を放ちながら何かが出現してくる。そこに出現したのはゴブリンに似てはいるけれどゴブリンよりも横にも縦にも大きく立派なモンスターだった。
「ホブゴブリン・・・!?」
身の丈が僕よりも大きく、身長は2mといったところだと思う。まさしくホブと呼ぶにふさわしい体躯であった。そんな巨体が手には背の半分くらいの石製の棍棒を持っている。棍棒の先は研磨されており丸くなっていた。半分とはいっても1mはある。
そんなものを直撃で喰らえば確実に死ぬだろう。
今回は相手の出方を見よう。無謀に突撃しても、僕がやられるだけだろう。自分でも驚くほど冷静だ。でもそのおかげで僕はきっと今の本気を出せる。
僕は最大限に警戒する。するとホブゴブリンが動き出し、棍棒を大きく振りかざす。体型の所為か、動きはゴブリンよりも遅いおかげで攻撃に反応できた。攻撃を避けることに成功をしたが、棍棒が振り落とされた場所には小さなクレーターができていた。それを見て僕はホブゴブリンの危険度をさらに引き上げた。
その後も攻撃を躱しながら、ホブゴブリンの観察を続けて分かったことは、攻撃の間隔がゴブリンよりも短くなっているということだ。
そしてホブゴブリンが攻撃した後を狙って僕も攻撃を開始する。狙いは腹部だ。刺してくれと言わんばかりに出た腹を狙うことにした。短刀が届く距離まで接近し、突き刺さずに切り裂き横から走り抜ける。
ホブゴブリンの肉質も分からないまま突き刺すのは危ういという考えのもとだ。何回もこれを繰り返していく。深く切り裂くことは出来なかったが、どうやらあまり抵抗なく皮や肉を裂けることからホブゴブリンの腹の肉質はそこまで硬くないようだ。ゴブリンよりも少しは硬いが。
だが、やはり決定的なものが足りない。そのことを確認し大きな隙と深い傷を狙っていく。しかし、ホブゴブリンも学んでいるようで、こちらの行動がパターン化されていることに気づいてきた。攻撃がささりにくくなってきている。
またホブゴブリンは攻撃を仕掛けてくる。いつもの縦ぶりだろうと僕が接近すると縦振りのフェイントをして、横薙ぎに振ってきた。僕はこれに反応出来なかった。だが、幸運なことにホブゴブリンも攻撃のタイミングを見誤り棍棒の先の丸い部分が僕の横腹をかすっただけで済む。しかしそれだけでも、僕は吹き飛ばされた。それにより、僕は短刀を手放してしまい、短刀は遠くに落ちてしまった。意識は保てている。しかし頭がチカチカする。
「ぐはっ!」
・・・不味い!短刀があんな遠くに・・・どうすれば!
そう考える内に、ホブゴブリンが距離を詰めてくる。そして、短刀を手放してしまった僕は一気に自信を無くしてしまった。また、あの時のように、後ずさる。
結局僕は何もあの時から変わってないんだ。弱いままなんだ。折角、魔法までもらったのにな・・・
そう思うと何故だか笑えてくる。自分自身を嘲笑うかのように。
でもこんな僕のまま終わるなんて・・・こんな訳も分からないところで死ぬのか?嫌だ! 何か! 何かこの形成を逆転する方法は・・・!
その時、手に腰のポーチが当たった。
そうだ!あのゴブリンの短剣!まだ、僕はやれる。
必死に考えを巡らせる。いつもより何倍も速く脳が活動し、勝利の一手を考える。
まずは相手の行動を制限しないと。この短剣、どの部位に刺しにいくか。足?いや、また突撃したって横薙ぎを喰らうだけだ。それに切れ味にも不安が残る。なら何処に?・・・っ!!
目?短剣を刺しにいくんじゃなくて投げる。投げた経験はないけど本でならやり方は読んだ。頼れるのはこの一手。まだ短剣を取るな。丸腰を装うんだ。慎重に、タイミングを見誤るな。
そして訪れる。ホブゴブリンは僕を次の一撃で殺そうと一段大きな振りを仕掛けてくる。奴の顔の前にあの大きな腕がなく目が開いている瞬間。すぐにポーチから短剣を出し、投げる。結果は・・・
見事右目に命中。ホブゴブリンの体勢が大きく崩れ、片手で目を押さえながら方膝をつく。その瞬間、僕は手放した短刀をすぐに拾いにいく。
骨が折れているのだろうか。走ると鈍い痛みが胸のあたりに響く。しかしそんなものに構っている暇はない。僕はホブゴブリンの後方にあった短刀を拾う。
まだ目を押さえ、呻いているホブゴブリンの首に狙いをつける。そして、走り込み、ホブゴブリンの曲げた背中から大きく飛んで突き刺す。ホブゴブリンはすぐに暴れだした。それにより僕は体勢を崩し、短刀に掴まった状態となった。そして突き刺さった短刀は暴れるホブゴブリンの肉を裂き続ける。またあの気持ちの悪い感覚だ。
やがて短刀はホブゴブリンの体から離れ、僕はそれと共に地面に落下する。ホブゴブリンはそのまま大きな音を立てて倒れ込んだ。
「・・・やって・・・やったぞ・・・僕は・・・まだ死んじゃい・・・ない」
そう吐き捨てると僕は意識が朦朧としてきた。疲れが、緊張が解けたと同時に一気に襲って来たのだろう。
*
「ん・・・僕は?あっ!ホブゴブリン・・・は倒したんだっけ?」
体に痛みやだるさはもうなくなっていた。胸に響くの痛みもなくなっており不思議であったが考えても分からない。
体を起こして周囲を見渡す。すると、そこにホブゴブリンの死体は無く、代わりにこの空間の中央に箱のようなものが置いてあった。それにその箱の傍に投げた短剣も落ちている。短剣を拾ってポーチに仕舞ってから箱を開ける。中には軽装な服と腕にくっつけることができるクロスボウのようなものと矢が入っていた。特に服は戦闘のせいでボロボロになっていたから今支給されるにはちょうど良かった。
そして奥には無かったはずの通路が続いている。通路を進むと、その先には階段が続いていた。
少し驚くも、ここからまた戦いが始まると気を引き締めて階段を降りる。
そして舞台は第二階層へ