浄化の神 アルマタリス
数日が経ち焔は真剣な表情で僕に話した。焔から出た言葉を僕は正直聞きたくはなかった。
「アルマタリスを封じ込めている結界があと一週間後に崩れる。奏太、覚悟はしておいてくれ。ぎりぎりまで修練もな」
これをこなせば僕は帰れる。しかし、相手は神と呼ばれた人間だ。焔の形をしたゴーレムを焔自身として捉えて殺したとはいえ、人を殺すことに慣れたわけじゃない。これからも慣れたくはないが。この世界に来る前よりも人を殺すイメージをすることは容易になった。でもいざ人を殺すということに直面したら、僕はまた刃を突き立てることはできるのだろうか。不安が募るばかりだ。
「・・・はい」
弱気な僕の返事に焔は何も言わない。同情にも似た表情を向けてくる。ただそれだけだった。
「三日後にアルマタリスを殺してもらう。頼んだぞ」
僕は静かにうなずいた。
それから決戦の日まで僕は焔が作ったゴーレムを相手に戦い続けた。しかしこれといった実感がなくどうにも人間を相手にしている感覚をもてないまま決戦の日を迎えた。
焔は僕を緑色の葉をつけた桜の木へと連れて行った。焔は桜のその大きな幹に手を置いた。
「この先にアルマタリスが封印されている」
この桜の中にアルマタリスがいるということだろうか?確かに1人入れるには充分過ぎるほどその幹は太いがどうにも納得がいかない。その疑問を焔に尋ねてみた。
「この木自体が結界の一部となっているんだ。守護の力によって時空が切断されていてはいるがこの結界は俺たちが過ごした空間を作っている結界と違って歪みを生じている。守護の力を持っていない者が触ってもどうにもならないが守護の力を持った者はこの結界を透過できる。つまりお前だけ通れるトンネルってことだ」
僕しか通れない。本当にここからは僕だけで戦うことになるんだ。覚悟はもうできている。
僕は一歩一歩確かに歩いて桜の木に近づく。木のもとまで辿り着き右手で触れようとする。しかし、右手は幹をすり抜けた。ここに入ってきた時と同じだ。右手を引き抜き僕は深呼吸してから焔を見る。
「行ってくるよ」
「ああ、頼んだ」
僕は木の中に入っていった。
何事もなく結界の中に入ることができた。入ってきた場所は白く靄がかっている。結界内は僕が焔と暮らした空間と形が似ており半球型に広がっているが大きさはそこまで大きくなく半径50メートルもないほどだ。地面は足の甲まで満たない水で満たされていて歩くたびに音が鳴る。上を見上げれば空は黒色で覆われておりこの空間は今は夜なのだとわかる。そして大きな満月と多くの星々が光り輝いていた。月明かりのおかげで夜とはいえ周りに何があるかはっきりわかるほどになっていた。僕はその情景に見惚れていた。
ピチャと音が聞こえる。
音のした方に視線を向ける。音はこの空間の中心からしていた。中心には蓮の花が咲いている。
その上に少女がいた。蓮の花の上に座っていたのだ。
少女は腰まであろうその長い銀髪を水面に浸し、白い肌をところどころ晒した純白のドレスも水で濡れており透けて足の部分に張り付いてた。その肢体はとても妖艶に綺麗にうつった。
少女はこちらに振り向いて小さく口を開けた。
「ゼノ様・・・?ではないのね」
透き通るような声音を残し少女は悲しげな表情で顔を背けた。僕は途端に胸を締め付けられる気がした。
僕はたった今出会ったこの少女に恋をしたのか。はたまた唯興味なさそうな感じが悲しかっただけか。もしこの少女がかのアルマタリスだと言うのなら僕は。何か喋ろうとする。しかし声は喉を通らない。思考もまとまらない。身体もこの場所から動こうとしない。時間が過ぎていくばかりである。一生時が動かないように感じていたとき、少女から言葉が発せられた。
「私を殺しにきたのでしょう?抵抗はいたしません。また数多の命を奪ってしまう前に私を終わらせてください。これでもう『声』も聞こえなくなる」
彼女からの願いだ。殺してほしいと。焔の願いが望んだ結果と同じ。2人の願いを叶えるのだから僕はただその通りにすればいいだけだ。
「いや・・・です」
僕は断ってしまった。彼女を殺したくない。そう思ってしまったのだ。せっかく決めた覚悟も揺らいでどうしようもなくなってしまった。彼女はポカンとしている。
「君はバカなの?もうすぐ私は自分の力を制御出来なくなる。だから私がこのままここから出れば世界が終わる!」
彼女は立ち上がりこちらに歩み寄ってくる。
「浄化の力を司る魔力がもう直ぐ暴走する。時間がないのよ!!」
彼女は怒号を飛ばしてくる。彼女はもう目前まで迫っている。彼女の顔をはっきりと見ることができた。その目に涙を浮かべて大人っぽさを感じつつもどこか幼い。僕と同じくらいの年頃なのだろうか。そんな緊張感のないことを考えてしまうほど彼女に目を奪われていた。
油断していると彼女は僕の腰に手を伸ばしてきた。そして彼女は一歩下がった。何が起きたか理解できずに彼女を見る。彼女の手にはギフトが握られていた。そして両の手でギフトを構え、喉元に刃先を向けた。
「本当は誰かに殺してほしかったのだけれど、あなたがそんなんじゃ自分で死ぬしかないじゃない。こんなにも長くの時間を待つ必要・・・なかったな」
刃先が喉元に触れた。僕の体は動かなかった。瞬きする間に彼女は自殺してしまう。しかし、刃先はそこから動かない。ギフトを手にした両手はひどく震え、彼女の目からは涙が溢れていた。死ぬのは怖い。誰だってそうだろう。僕は彼女をひどく恐ろしい状況に置いてしまっている。
僕は新しい覚悟を決めた。彼女に一歩歩み寄る。そして手首をつかんでゆっくりと下ろさせる。簡単に腕は下がった。しかし、ギフトを離す様子はない。いや離せないのだろう。きれいな顔がぐちゃぐちゃになってしまっている。そして僕はようやく声が喉を通る。
「君を殺さない。殺さずに救ってみせる」
守護の力は万物を隔絶する力。ならば浄化の力の核となっている魔力を結界で覆ってしまえばいい。彼女を恐がらせた責任を取らなくちゃいけない。絶対に成功させる!
彼女の身体に魔力感知を集中させる。一箇所異質な魔力を放っているのを感じ取る。
「見つけた」
胸の真ん中のあたり、心臓部に浄化の魔力の核がある。そこに結界を創る。この魔力を球状に覆うイメージを作るんだ。イメージはしっかりと作った。しかし手ごたえを感じない。ゴーレムたちのようにはいかないってことか。もっと守護の魔力を使って結界を構築しようとするがそれでもまだ結界は完成はしない。けれど今度はほんの少しだが手ごたえを感じた。
この調子で力をもっと強くしていけば!!強い力を使えば使うほど抵抗も強くなる。次第に『声』がはっきり聞こえ始めた。この力を継承した時と同じ『声』たちだ。頭が痛い。だけど構うものか。僕は彼女を必ず救う!あと少し!!
「浄化の力が・・・なくなった?それに『声』も」
彼女は驚いていた。どうやら結界は無事に完成したみたいだ。僕は安堵の息をこぼす。
「君、何したの」
「いや、ちょっと結界を・・・」
視界がぼやけてクラッとする。彼女は僕を受け止めてくれた。優しくふかふかのタオルに包みこまれたような感触だ。熱い。全身が熱い。意中の人に支えられたのは初めてだ。離れたくないな。そんなことを思っているとガラスが割れるような音がそこかしこから聞こえた。はっきりしない意識の中、周りを見るとこの空間の壁の所々が割れていた。
「ここはもうすぐ崩壊する」
彼女が呟く。崩壊?なんでだ。まだ数日はここの結界は大丈夫だって焔が言っていたのに。とにかくここにいちゃまずい。彼女の手を引きここに入ってきた靄に走り出そうとする。しかし彼女の表情は愁いを帯びていた。
「この結界は私を閉じ込めるための結界。私は出られない。君だけで逃げて。浄化の力は封じられたみたいだし君の役目は果たされたの。だから安心して私を置いて行って」
何言ってるんだ。冗談じゃない。僕は彼女の手を強引に引っ張って靄に走る。そして無我夢中に靄に飛び込んだ。僕は入ってきた桜の幹から顔を出した。体も結界の入り口から出た。彼女の手を感じれているままだ。手は握れている。遅れて彼女もそこから出てきた。
彼女は目をぱちくりさせていた。状況が飲み込めていないようだ。何も考えずに彼女を連れだした僕もなぜうまくいったかは全然分からない。互いに疑問の顔で見つめあっていた。
「・・・なんでここにいるんだ、アルマ?」
背後から焔の声が聞こえた。まずい。焔は彼女を殺せといった人だ。今にも彼女にとびかかって首を切ってしまうかもしれない。僕は彼女の前に立ち焔と対面する。焔はなにもしてこない。むしろ動き始めたのはこっちの方からだった。僕の横を通り過ぎ彼女は焔に向かって歩いていった。何が起こっているのか理解できなかった。彼女は焔に命を狙われているのに自ら前に出たのだから。
「焔さん、お久しぶりです。私、出てきてしまいました」
「驚いているよ。とりあえず久しぶりだな」
焔と彼女は知り合いだったのか。僕の心配は杞憂に終わりそうだ。
「と言いたいところだが浄化の力はどうなった」
焔は姿勢を変えてはいないがすぐに刀を抜く所作に入ろうとしている。返答次第で彼女を殺す気だ。僕は慌てて声を出す。
「僕が彼女の中にある浄化の力の周りに結界を張ったんだ。きっともう彼女は浄化の力を使えない」
焔は少し驚きの顔を見せた後、右手を顔に当てて何か考えている。しばらくして納得がいったようでこちらに向き直った。
「なるほど。それができたのなら納得がいくな。アルマの中に結界ではあるが守護の力が備わった訳だ。だからあの結界から出られたんだろう」
確かにあの結界は守護の力を持つ者だけが通れるんだ。それなら納得がいく。
「それにしても浄化の力を封じ込める結界を張るなど思いつきもしなかったな。ゼノでもできなかったレベルの芸当を数日前に力を得たお前がしてしまうなんてな」
僕はすごいことをしてしまっていたらしい。確かに結界を張る時は膨大な力を消費したからな。少し誇らしくもある。焔が認めていた人の一部を上回ったのだから。
「まさかゼノはこれを見越していたのか。まあ、なんにせよアルマを殺さずに済んだことは俺も嬉しい。よくやってくれた」
素直に感謝されると少し恥ずかしい。僕は少し頬を赤らめた笑顔を見せる。いろいろと一段落着きそうで安心だ。




