今とるべき進路
ベッドから体を起こして、今日はどうしようか考える。
「あっ、時計が欲しいな。無いと不便だし」
そう思い、普段着から着替えて、いつもの装備を身につけて、お金の入った小包と水着を持って部屋を出ようとした時、違和感を感じた。
「小包、なんか軽いな」
小包を開けて、中を見ると銀貨3枚ほどになっていた。どどどどうしよう!宿代、払えなくなってる!これはまずい!働く?けどどうやって。モンスターを狩ってギルドに買い取って貰う?ここに来るまでの遭遇率じゃ気が遠くなりそうだし、通行料が勿体ない。今から海にも行きたかったし、ってこんな時に遊んでる余裕なんて・・・案外あったりして。
「魚、買い取って貰えるのかな?分かんないからとりあえずギルドに行こう!」
ドアを壊しそうな勢いでギルドへ向かって駆け出した。
*
ギルドに入ると、受付では長い列を作っていた。朝はみんな早いのかな、なんて思いつつ最後尾に並ぶ。映像で貼られた掲示物のうち、魔物討伐という枠を見ると近隣のゴブリン五体の討伐、オーク三体の討伐などがあった。報酬は・・・それぞれ銀貨3枚!?結構高いな。でも、今日は魚も買い取って貰えるのか確かめに来たんだ。それにゴブリンとかオークとか今日中に見つからないかもしれない。うん、魚の方がいい。いいに決まってる。
「次の方、どうぞ」
前を見ると僕の番が回って来ていた。魚を獲ることに決意を固めている間に、結構列が進んでいたみたいだ。その受付に行くとそこにいたのは昨日僕を担当してくれた佐倉さんだった。初めての人と話すのは毎回緊張するから同じ人ってのはありがたいけど、また質問することになるから申し訳ないな。佐倉さんと顔を合わすとにっこりと笑ってくれた。
「今日はどのようなご用件ですか?」
「ええっと、連日すいません」
「いえいえ。それにそういう事は気にしないでくれるとこちらも嬉しいです」
「はい。じゃあ、ギルドの買い取りって魚も可能ですか?」
「出来ますよ。ですが、魚の買い取りは魚を獲る日を素材買い取りの受付で記して、その記した日の内に納品して下さい。小型の魚は五匹から買い取り可能で、一匹を持ち込んでもこちらでは買い取れませんのでご注意下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
質問受付から離れて、素材買い取り受付に向かう。受付に着くと朝なのになぜか全然空いていた。朝に漁師が集まらないってことは魚市場とか他にあるのかな。受付には眼鏡をつけていて見た目計算出来そうな「若野」と書かれたプレートを付けた男性が立っていた。
「すいません。魚の買い取りについて記したいのですが」
「はい、魚の買い取りについてですね。初めての魚の買い取りでしたら銀貨一枚とこちらの紙に貴方の名前と獲ってくる日を空欄に書いて下さい」
全て書き終わり、紙と銀貨を出すと、若野さんが今度は違う紙を渡してきた。
「魚をそのまま持ってくると鮮度が落ちてしまうので簡略化されていますがこの魔法紙に書かれている“フリーズ”という魔法を覚えて下さい。見るだけで覚えれるので好きな時にお使いください」
「魔法紙ですか」
若野さんは魔法陣が描かれた紙を渡してくれた。見るだけとか簡単すぎるな。いやダンジョンにいたときもそうだったか。
「ありがたく使わせていただきます」
銀貨一枚はこのためかな?
「魔法って銀貨一枚程度の価値なんですか?」
気になって聞いてみる。
「いえ、市場に出回っているものはこの比にならないくらい高いですね。これが銀貨一枚なのは、これからギルドに利益をもたらしてくれるだろうという期待からですよ」
はは、と笑って答えてくれた。
「まぁ、冗談ですけどね。国がギルドに寄付してくれているのですよ」
と続けた。そうなのか、じゃあこれから魔法を覚えようとしたら大金を払わなくちゃいけないのか。
僕はありがとうございますと言って受付を離れて、受付の隣にあった店で肩に掛ける紐がついた魚を何匹も入れれそうな箱と昨日忘れていたゴーグルを買った。お金はギリギリ大丈夫だった。水着に着替えて早く海に向かおう。こうなったら、魚なんて10匹でも20匹でも獲ってやる!
海岸に着いた僕は崖際から海を見る。僕が立っている崖の反対側も崖となっておりこの両端の崖と真ん中にある砂浜でU字を造っている。
魚を獲るのにはウルを使う。まだウルの性能をしっかり知っていない。それにウルに僕を引き寄せるだけの力があるのか気になっていたから丁度良い機会だ。それにそんなことができたらカッコいい。だから海で使う前にまず崖の間で使っておこう。慣れてからのほうがいいだろう。それに落ちても下は海だ。
向こう岸にある家が僕の手くらいの大きさに見えるから、だいぶ距離は離れている。左手首をロープで縛って、魔力を少し流してみる。すると、少しずつロープが伸びていった。今度は一気に魔力を流してみると、僕の手から一瞬でウルが向こうの端の岩に刺さっていた。
「えっ?さすがに速すぎるでしょ・・・」
驚いた拍子にロープに流していた魔力を逆流させてしまったのかウルの方に思いっきり引き寄せられた。どんどん向こう端の崖が近づいてくる。
このままじゃぶつかる!
咄嗟にロープに魔力を流した。それでも止まらなかった。けれど、スピードがこれ以上速くなることはない。崖と10メートルくらいのところで完全に体が海に沈み崖にはぶつからずに済んだ。ゆっくり魔力を逆流させて、海から引き上がってウルに吊られた状態で崖の側面に足をつける。
「はぁ、はぁ、はぁ、危なかった」
刺さっているウルへ流している魔力を断とうとしたら急にウルが抜け始めた。
そうだ!カエシの存在を忘れてた!
体が今にも宙にさらされそうになり、焦りながらも魔力を急いでウルにまた流し込む。油断大敵だな。
「今のうちに繰り返してちゃんと慣れておこう。ここ、練習にもってこいだし」
向こう端を正面に見て、背にある崖を蹴ってウルを引き抜き魔力を込めて投げる。宙に浮いているうちに、また一瞬で向こう端の崖に刺さった。今度は調節して、魔力をゆっくり逆流していこう。今度はぶつかりそうになることはなかったけど、逆流を緩め過ぎて途中で海に落ちてしまった。また崖面に引き上がり、向こう端を見て、投げる。これをウルの充分な感覚を掴めるまで繰り返した。
「だいたいこんなもんかな」
練習を繰り返して、スピードを調節できるようになり、海に落ちず崖にもゆっくりくっつけるようになった。ウルを充分使えるようになったから、今度は魚獲りだ。
潜って息が続かないようなら、すぐに崖にウルを指して引き上がろう。そしてゴーグルを装着し崖から海に飛び込んだ。
いよいよ潜ってみると、この海を例えるなら沖縄やハワイの海並みに透き通っていた。魚もよく見える。なるべく大きな魚を狙っていく。少しずつ深く潜っていくと、下で角の生えた1メートルくらいの魚が泳いでいた。獲ろうとしたけれど息が続かないと思って、一旦ウルで引き上がった。そして、急いでまた潜った。良かった、まだいる。ウルを投げようとすると、急にこっちに突っ込んできた。けど、少し距離があったおかげで落ち着いて動くことができた。
最初にウルを水中の岩に刺して、突進が当たらないようにウルで立体的な動きをしながら距離をしっかり取って、今度はあの魚に向かって魔力を思いっきり込めたウルを投げる。ウルは一瞬で魚の頭に刺さり、魚は動きを止めた。海面まで自分で泳ぎ、それから浜の場所を確認してゆっくり泳いでいった。
海から上がって飛び込んだ場所まで戻ってくる。
「流石にこの大きさの魚は入らないか」
今日買った箱に詰めようとしても入らない。
「どうにもならないし、一応今日貰って覚えたフリーズを使って放置しよう」
これも言葉で発動するようだ。対象が凍っていくようなイメージを頭で立てて「フリーズ」と言えば発動するらしい。ファイアボールと同じ要領だ。魔法紙を見てフリーズを理解した瞬間に紙に描かれていた魔法陣は消え去り、魔法紙はただの紙に成り果ててしまった。
「フリーズ!」
フリーズを魚に1分くらい当てていたらカチコチになっていた。
「成功っと。よし!今度は目安30センチのやつを獲ろう。それなら入るだろうし」
また海に飛び込んで、目に入ったさっきの魚の大きさ以下の魚を片っ端から獲っていく。1時間くらい魚を獲っても、結果は7匹だった。フリーズをして、箱に詰めていき、箱の蓋は開いてしまっているが入ったには入った。フリーズもどんどん凍らす速度が速くなっていって作業が楽に進んだ。ほんと“成長期”様様だな。
「結構獲れたな。今日はだいぶ疲れたし早く帰りたいな」
着替えて、右肩には箱を掛け、左脇には冷えて感覚が無くなりつつある手で角付きの魚を持ってギルドに向かう。ギルドに向かうまでの道で、会った人からの視線が何気に恥ずかしかった。そんな視線に耐えきれず、僕は駆け足で買い取り受付まで行った。
「あ、あの!八匹買い取りお願いします!」
魚を床に置いて受付の人を呼んだ。受付の人がこちらに気づいて、こっちに来る。
「八匹ですね。では、ついてきて下さい」
受付の裏にある扉を開いて、奥の部屋へと案内してくる。魚を床から持ち上げると、もう受付の人は背中をこちらに向けていた。あの人、せっかちなのかな?ちょっと失礼な事を思いながら、後ろについていった。受付の人が奥の扉を開けると、そこは解体施設になっていた。
「魚はあそこの板に置いておいて下さい。あとは、ここの係の者が査定などをします。出口はあちらです。それでは、私は用事で呼ばれてますのでこれで失礼します」
用事があったのか。悪い事思っちゃったな。
うーんと、あのベニヤ板みたいなのの上で良かったっけ。魚を置いたら、少しして係の人が来てくれた。魚を見たなり、驚いているようだ。そして、話しかけてきた。
「こちらの買い取りですか?」
「はい、そうです」
「珍しい事もあるもんですね。貴方、漁師さんですか?蛮魚を獲って来るのはすごいですよ」
「角付きのことですか?」
「そうです。こいつは見つけた獲物の不意をついて急に襲ってくることから蛮魚って呼ばれてるんですよ。こいつの角は道具とかに結構使えるから、買い取りは弾みますよ。おっ、こっちもなかなか」
今度は箱の中身を確認している。七匹を取り出して、じっくり見ている。
査定が終わったようで、こちらに紙を持って向かってくる。
「査定、終わりました。どれも鮮度が良いので、値段は少し上げておきました。箱の魚は、それぞれ銀貨1枚ですね。それと一角魚は金貨1枚です。こちらの紙が証明書となっていますので、買い取り受付でこの紙を提示して下さい」
「き、金貨ですか!?」
「はい、そうですよ。一角魚はなかなか獲れないですから、市場で出回る数が少ないんです。それに、角の使い道も広いので、金貨1枚とさせていただきました」
「金貨って、銀貨に直すとどうなるんですか?」
「金貨1枚で、銀貨100枚の価値があります。知らないのですか?」
「100!?あ、ええと、金貨を見たことが一度もなかったものですから」
「そうですか。なら、おめでとうございます。また大物を持ってきて下さいね」
「は、はぁ」
紙を貰って、実感が湧かないまま解体施設を後にした。それから、またギルドの素材買い取り受付に行って、紙を出した。すると、普通に金貨1枚と銀貨7枚をくれたので、さらに実感が湧かなくなった。少し驚いてくれたりしたら、実感も湧いたかもしれなかったのに。ギルドを出て、時計のことを思い出したけど、暗くなってきてるし、疲れたから今日は時計を諦めよう。宿屋に普段着を取りに行ってから銭湯に向かった。銭湯に水着と服を預けて、お湯に浸かって思った。
「明日から、遊んでもいいかな?」
いやいや、日本にいるみんなのことが心配だ。でもあんまりストイックになるのは性分じゃない。苦悩に悶える長風呂となった。
*
今日は、本当に時計を買いに行こう。そう思って、小包を持って宿屋を出てきたのはいいものの、
「時計が売ってる場所、聞き忘れた・・・」
そんな訳で、またギルドの質問受付に行った。順番を待っている間、また掲示板を見ていると気になった事があった。それから番が回ってきて、僕を担当してくれる人はまた佐倉さんだった。なんか運命を感じるけど、男なんだよね。
「おはようございます。今日はどのようなご用件で?」
「今日は、時計を買おうと思っていて、どこにお店があるのか教えてもらえませんか?」
「はい、町の地図で見ると、こことここ、あとここですね」
指をさしながら教えてくれる。ギルドに近い時計が売っている店があったから、そこにいくことにしよう。
「もう一つあるんですが、掲示物って魔物関係なものが多いものなんですか?昨日の僕のように魚とか、作物とか、もっとあっても良いと思うんですけど」
「それは・・・2か月ほど前に、古い書物にしか記されていなかった『ダンジョン』と言われる場所が出現しました。ダンジョン内にも魔物は出現し、しかもダンジョンに住まう魔物の方が強いのです。力が強かったり、知能が高かったりと。それに伴って、ダンジョンから魔物が溢れて生態系を壊し始めてもいるのです。その影響で掲示物が魔物のことでいっぱいなのです。それに最近耳にしたのですが発見されたダンジョンの一つを攻略出来そうな人がいるみたいなんですよ」
ダンジョンについての書物が気になった。もしかしたら、地球に帰る為の手がかりがあるかもしれない。真剣にまた質問した。
「その書物には、ほかにも何か書かれていましたか?僕、ダンジョンについて詳しく知りたいんです!」
「確か、『ダンジョンを知る者はセントラルに住まう』と書いてあった気がします」
ダンジョンを知っている人がいるのか!ダンジョンで僕に言葉を残していた人なのか?
「セントラルってどこにあるんですか!」
僕の勢いが強くて驚いたのか、佐倉さんはいつものような冷静さがなくなってしまった。
「え、えっと、大陸の中央にある大きな山のことです!この国から西に行けば着きます!・・・まさか、行こうとしているんですか!やめておきましょう。あそこは大変危険な場所なんです。ドラゴンの目撃情報も多く寄せられているんですよ!」
ドラゴンと聞いて、少し顔色が悪くなる。けど、ダンジョンについては知っておきたい。一刻も早く行きたい気持ちで席を立って受付を背にした。
「すいません。用事が出来ました。それではこれで」
「っ!いけませ・・・無茶はダメですよ・・・」
その声を聞いて、はやる気持ちに温かいものが流れ込んだ。そして、心の中で呟いた。
ありがとうございます