それは世界を渡る者
ウルにお礼を言った後、僕はファイアボールでウルの死体を燃やして、骨を埋葬した。ウルの自慢の黒い毛すら残らなかった。そして、またどうにも出来ないことを考えようとした。
「・・・いけない。そうだ、箱・・・箱の中身を見なくちゃ」
これ以上構っていたら、ウルは怒るだろう。
感謝、後悔、悲しみなどの色んな感情が混ざったまま中央の箱を開けに行く。中身を見ると、本と短剣が入っていた。短剣のそばには一枚の紙と鞘が添えてあった。
まず、短剣から見ていく。短剣は剣身が短刀とは違い、黒色の素材から出来ており、鋭さが目に分かるほど研ぎ澄まされていた。そして、持ち手には金属のような光沢を放つロープが巻きついていた。一通り確認し紙を見る。それは取り扱い説明書のようにこの短剣について書いてあった。この剣は魔剣であるが短刀のように鋭くなったりするわけではないのだという。魔力を流すと仕掛けが発動し、剣が変形する。剣身からカエシが生えてきた。何のためにあるのかと思っていたが、ロープの方も特殊なもので魔力含有量によってその長さを変えるものだという。魔力を流せば、ロープの長さが変わるらしい。この剣とロープが合わさると刺したモノを引き寄せることも自分をモノの方へ引き寄せることもできるわけだ。また、剣にももう一つ特性があり、魔力を一定以上流すと剣自身が加速するらしい。軽く投げただけでも百メートルは優に超えるという。
「ロープを手首に巻いてから投げるのが有効的かな。剣の回収も楽だし」
短剣を手に取ってもう一度眺める。この時僕は少し気を晴らしたかったんだろう。
「綺麗な短剣だ・・・よし。この剣に名前をつけよう。そうだな・・・黒色で僕を援護してくれる剣。・・・名前は、ウル・・・ウルにしよう」
ウルは黒い毛だったし、僕を何度も助けてくれた。けれど、一番はなによりもウルのことを、忘れたくない。
「こっちの短刀にもついでに名前をつけよう。安直に贈り物だったから、ギフトにしよう」
短剣と短刀にウルとギフトと名付けて、次に本を手に取って読んでみる。
『君は異言語を聞いたときにまともに理解できたことはあるだろうか?あるいは、ちゃんとした意味のある異言語を話せたことはあるだろうか?私は正直自信がない。何せ違う言語なのだ。異言語を自分の普段から使っている言語に無理矢理意味を当てはめては、相手の真意などがはっきりと私たちに伝わり、理解を得ることは難しいのは当然だろう。しかし、かと言って元から理解を諦めれば、どこもかしくも閉鎖的になってしまう。今の私たちのように開放的な関係を作るには曖昧とはいえ、相手が話したり書いたりしていることの意味を自分たちの言語に無理矢理にでも当てはめる必要があった。そして、その試みは今の数ある国のそれぞれの首都となっている場所から発端に始まっていった。国を成すには人が必要だ。よって自分とは言葉の異なる者も取り込んでいった。
理解を深めることでそれは大きな集団となっていった。しかし、無理矢理の理解をしている内に、理解の摩擦が起こってしまった。相手の真意を理解出来ないようなものを使っていればこのようなことが起こるのは当然であろう。そして、その不理解によりある国と隣接していた集落で、国としては好ましい条件で、集落としては好ましくない条件で開拓が進められた。国側は集落側は喜んで賛成してくれていると思っていたのだ。やがて、不幸なことに集落の人々は武器を手に取り、反乱を起こしたのだ。しかし、兵力差は圧倒的に国の方が勝っていた。国の人々は、戦争を仕掛けられた理由が分からず、戦争中は「信用させておいて、後で裏切る卑怯な奴ら」として相手をすることとなった。
だが、結局は理由が分からないので集落の長を捕らえて聞くことにした。他の者は全て殺して。意思が通じ合うようになったのは、長を捕らえてから、数年後のことだった。やっと理解したことで、自分たちに非を認めた。
理解の違いによってこんな事が繰り返されるのはいけないと思った我々は、言語の理解をこの世界に溢れる、解析は進められているが一つの謎が解ければまた謎が浮き上がるような干渉体、魔力を使うことでどうにか出来ないかと考えた。魔力について研究を進めると、ある日、相手の思考への干渉に成功した。原理も方法も分からなかったが、魔力が関わっているのは確実に言える。我々は全て異国人で構成されており、研究するときは常時魔力を放っていることを義務づけていたのだ。それからさらに研究し、ある程度この魔力の働きを理解したところで相手の脳内に物事を強制的に記憶させることにも成功した。そして研究を進め、相手の言語を自分の言語に変換できる魔法を編み出したのだ。これは言葉に関わらず文字にも適応される。これで異言語の者にも自分のことを理解してもらえるだろう。そして、研究にキリをつけ、その方法で我々はお互いに理解が深まり、関係も研究している時よりも深まっていった。ようやく研究の成果が世で活躍するのだ、と胸を躍らせて報告に向かった。しかし、報告する必要なしとして受け入れられなかった。もう今はあの戦争からさらに何十年も経っていたようだ。言語の壁は綿密に研究され、今や完璧とも言えるほど理解し合えるようになっていたのだ。公用語化だ。
それから、我々は姿を表に出ることは無かった。私は我々の研究が活かされる日がいつか訪れると信じている。その日を願い、この本を書いた。後のページを開くと魔力による脳への干渉を行い、君に無理矢理ではあるがこの魔法を覚えさせることができる。脳に負荷がかかることが予想されるから、それが嫌ならこのページで止めておいてほしい。付録として残りのページは我々がそれぞれ使っていた元々の文字をいくつか載せてある。それでは研究の成果を知ってもらったことに感謝を、以上とする』
そして僕は、脳に負荷がかかるとかを気にせずに、次のページにめくってしまった。ページをめくった瞬間、頭が縮まるような感覚に襲われたが少ししたら収まった。と思った瞬間、意識が途切れた。
意識を取り戻し、さっきまでのことも思い出す。
そうだ、言葉の魔法をもらったんだった。
実際に知らない文字が読めるようになっているか気になり、付録のページを見るとそこに書かれてある全ての言葉が理解できた。しかしそこであることに気づいた。
「あれ?これ英語じゃないか?」
どうしてだろうと考えようとしたが、答えにたどり着けなさそうだったので止めにした。
まぁ英語を理解できるようになったのは確かに便利だ。
もう、この部屋でやり残したことはないだろう。ウルとギフトを取って、ウルを鞘に納め、ギフトは前に余ったゴブリンのポーチを加工して作った鞘に入れる。ウルの鞘も腰に巻けたので、右にギフト、左にウルの入った鞘を巻いた。それから、部屋を見渡した。するといつもの如く何もなかった場所に通路ができており、その奥には部屋のような空間があることを確認した。そこに入るといつもと同じ、次の階層へ繋がる扉があった。
「ここに留まる理由もないし、行くか」
扉の前に立ち、触れようとしたが留めた。扉には日本語で何か書かれていた。
“よくここまで辿り着いた。だが、まだ足りないんだ。扉の向こう側に出たら、今度は俺のところまで来てくれ。その時は帰り方も教えよう”
「帰り方が分かる!?なら、聞かなきゃ・・・ってどこにいけばいいんだか。もう疲れたから成り行きに任せようかな・・・」
向こう側はどうなっているのか。広い世界か、それとも暗くて狭い世界か。扉を開けて一歩踏み出す。その時一瞬体が浮くような感覚に襲われた。
扉を越えて目に映ったのは草が生えた上へ伸びる階段だった。階段を上がって行くと光が徐々に強くなっていき、半目にして目が慣れるのを待った。目が慣れた頃には階段も登り終わり、視界には一面草原で満たされていた。太陽も照りつけている。明らかにダンジョンの外だった。
「やっと外に出れた!太陽ってこんなに暑かったっけ。それにしてもここは見覚えがないな。まぁ昔、困ったら前に進めば何とかなるって光助も言ってたし、とりあえず前に進もう」
未知の地を踏みしめて、僕は歩き出す。元の世界へ帰るために。
本の内容だけで1000文字くらいいってしまいました。なんてこったい。