???ダンジョン:第四階層
ボス部屋で一息ついた後、四階層を目指して歩くとウルは普通に付いてきた。降りる前にウルの傷が気になったから、ポーチから包帯を取り出して手当てしておく。
「これで良し。痛む?」
やっぱり反応は返ってこない。ウルが痛がってるか分からないけど仕方ない。先に進もう。
四階層に降りて、またいつもと同じようにマッピングから始める。ウルを隣りに歩いて進んでいるとゴブリンが横の通路から飛び出してきた。それに気づいた僕はすぐに短刀を抜き取る。ゴブリンはナイフを手にこちらにきりかかってくる。僕はゴブリンのナイフを受けた後、一歩下がりゴブリンを窺う。ゴブリンの攻撃を受けたときに今まで戦ってきたゴブリンよりも強いと感じたのだ。ゴブリンはさらに攻撃を仕掛けてくる。それを捌こうとするが中々うまくいかない。
「ゴブリンも階層が進むごとに強くなっているのか?」
僕とゴブリンは拮抗状態となっていた。どうにかこの状況を打開しないと。今の僕一人ではどうすることもできない。しかし、今は僕一人ではない。ウルがいる。
「ウル!!」
僕は嬉々としてウルを呼ぶ。しかし足音すら聞こえない。一瞬だけウルに目をやるとウルは遠くで見てるだけでピクリとも動かない。ずっとを僕を観察しているようだった。結局僕がこのゴブリンとの戦闘に慣れてきたころに、僕はゴブリンを誘い出してその際にできた隙をついて勝利した。
こんな戦闘を何度もしている。
出くわしたモンスターはゴブリンやホブゴブリンの他にもホブゴブリンメイジにも会った。ある時、ホブゴブリンメイジが魔法をウルに撃った時もあったが、表情を変えずに避けていた。
マッピングの途中で軽食を取る。っていっても食べるものは変わらないんだけど・・・。そういえばウルってお腹空かないのかな?
なんて僕が思っていると、さっき僕が倒したゴブリンの肉を食べていた。・・・全くお礼の一つもあっていいんじゃないかな。
またいくらか戦闘をしてマップも半分くらいは取れたというところでセーフルームを見つけた。
僕がセーフルームに入るとウルも特に表情を変えずに普通に入ってきた。壁を抜けるという超常現象なのに驚かないとは。
安全が確保できたところで、僕は作業に移る。栞から変化したこの短刀、ずっと手に持っているのは少し疲れるからゴブリンのポーチを加工して鞘を作ろうと思っていたのだ。ウルは部屋に入ったなり、僕を気にせずにくつろいでいた。ウルを確認して、僕も作業を進める。
加工して鞘の形が整ってきた頃、ウルに一つ聞いてみることにした。
「僕に召喚される前に何か遭ったのかい?」
・・・・・・
返事はなかった。とはいえ返ってきても何を思っているのかは話し合えないし、分からなかっただろうけど。でも何か反応してくれないと寂しいものだ。
ウルから鞘に目を移し、上に掲げて見る。
「よし、出来た。これで少しは楽になるかな」
作業も終わり、早速短刀を鞘に納め机に置いておく。
「そろそろ寝ようかな。ウル、僕の寝込みを狙って殺さないでね。なーんて・・・」
少し冗談気味で言う。ウルは少し目を僕に向けて、すぐに目を閉じてしまった。
うん、寝るか。
*
しばらくして目を覚ますと、もうウルは起きていた。
「おはよう」
ウルに水と携帯食料を渡して、僕も同じものを摂る。ふとウルに目をやるとその傷はすっかり治っていた。魔物全般は自然治癒力が高いのかな。
それから机に置いてある本を読む。そこには、『影』としか書かれていなかった。四階層を探索していても影に関するものはなかった。なのできっとこれもボスの情報だろう。本を閉じて鞘を腰に巻き準備を整える。
よし、また探索開始だ。
セーフルームを出た後はモンスターと会ってもこれといった危険はなく、ボス部屋を目指していく。ある程度道を潰すとマッピングの途中でボス部屋まで辿りついた。ボス部屋に入る前に、ウルに声をかける。
「これから先はもっと気を付けてね。今までのようにはいかないだろうからさ。何かあったらまた僕を頼ってくれてもいいよ、なんて言えたらかっこいいんだけど」
ウルは相変わらず無反応だった。僕はそれを無理矢理ウルが「分かった」と反応していると受け取り、部屋に入っていった。
今回の部屋はこれまでの階層よりも光る鉱石が多く所々で影が目立っていた。
部屋に入ると、少しして魔法陣が浮かび上がる。けれど、今回は魔法陣から何も出てこないまま消滅していく。
「どうしたんだろう?何も出てこないはずはないんだけど・・・」
「ウォン!」
そう言っていると、ウルが短く吠えた。ウルを見るとその目は僕を見ていた。その行動から、僕は咄嗟にウルの方に飛び込む。すると、さっきまでいたところが何かに潰されたような音を立て土煙りが舞っていた。
確実に何かいる。これまでのウルの行動を見ておいて良かったな。ウルが僕から離れているときは大体、モンスターがいるときだったから。それにしても今の攻撃から分かったのは敵は見えない、あるいは分からない存在。これも魔法の一種か、周囲に溶け込んでいるのか。周囲を警戒しながら、また考え始める。
あそこで見た情報と合わせると、影だから今回の敵はまんま影ってことかな?でも、それだったらキツい。そんなの僕には何もやりようがないじゃないか。
またウルが動き始める。今度はウルが僕から逃げるように動いた。今奴は僕の後ろにいるのか?
鞘に納めた短刀に手をかけながら、いつでも逃げれる体勢で後ろを向いてみる。
しかし待っていても何も起きることはなく、短刀から手を離した。その瞬間、正面にある影が濃くなった。驚きながらも、しっかりバックステップをしてその場から離れる。その直後には、濃い影が地面に打ち付けられていた。濃い影は打ち付けられた後、周囲に舞い散ってまた周囲に溶け込んだ。
これが影の魔物の戦い方なら、試したいことが一つある。
もう一度、ウルに近づき、ウルが離れるのを待つ。少し経って、ウルが僕の後ろへと動いて行った。つまり、今奴は正面にいる。鞘の短刀から手を離すと、濃い影がまた現れる。今度もバックステップを踏んで攻撃を避ける。今回はすぐに短刀を抜き取り、踏み込んで濃い影に突撃する。影が霧散する前に短刀で斬りつける。けれど、それを斬った感覚は無くそのまますり抜ける。
「刀じゃダメか。こんなのどうしたら・・・ぐっ!?」
途端、背中に衝撃が走る。いきなりのことで反応できずに倒れてしまう。すぐに立ち上がり、背後を見ると影がいた。その影に集中していると、また背中に衝撃が走る。振り返るとそこにも影があった。
「二体同時!?また複数のボスなのか!?」
僕が動揺しているうちに、影は数を増やしていった。そして、影は僕を囲んだ一つの円になった。
次で完璧に仕留める気か。
円の一部が上に大きくなっていき、はっきりと形になっていた。まるで巨人だ。そして、手のようなものが形成され、遂に振り下ろそうとしていた。
恐怖の目でその時を待っていると、瞬間、轟音と共に頭上を何かが走る。何かが起こった事を認識し、また影を見るとその手は飛散していた。その後もう一度何かが走る。今度は目で捉えることができた。それは黒い電流。今度は影の頭の部分に当たった。すると、僕を囲んでいた影も舞い散った。周りを見渡すと、そこには毛が立ったウルがいた。毛からは黒い電気のようなものが出ている。ウルは口に球体を咥えており、僕に見せるようにして噛んだ。
噛み砕かれた球体は光になり、部屋の中央に集まって箱になった。
「その球体って、もしかして影の核?」
ウルに聞くと、短く吠えた。
「やっぱり・・・影には核があったのか・・・って、ウルが反応してくれた!?」
僕の驚きを他所に、ウルは箱の横で座った。
「どうしたんだろう?」
ウルの行動の理由が分からないけれど、とりあえず箱の中身を確認する。
中にはまた本が入っていた。
「ええっと、魔物化について?ウルのこともあるし気になるな」
ウルの行動が分からないままではいけない。もっと知らなきゃいけないとその本を早速読んでいく。
『始めに、生物には分類がある。そのうちの一つにゴブリンやオークなどの魔物がある。これらは、亜人と称しても良いのだが、人を襲ったりすることからそう呼ばれている。今回紹介する「魔物化」に関しては、動物のみに起こると現段階ではされている。動物は本来、魔法を扱えるほどの知能を有さない。そんな中、稀に変異し、魔法を扱える個体が出現する。魔法を扱えると言っても、一度魔法を使うと一定時間魔法を使えなくなる。これが動物の魔物だ。魔物化の原因は、何らかの形で魔力(魔法の元となる力)を体内に取り込み、体が魔力に適応した場合と、親が魔物化した存在の場合の二つが知られている。そして、力を得たとき、最初は暴走してしまう。そのせいで群れに魔物化してしまったことがバレて、魔物のほとんどが悲しい運命を辿る。魔物化してしまえば、群れからの追放、あるいは始末されてしまう。種族の枠を超えた力はその種族にとっては恐怖でしかない。そのため、安全性を取ってしまう。魔物とは本当に不幸なものだ。そんな魔物を前回紹介した、テイムをしようとする際には、より魔物に寄り添ってあげることが大切だ。魔物は力と引き換えに感情を失くしてしまうことが多い。悪意だけを向けられて生きてきたためだ。そのため、接し方が分からないのだ。だから、慎重に行う必要がある。よって寄り添うサポートとして、“追憶”を教える。やり方はこの後に書いてある。魔物と旅をするならそれ相応の接し方をしなさい。まず追憶を使うには・・・』
作者同じなんだ。それはそうとウルが反応してくれたのは、一緒に探索をして僕のことが段々と分かってきたからなのかな?一応影と戦った時に僕の言葉に反応してくれたから言葉、というか意思は通じていると思うけど・・・。それにしてもウルも酷い目に遭ってきたのかな?もしそうなら、助けたい。使ってみるか。相手と自分をつなぐイメージで・・・
その瞬間、頭の中に知らない記憶が入ってきた。その中には木々、それに親らしき狼の姿がある。群れとも一緒にいる。
ある日ウルが魔法を放ってしまう。力を抑えきれずに。すぐに親が駆けつけにきた。親がウルを森の外に促していると、群れの狼たちがどんどん集まってくる。ウルの親と群れの中でも強靭な狼が何かを話している。しばらくして、強靭な狼が大きく吠えた。すると、周りから狼が襲ってくる。話し合いをしているうちに囲まれていたのだ。
そんな中、親は魔法を使った。一匹は周囲を薙ぎ払うかのような雷を、もう一匹は通常の狼よりも遥かに速く動いている。雷によって道が開け、親はウルを押し飛ばして逃げろと言わんばかりの目で睨みつける。ウルは怖くなったのか、でもそれが幸いして、逃げることを選択できた。
逃げながら後ろを振り返ると、親はもう地に伏せて動かなくなっていた。ウルは戻ろうとしたが、追っ手が迫って来ていた。一度足を止めてしまったウルは追っ手に追いつかれてしまう。追っ手はそのまま襲いかかってくる。ウルはその攻撃を避けたが、他の狼も間近まで迫っていた。逃げようとするも回り込まれていてもう逃げ場がない。そして、蹂躙される。ウルに傷が増えていく中、急に魔法陣が現れて、ウルは光に包まれる。光が収まった頃に辺りを見渡すと、そこは薄暗い場所だった。そしてそこには一人の人間、僕がいた。
*
そんな経緯があったのか・・・報われないな。なら、少しでもよくなるように僕はウルを守りたい。今は守られちゃうけれどいつか必ず、ウルを守ってみせる。だから・・・
「僕は強くなるよ」